732 デミトリス流の技
「しゃぁぁ!」
「甘いわよ!」
「そちらこそ!」
ヒルトとナイトハルトの準決勝は、開始直後の力比べから一転し、足を使っての高速戦に変化していた。
一般観客では何が起きているのか理解できないほどの速度で駆けるナイトハルトは、小回りも十分に利くらしい。
有り得ない間合いから一瞬で距離を詰め、一撃入れた直後には間合いを大きく離す。真正面にいたかと思えば、背後から斬りかかる。
舞台上全てを利用し、ヒルトに攻撃を仕掛け続けていた。
だが、ヒルトも一方的に攻撃され続けているわけではない。ナイトハルトにはやや遅れるものの、こちらも超高速で動きながら、デミトリス流の受け技を使って危なげなく攻撃を捌き続けている。
しかも、時おりカウンターでナイトハルトにダメージを与え返してさえいた。
被弾回数は圧倒的にヒルトのほうが多いが、一撃の被ダメージは浸透剄を食らうナイトハルトのほうが大きいだろう。総合的な消耗具合はほとんど変わらないように思えた。
ただ、体力は蟲人であるナイトハルトに軍配が上がるはずだ。このままでは、ヒルトが不利になっていくだろう。
ヒルトがそれを理解していないはずがなかった。
突如、ヒルトの動きが変化する。それまでの防御主体の構えを捨て、前に出たのだ。
被弾覚悟で攻撃を当てに行った? ナイトハルトも俺と同じように考えたらしい。突っ込んでくるヒルトの無防備な胴体と顔を狙い、双剣を突き出す。
だが、その剣がヒルトに当たることはなかった。
「なにっ?」
双剣が何もない空間で突如弾かれたように軌道を変え、ヒルトの体を逸れていったのだ。力の流れが乱れ、ナイトハルトの動きに僅かな乱れが生じた。
ヒルトがその一瞬を見逃すはずもない。連続で拳を繰り出す。
瞬時に攻撃から防御へと頭を切り替え、回避行動に移ろうとしたナイトハルトだったが、何故か後ろに飛ぶことができなかった。
「せい! せい! せりゃぁぁぁ!」
「ぎぎっ!」
ナイトハルトの両腕は、見えない何かに掴まれているようだ。宙に固定されたように動かない。
直後、その体がヒルトの拳によって数度に亘って僅かに跳ね上がった。
カマキリヘッドからは硬いものが擦り合わされるような甲高い音が発せられる。口の牙が擦れ合わさり、異音が鳴ったようだった。
「がはっ……!」
観客の中に混じる冒険者たちが、ナイトハルトの不可解な挙動を見て騒めいている。だが、俺たちには何が起きたのか分かっていた。
『去年、コルベルトが使ったのと同じ技だ。たしか、デミトリス流武技・阿修羅』
(あれは、強かった)
『しかも、ヒルトの使う技は、発動前の隠形が完璧だ』
魔力の腕を4本生み出し、手数を増やす技である。しかも、身体能力上昇の効果もあるらしかった。
魔力の腕2本で双剣を防ぎ、残り2本でナイトハルトの腕をホールドして逃げられないようにしたのだろう。
コルベルトの場合は魔力の腕が見えていたが、ヒルトの場合は肉眼でその存在を見破ることは非常に困難だった。
それに、溜めが必要だったコルベルトと違い、発動が非常に速い。しかも、発動するまで魔力の流れが読めなかったのだ。
その結果、俺やナイトハルトのように魔力感知を使用していても、使われてからようやく気付くことしかできなかった。
もっと集中して探れば予備動作の察知もできるだろうが、激しい戦闘中に感知だけに集中するのは難しいだろう。
『あれは、要注意だな』
(ん)
『さて、ナイトハルトはどう対処するのか』
俺たちならば転移が基本となるだろう。
少しわくわくしながらナイトハルトの対処方法を観察していると、驚いたことにあっさりと双剣を手放していた。さらに、追撃を食らいながらも両腕に魔力を集中させ、腕力任せに阿修羅を振り解く。
ヒルトほどの達人が生み出した魔力腕であっても、ナイトハルトの膂力を前にしては力負けしてしまうらしい。
口から体液を吐き出しながらも、ナイトハルトが一気に距離を取る。
「ご、が……!」
ヒルトはそれを追わなかった。ダメージがあっても、韋駄天を発動中のナイトハルトに追いつくことは難しいからだろう。
あの速さで逃げに徹された場合、かなり厄介である。
まあ、その間にも、ヒルトがただ相手を観察しているだけなわけはないが。静かに気を練り上げ、次の技の準備をしているのが分かる。
「さっき、感触が変だったわ。もしかして、体の中も普通の人間と違うの?」
「さあ、どう……かな?」
なるほど。追わなかったのには、ナイトハルトの肉体の異質さを感じ取ったという理由もあるのだろう。
いつの間にか蟲化を発動し、体を変化させていたのだ。
その結果、人間の急所に打ち込まれたはずのヒルトの連撃が、思ったほどの効果を上げなかったらしい。
「まあ、いいわ。全部破壊すれば、変わらないもの」
ヒルトが、手をまっすぐ前に伸ばした。そして、おもむろに開いていた手の平を閉じる。
「空握」
「っ!」
ヒルトの呟きの直後であった。
ナイトハルトが横に飛ぶ。
どうやらヒルトからなんらかの攻撃が放たれ、それをギリギリで回避したらしい。
(今の、ヒルトの攻撃? 魔力がなんか変だった)
『多分、阿修羅とかの応用だろうな。遠隔で一瞬だけ魔力の手を生み出して、それで攻撃したんだ』
空握って名前から想像すると、魔力の手で握りつぶすような攻撃なんだろう。握力によってはダメージもあるうえに、相手の動きも阻害することができる。
ヒルトの師匠、デミトリスの異名である『不動』は、この辺から来ているのかもしれない。空握のような技を連続で放ち続けるのであれば、その場から動かずに敵を殲滅できるだろう。
実際、舞台上ではヒルトが両手を使って、空握を連続で放っていた。
それを、ナイトハルトが迎え撃っている。回避しつつ、自らの拳で迎撃もしているようだ。ナイトハルトの凄いところは、事前に全ての空握を察知できているところだろう。
俺やフランであっても、かなり集中せねば魔力の流れを見破ることは難しい。この戦闘中に、全てを察知してのけるには、想像を絶する感覚の鋭さが必要であった。
蟲化のおかげで、そういった感覚も強化されているとかか? それは有り得そうだ。
「さすがにやりますねぇ!」
「これを避け続けるあなたもねっ!」
序盤の、ナイトハルトが攻めまくる展開とは正反対の、ヒルトの猛攻が続く。
さて、このまま終わるとは思えないが、次はどちらが動くのだろうか?
レビューをいただきました。ありがとうございます。
転剣沼にハマって下さったということで、書き手としては最高の褒め言葉です。
今後もズッポリとハマっちゃってくださいwww
今は大変時期ですが、少しでも楽しんでいただいているのであれば幸いです。




