731 ヒルトvsナイトハルト
フランが客席に座った直後、解説者の声が響き渡った。
ヒルトが舞台に上がったからだ。
『デミトリス流の正統後継者! 穿拳のヒルトーリアの登場だ! まだまだその実力の全ては発揮していないことは明白です! この試合では、デミトリス流の奥義を見ることはできるのでしょうか!』
解説者の言う通り、ヒルトはデミトリス流の技をほとんど使っていない。魔力放出を使ってはいたが、その程度だろう。
だが、この試合でも手の内を隠し続けることは不可能なはずだ。どんな技を見せてくれるのか、楽しみである。
相変わらず、その視線はこちらを向いていた。
『睨んでるなぁ』
「ん」
ランクA冒険者のガン飛ばしも、フランにとってはご褒美だ。ワクワクした様子で、見つめ返している。
とは言え、次の相手がヒルトに決まっているわけではない。
「僕との楽しい一時の前に、違う人間を見つめられてしまいますと、少し嫉妬してしまいますね」
ナイトハルトが姿を現した。相変わらず歯の浮くようなセリフだが、嫌味にならないのは得だよな。あのカマキリヘッドでなぜなんだ?
ヒルトの鋭い視線がナイトハルトを向く。
いくらヒルトが強いと言っても、ナイトハルトに勝つのは容易ではないだろう。それどころか、番狂わせも十分に有り得た。
「……キザな男も、蟲も嫌いよ」
「それは失礼しました。ですが、私はあなたにとても興味があるのです。最強の後継がどれほどのものなのか……」
「ふぅん」
視線だけではなく、その興味自体がナイトハルトに移るのが分かった。本人を目の前にして、その強さを改めて感じ取ったのだろう。
『さあ! 瞬刃のナイトハルトも登場しました! 元ランクA冒険者さえ斬って落としたその剣の冴えは、今日も健在かぁ!』
ナイトハルトに瞬刃という異名が付いたらしい。かなり活躍したから、それも当然だろう。
だが、俺は別のことが気になっていた。
『ナイトハルトの鎧が違うな』
前の試合まで装備していた鎧ではなくなっていたのだ。フェルムス戦で身に着けていたのは、傭兵団の紋章が彫り込まれたオリハルコンの軽鎧だった。
だが今は、装飾の少ないアダマンタイト製の鎧である。性能的には前の鎧のほうがかなり良かったはずだが、壊れてしまったのだろうか?
時の揺り籠が巻き戻すのは死亡した選手の時間だけで、勝者の時間は戻らない。そのため、勝者の武具が破損してしまい、次戦で使えなくなるということも十分に有り得た。
去年の対フラン戦でアマンダが天龍髭の魔鞭を壊してしまい、その後は代替の鞭を使うしかなかったのも、そのせいである。
「すぐに楽しいだなんて言っていられなくなるわ」
「ふふふ。それは楽しみだ」
「ふん」
ヒルトとナイトハルトが、開始前から構えを取る。それが必要な相手であると、両者ともに理解したのだ。
ヒルトは左拳を軽く突き出し、右腕を畳むように体に密着させている。
ナイトハルトは双剣を抜き放ち、眼前で切先を僅かに交差させるような構えだ。
試合前から火花を散らす二人とは別に、観客席ではフランとウルシが睨み合っていた。
フランがグッと拳を握りしめて宣言する。
「……ヒルトが勝つ」
「オフ!」
対するウルシは、前回も見せた手首をクニッと曲げる蟷螂ポーズで対抗していた。
前の試合では予想を外したフランと、ナイトハルトの勝利を主張していたウルシの、第二回戦である。
フランはヒルト。ウルシは今回もナイトハルトの勝利を予想していた。
さて、どうなるだろうな?
『会場も舞台上も、ボルテージは最高潮となってまいりました! この雰囲気を壊さぬうちに、始めると致しましょう! 準決勝、第2試合! 始めえぇぇぇ!』
オオォォォォン!
試合開始の合図が下されたその瞬間、凄まじい音が闘技場内に響き渡った。
開始と同時に攻撃を仕掛けた両者の武器が、舞台中央でぶつかり合ったのだ。衝撃波が発生し、両者の前髪や服を揺らす。
「なかなか力が強いねっ……!」
「そちらも……!」
ヒルトのナックルダスターと、ナイトハルトの剣が拮抗し、互いを押しのけようとしているのが分かる。
最初は互角の力比べに見えたが、すぐにそのバランスが崩れ始めた。ヒルトがナイトハルトを押し始めたのだ。
小柄で、ステータスでもナイトハルトにかなり劣るヒルト。これは種族差もあるし、仕方がないだろう。
だが、スキル面ではヒルトが遥かに有利であった。
剛力の上位スキルである怪力を高レベルで所持しているうえに、気を纏うことでさらに腕力を底上げしている。
一瞬の押し合いの後、二人が同時に距離を取った。
「腕力では負けそうだ」
「そう言う割には、涼しい顔ね? まあ、蟲の表情なんてわからないけど」
「少し悔しいよ? でも、力が強い者が勝つわけじゃないからね?」
「そうかしら?」
「ああ。力を軽視するわけじゃないけど、他にも重要なものがあるだろう? 例えば――速さとか!」
そういった瞬間、ナイトハルトの姿が消えた。俺たちであっても気を抜けば見失いかねない速度は、まるで瞬間移動をしているかのようだ。
ギギィィィン!
「やるね! まさか拳で正面から迎撃されるとは思ってなかった!」
「そっちこそ、速いわね! でも、思ったほどじゃないわ!」
一瞬で神速に達することができるナイトハルトも、それを見切って受けてみせたヒルトも、どちらも凄まじい。
あのフランが手に持った串焼きを食べるのも忘れるほど、興奮しているようだ。前のめりになって、試合場を見つめていた。
『改めて、どっちも強いな』
「ん!」
次回以降、4/28、5/2に更新させていただき、その後は通常に戻せそうです。




