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722 Side シビュラ 下


 私が蟲の巣窟に放り込まれて数年が経つ。いや、当時の私はそんなこと一切気にしていなかったので、自分でも正確な時間は分からない。だが、半年や1年ではないだろう。


 私は魔境で生き続けていた。亀裂の外は、蟲に全身食われる方がマシだったと思えるほどの、地獄であった。


 針で刺してくる蟲もいれば、はねが剣のようになっている蟲もいた。


 特に面倒だったのが、魔術や属性を使う蟲だろう。何百種類もの蟲がいるのだ。大抵の属性は使ってきた。


 他にも、何種類もの毒をその身に注がれたこともあれば、体の中に卵を産み付けられたこともある。それに気付かず、最近腹が痛いなどと思っていたのも、今では笑い話だがな。痛覚軽減の弊害だろう。


 自分の腹を突き破って無数の蟲が生まれた時には、生まれて初めて泣いたね。実験の過程である程度の教育は受けたものの、感情が希薄だった私が、初めて感情を爆発させたのもこの時だろう。


 その頃に一番手を焼いた蟲は、時空属性を持ったタイプだろう。転移を使うだけではなく、顎に時空属性を纏わせることで、皮膚を透過して内臓を切り裂くのだ。まあ、時空属性への耐性が付いてしまえば、転移できるだけの雑魚だったが。


 そう。耐性だ。


 昼夜問わず繰り返される、蟲との生存競争。そんな地獄で生き続けるうちに、私は特異な力を得ていた。今なら分かるが、私は耐性を身に付けやすい体質であったようだ。


 多分、龍とスライム、双方の持つ環境適応能力がそんな形で発現していたのだろう。


 蟲共の攻撃を延々と受け続けることで、大抵の攻撃は無視できるようになっていた。後々判明するのだが、当時の私が持っていなかったのは月光耐性、死霊耐性だけである。それを考えれば、蟲共の攻撃の多彩さが分かるというものだ。今でもこの2つは低いままだからな。


 もうひとつが、どんなものでも食える能力である。悪食の大食漢。こっちも、龍とスライム、双方に共通した特徴だろう。正直、私にとってはこっちのほうがありがたかったかな?


 それに気付いたのは、本当に偶然だった。蟲が岩に群がり、何かを舐めているのに気付き、自分でも舐めてみたのである。


 しょっぱかった。塩やらミネラルが含まれた岩盤だったのだ。それまで蟲しか口にしたことのなかった私は、その味に衝撃を受けた。魅せられたと言ってもいい。


 塩の味が僅かについた岩。普通の人間なら口にするような物ではないが、当時の私にとっては最高の御馳走だった。


 ペロペロと岩を舐めるうちに、もっと食べたくなり、私は思わず岩を食っていた。そして、気付く。「ああ、岩も食えるな」と。


 ただ噛む力が上がっていただけではなく、口に入れたものを脆弱化させる力がいつの間にか備わっていたのだ。今と比べてもまだまだ弱いその力だったが、岩や鉄を食うにはそれでも十分だった。


 そこから、私の食生活は広がりを見せた。岩も食えるなら、砂は? 鉄のような蟲の甲殻や魔石も問題ない。特に美味かったのは、魔水が湧き出る岩盤だ。魔力が豊富だったのだ。


 私は湧水の周囲の岩を食い続けた。いつしか巨大な穴が開き、そしてある場所に到達する。


 そこはダンジョンコアルーム。なんと、長年謎の魔境と言われてきたそこは、実はダンジョンだったのだ。ダンジョンマスターは蟲で、特に知性はないタイプだった。


 それでも、本能でコアを操り、自分たちの住みやすい環境を作っていたのだろう。あの魔水も、蟲を呼び、育てるための仕掛けだったのだ。


 当時の私はそんなこと知る由もなく、ただこう思った。


「うまそう」


 凄まじい力を放つダンジョンコアが、ただひたすらに美味しそうだったのだ。私はダンジョンコアに食らいつき、貪り食らった。食らい、血肉とすることに成功してしまった。


 最近思うのは、生まれた場所である浮遊島のことだ。私は棺に入って眠っていたとはいえ、転送されるまでの数時間はダンジョン化した後の浮遊島にもいたのだ。もしかして、そのことが何か影響を与えているのだろうか?


 確実に言えるのは、ダンジョンコアをその身の内に取り入れたことで、私は劇的に強くなったということだ。それこそ、周囲に残っていた蟲共を全滅させる程度には。


 そこはダンジョンだったが、蟲は外部から呼び入れられた魔獣であったため、コアの破壊で蟲が消えなかったのだ。


 ただ、ダンジョンコアによって得たのは力だけではなかった。どうやら、ダンジョンコアはなんらかの形で私の中に残っているらしく、他のダンジョンコアと干渉を引き起こすのである。


 ダンジョンコアを核として生み出された、レイドス王国の秘宝のひとつ『赤の剣』。それを初めて使用した時のことだ。想定外の力を発揮した自身と赤の剣に引きずられた私は暴走し、甚大な被害が出てしまった。


 私の肉体が巨大な地龍へと変異し、暴れ回ったのである。スライムの増殖能力と、地龍の因子が合わさった結果だろう。


 赤の剣に込められていた魔力が切れるまでの数時間で、森と砦がひとつ消えていた。ビスコットをはじめとする団員たちが決死の覚悟で私を押し止めなければ、被害はもっと広がっていただろうな。


 今はなんとか制御できるが、おいそれと使うことはできない。国外に出るにあたっては、宰相から封印措置が施されたほどだ。信用できる人間がいないからって私に依頼しておいて、それはないんじゃないか?


 まあ、仕方ないこととは思うが。越境してきたクランゼル王国の騎士と傭兵を撃退した時、赤の剣で散々暴れ回ったのだ。


 当時は龍人形態ではあったが、目立つ赤の剣を覚えている奴がいないとも限らない。


 実際、アイツは覚えていた。それでも私たちに協力するっていうんだから、よほど仲間が大事なんだろうが……。


 こんな場所で実物を見せてしまえば、他にも思い出す奴がいるかもしれない。


 フランともっと殺し合うのは楽しそうだが、さすがに見せられるのはここまでだ。勝ちを譲ったと思われるかね? まあ、向こうも何か奥の手を隠しているっぽかったし、お互い様だろう。


 Sランク冒険者がクランゼル王国に所属した可能性があるという情報の確認と、その実力を探るという目的もある程度果たした。


 ランクA相当のフランがこれだけやるんだ。ランクSは徒に手を出しちゃいけない領域だろう。


 ああ、ヤバい、意識が飛ぶ。これが死ぬって感覚か。面白い……。


 なんだ? 誰だ? おやじ……?


 ああ、これが走馬灯ってやつなのか? 義父と初めて出会った日のことが思い返される。


 飯がいなくなってしまい、この地を去るかどうか悩んでいた私の前に、一人の男に率いられた一団が現れたのだ。


「これは……。蟲どもが消えた原因を探りに来てみれば……。少女、だと?」


 当時の赤剣騎士団長アポロニアス。獣と変わらぬ生き方をしていた私にシビュラと名付け、人としての生活と、家族の温もりを与えてくれた義父。そんな、私にとって唯一親と呼べる人との、出会いの瞬間だった。


 ビスコットやクリッカと出会ったのも、この後だ。キメラモルモット――私の研究データを流用して生み出された、魔獣の因子をひとつだけ持って生まれた子供たち。彼らを義父が保護していたのだ。非人道的な研究をしていた機関をぶっ潰して。


 そのせいで、義父が引退した後も、赤剣騎士団と南征公は仲が悪いのだ。


 義父の何も考えていない底抜けの笑顔を思い出す。ああ、後は任せろ……。私が、きっとレイドスのみんなを……。


 はは、死にかけてるときに何を考えているんだか。


 あーあ……。負けちまったか……。まあ、相手が強かったってことだ。だから、そんな泣きそうな顔をするな、ビスコット、クリッカ……。


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― 新着の感想 ―
[一言] 覚醒使ってないって言ってるけど使ってるくない?
[一言] シュビラは勘違いしてませんよ、攻撃力が高かいといってもアースラースやSランクにはまだ及ばないしAランク最上位程度でしょ。 シュビラの目算はあってる
[一言] 何という…普通に泣けるよシビュラさんよ…(;_;)
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