735 マミーキング
スキルの試し斬りの相手を探していた俺たちは、ウルシの探知能力によって強力な魔獣を探し当てていた。
山の中を気配を消して進む。
数分後。山の稜線へと出たことで、ようやく件のアンデッドをその目で捉えることができた。
山を越えた先にあった谷間の一角に、複数のアンデッドが群れていたのだ。
『あの中央にいるアンデッド。あいつはかなり強いな』
(ん)
アンデッドを率いるボスだろうか。しわくちゃのミイラのような外見に、魔術師風のローブを着込んだ個体が、アンデッドたちの中央で悍ましい儀式を行なっていた。
ボスの前にある祭壇。そこに、小太りの男が寝かされている。ただ、もう息がないのは明らかだった。
首が切断され、腹の上に置かれているのだ。すでに傷口から流れ出る血が止まっており、殺されてからそれなりの時間が経っていると思われた。
ボスアンデッドが杖を掲げると、憐れな犠牲者からボスに魔力が流れ込む。そして、ボスアンデッドの杖から黒い魔力が周囲に放たれ、配下のアンデッドたちに流れ込んでいった。
ボス以外のアンデッドたちは全く動く様子がない。しかし、その体から発せられる力が、増していくのが分かる。
『あれ、放置するのまずいよな?』
(ん。アンデッド、強くなってる)
(オン!)
『だよな』
多分、配下のアンデッドを強化する術を使っているんだろう。最近のアンデッド騒ぎは、あいつが原因かもしれない。
これで、放置するという選択肢はなくなってしまったな。
『奇襲を仕掛けるぞ』
(わかった)
『フランはボス、ウルシは周囲のアンデッドを攻撃しろ』
(オン!)
俺たちは行動を開始した。
転移で一気に近づくと、フランがボスアンデッドに斬りかかる。ウルシも影転移で奇襲を仕掛け、1体の頭を噛み砕いていた。
ここまで近づけば、相手の正体も分かる。鑑定の結果、マミーキングとなっていた。以前戦ったワイトキングに比べると、同じくらい強い。
ただ、配下の召喚や、指揮能力では大きく劣ることから、脅威度で言えばこちらのほうが低いと思われた。
転移で背後を取ったフランの斬撃が、マミーキングに直撃する。だがそこには、ピンピンした様子のマミーキングの姿があった。
「冒険者かぁぁ! 我らを見た者はぁ、生かして帰さぬぅぅ!」
『奴のスキルの効果だ!』
マミーキングは『死霊の盾』というスキルを所持している。これは、自らに与えられたダメージを、自らが生み出した支配下の死霊に移し替えるという、盾技に似た効果を持つスキルだ。
常時発動型であり、油断していても発動するのが利点である。ただ、それは弱点でもあった。攻撃を食らい続ければ、本人の意思に関係なく配下のアンデッドたちにダメージが移し替えられ続けるということだ。
「殺せぇぇぇ!」
マミーキングの命令で、アンデッドたちが動き出す。こいつらもかなり強く、脅威度Eはあるだろう。
いや、こいつらはグール系のアンデッドだ。種族はハイ・グール・ソルジャーや、ハイ・グール・マジシャンとなっている。
所持する『汚染』というスキルがあれば、1体でも相当危険である。脅威度がDでもおかしくはなかった。これは、長時間毒性を失わない猛毒を常にまき散らし、生物や食物を汚染するスキルだ。
高位のグールであればその汚染範囲は半径20メートルを超え、グールが歩くだけで村が滅ぶこともあるらしい。
毒に耐性のある俺たちには効かないが、こいつらを逃すのは危険だった。
フランがさらにマミーキングに斬りかかるが、グールたちに、ダメージが移し替えられた様子はない。他の場所にも支配しているアンデッドがいるのだろう。
しかし、それも無限ではないはずだ。死霊の盾が発動するには、移し替え先のアンデッドを自らが生み出したうえに、支配下になければならない。
この、『支配下』にあるというのが重要だ。召喚術や死霊魔術は、術者の力量によって支配できる数――キャパシティが決まる。強力な魔獣であれば、1体だけでキャパシティをオーバーすることもあるし、雑魚であれば100体以上を操ることも可能だ。
俺がウルシ以外の魔獣を召喚できないのも、ウルシだけで俺のキャパシティが一杯になっているからだ。
因みに、生み出して放置した場合、それは支配下にはない。契約を結び、きっちり配下に加えなくてはならないのだ。
周囲には強力なグールたちがおり、いくらマミーキングであってもこれ以外に何百体ものアンデッドを率いているとは考えられなかった。
『作戦通りに、フランはボスを攻撃! ウルシは周囲のグールを片付けろ!』
(了解)
「オン!」
本当であれば光魔術などで広範囲攻撃を仕掛ければかなり有利になるが、フランは剣だけで戦う。
『フラン。俺も加護の力を試すからな?』
(わかった)
マミーキングは強いが、1対1ではフランに遠く及ばない。連続で切りつけられ、たまらず周囲のグールたちに助けを求めるが、ウルシに阻まれて駆けつけることはできない。
俺たちの奇襲から10分後。
「くそぉぉ! このようなぁところでぇぇ! 申し訳ぇ……ぐあぁぁぁ!」
ついに死霊の盾の効果が発動しなくなったマミーキングは、フランの剣術で倒されたのであった。
一刀両断され、そのまま塵となって崩れ落ちる。魔石はなかった。最後の台詞と併せて考えると、ネクロマンサーが生み出した個体だったのかもしれない。
『周囲にこいつを作ったやつがいるかもしれん。少し探索しよう』
(ん)
『それで、どうだった?』
(まあまあ?)
本人が言う通り、マミーキングを斬り続けている間に、肉体操作法を使いこなせるようになってきていた。少なくとも、今までよりはヒルトについていけるだろう。
延々と斬りつけることができる、それなりに強い相手。今さらながら、スキルの練習にはちょうどいい相手だったらしい。
(師匠は?)
『知恵の神の加護を意識して使ってみた。どうも、魔術やスキルの制御力が上がるらしい。ただ、その分消耗が倍化するけどな』
使いっぱなしは危険だが、要所要所で使うなら心強い加護だろう。
(なるほど)
来月発売のコミックライド6月号から、転剣のスピンオフが連載開始予定です。
漫画担当は『いのうえひなこ』先生。
こちらの作品も本編と併せてよろしくお願いいたします。
レビューをいただきました。ありがとうございます。
人生変えられちゃいましたか~。
これほどの褒め言葉、なかなかありませんよね。
ガッカリさせてしまわないよう、これからも頑張ります。




