71 突入
アンディのおかげで、浮遊島に上陸して2時間後。
「見えたぞ! あそこがダンジョン内部への入り口だ!」
俺たちはゾンビとスケルトンの徘徊する森を抜け、遺跡の様な場所へとたどり着いていた。
森での戦闘はハッキリ言って特筆するようなことはなかったな。敵は下位の魔獣ばかり、気配を消すような知恵もない。数が多い以外に脅威になりそうな要素もない。まあ、それでも何か語るとすれば、魔石を吸収できてウハウハということぐらいだろうか。
住居跡の様に見える遺跡群の中央に、地下へと降りる階段があった。
「ここだ。前回はここを探し出すまでにかなり消耗してしまったが、今回はまだまだ余裕がある! くくく、探索もはかどろう!」
『何か注意することは? 結構ヤバい罠があるんだろ? 昨日の夜に何か秘策があるとか言ってたが』
「先導は任せたまえ。君たちは戦闘に集中してくれればよい」
「わかった」
「オンオン!」
「では、少々待つが良い。――――」
ジャンが再び召喚玉を取り出し、詠唱を始める。
「――――ハイ・アンデッド・サモニング!」
そして召喚されたのは、一体の死霊魔獣だった。見た目は、小ざっぱりとしたゾンビ? 肌艶のいいミイラ? そんな感じだ。遠目から見たら、褐色肌でちょっと痩せた人間に見えるかもね。魔糸で編んだ服も着てるし。
「其の名はセルカンなり!」
「ヴァ」
種族名:カスタム・レブナント:死霊:魔獣 Lv14
名称:セルカン
HP:69 MP:165 腕力:33 体力:23 敏捷:66 知力:109 魔力:25 器用:93
スキル
再生:LvMax、瞬間再生:Lv4、罠解除:Lv5、罠感知:Lv4、再生強化
「くく、この日のためにカスタム・アンデッドの術で改良を重ねた、特別製の僕である!」
完全に先導役専門の魔獣だ。戦闘力を犠牲にしているようだが、再生力がハンパない。罠を探し、解除しつつ、ダメならその身をもって罠を引き受ける肉壁となる。うーん、便利かつ不憫。
「ふははは。行くぞ。セルカン、先導せよ!」
「ヴァ!」
ただ、セルカンは凄まじく有用だった。ほとんどの罠はセルカンが解除するか、起動して無効化してくれるし。
再生に必要な魔力はジャンが補給しているようなので、倒れる心配もない。
「ヴァ!」
ガシャコン!
あ、天井から降ってきた槍に串刺しにされた! 解除できなかったので、わざと引っかかって無効化してくれたのだ。ただ、セルカンは直ぐに再生して、何事もなかったかのように歩き出す。
いい仕事するな。
しかも、ジャンは1度来ただけあって、内部の構造を把握している。俺たちはほとんど立ち止まることもなく、順調に探索を続けていた。
時折現れるゾンビも、俺の攻撃でフランたちに近づく前に撃破だ。
『順調だな』
「うむ、ここまではな」
『どういうことだよ?』
「前回はこの先の広間で物資が尽き、引き返したのだ。故に、その先のことは分からん」
「広間には何かある?」
「モンスター部屋になっているな。そこからは中級の魔獣も出現するぞ」
どうやらその広間を越えた場所に、さらに地下へ降りる階段があるらしい。進む速度はかなり落ちるだろうな。新たなギミックが無いとも限らないし。
まずは広間だが。
『じゃあ、魔術で先制攻撃だな』
「ん」
「オウ!」
そして、殲滅が始まる。最初の魔術で30体ほどの死霊が倒れただろう。それでも、まだ50体以上残っているがな。それだけではない。魔法陣から、次々と死霊が湧いて出ていた。
中には武器と鎧を装備したゾンビ・ソルジャー、スケルトン・ウォーリア、アーマー・グールなどの中級魔獣が混ざっている。
『いくぞ!』
「ん!」
「グルゥ!」
まあ、俺達の敵じゃないけどな。むしろ、罠のないモンスター部屋はフランにとって戦いやすいくらいだ。火炎魔術もよく効くし。
20分ほどで全ての死霊を死体に戻した。
「お見事!」
『この程度の相手ならな』
「ん、楽勝」
「モムモム」
ウルシは相変わらずだ。ゾンビの肉なんて食って腹壊さないか? というか、美味いのか? いや、何でも腐りかけが美味いっていうし、案外……? まあ、美味いんならいいんだけどさ。
「怪我はないかね?」
「だいじょうぶ」
その後、ジャンが部屋を浄化して、1時間ほど休憩することにした。ついでに食事もとってしまおうという事になり、フランのリクエストでカレーを取り出してやる。
「ん。至高」
『よく飽きないよな』
2日に1回は食べてるのに、毎回ベタ褒めしてくれるのだ。嘘じゃないのはピーンと立った尻尾が証明してくれている。
ジャンにもカレーを振る舞ったが、かなり気に入ってくれたようだ。2回もおかわりしたし。
「むー」
フランも、そんなに睨むな! まだたっぷりあるんだから! うちの子たちは食べ物のことになると急にアグレッシブだからな。
ウルシにはジャンからスケルトン・リザードの大腿骨が与えられた。噛み応えのある骨をガジガジして、ウルシもご満悦だ。
休憩中は暇なので、ジャンに死霊魔術について教えてもらうことにした。アマンダの時も思ったが、自分で調べるよりも上級者に聞いた方が断然詳しく分かるしな。
「くはははは。積極的に知識を貪ろうという姿勢、好感が持てる! 良いぞ、何でも聞くがいい!」
ジャンは研究者だし、聞けば教えてくれるだろうとは思っていたが……。むしろ、聞いてもいないことまで語り出す、話したい系の人間だった。その結果、死霊魔術に関して色々と詳しくなったぞ。
特に驚いたのが、魂の概念についてだろう。俺は、死霊魔術は死者の魂を操ったり、死体に魂を憑依させて操る術だと思っていたが、そうじゃなかったのだ。
この世界で魂とは、他者がどうこうできる物ではなく、神だけが触れることができるものらしい。生物が死ねば全ての魂は冥界の神の下へと旅立つのだとか。
それが分かっているからこそ、この世界の住人は死霊魔術に寛容なのだ。まあ、言い方は悪いが、死体と言うのは魂が抜けた後の抜け殻で、魂ほど重要視されていないらしい。勿論、全ての人間がそうではないが。少なくとも死者の安息を妨げるとか、死者の魂を弄ぶ的な、いわゆる邪法という扱いではないようだ。
ゾンビやスケルトンは、死者の肉体に、魔力で作った疑似的な魂魄を込めて操る術である。俺のイメージしていたアンデッドよりも、ゴーレムに近い存在みたいだ。死霊術師がキチンと術を使えば、肉体に残った魔力や記憶を生かして、生前の能力やスキルを残した質の良いアンデッドを生み出せる。それが、まるで生前の魂が残っているかのような錯覚を与えるんだろう。自然発生するアンデッドは、魔石がこの疑似魂魄の働きをするらしい。なので、野良アンデッドにも、魂が残っているようなことはない。
ただ、例外もある。それが、怨霊系のアンデッドだ。生物が死ぬとき、死にたくない、死ねないという妄執が生まれる。それは、消える寸前の蝋燭のように、普段では考えられない強い力を生み出す。まあ、火事場の馬鹿力みたいなものなんだろう。
その力が、本来冥界へ向かうはずの魂の一部を現世に留まらせてしまうことがあるらしい。そして、妄執と力が込められた魂の欠片が魔石と結びつき、強力な怨霊と化すのである。
なので、死霊術師が怨霊を使役することは、一般的には推奨されていた。彼らは死霊術師に使役されることで浄化され、昇天できるからだ。恩讐を抱えて苦しみながら徘徊する怨霊にとって、救いと言えるだろう。それに、1体使役すれば、人に仇為す怨霊が1体減ることにもなる。中には、怨霊を浄化し、昇天させるために諸国を行脚する者までいるんだとか。
「まあ、我はそこまでお人好しではないがな。昇天させてやるかわりに、力を貸してもらう。ギブアンドテイクと言う訳だ。くくく、使い捨てにしても、感謝されるのだから、笑いが止まらぬよ!」
『とか言ってるけど、アンディにアセンションを使ってやったじゃないか』
ジャンが最後にアンディに使ったアセンションという術は、死霊の怨念を晴らし、魂の欠片を昇天させてやる術だった。冥府魔術を代表する有名な魔術で、これは資料室で調べた情報にも記載があったのだ。
僅かとは言え魂に干渉する術なので消耗が激しく、浄化する怨念の強さによっては術者の寿命を削ることさえあるという。実際、上陸してからしばらくの間、ジャンは戦力にならなかったしな。あのまま放っておいたって、アンディは消滅しただろうし、無理にアセンションを使う必要はなかったはずなのだ。
「ふ、ふん。我がしてやれるのはその程度だからな。短い間だが、忠節を持って仕えてくれたアンディに対する、せめてもの手向けという奴だ。も、文句あるかね?」
「ううん。グッジョブ」
『文句なんかないさ』
「オン!」
「そ、そうかね?」
なんか、しんみりした雰囲気だ。ただ、ジャンは自分がそんな雰囲気を作ったことが恥ずかしいみたいだな。耳まで真っ赤だ。そして、話題を変えるため、ただでさえデカイ声を更に張り上げて今後のことを話し始めた。まあ、いいけどさ。
「ふ、ふはは! さて、次は第2層となるわけだな!」
『情報は全くなしか?』
「うむ。ないな!」
なんで偉そうなんだ。
「だが、安心したまえ。策はある!」
「どんな」
「これだ!」
ジャンが取り出したのはお馴染みの召喚玉。
『何が入ってるんだ?』
「見ていれば分かる! ふっふっふ、少々はなれていたまえ!」
そして、ジャンが再び召喚の呪文を唱え始めた。




