719 シビュラの力の一端
《個体名・シビュラの分析完了》
『おお! アナウンスさん! まじっすか!』
《是》
突如聞こえた、アナウンスさんの声。それのなんと頼もしいことか!
アナウンスさんの研ぎ澄まされた観察眼が、何かを見破ったらしい。
《観察、測定の結果、個体名シビュラは推定27種類の耐性スキルを所持していると思われます》
『27種類? 耐性スキルを? まじか?』
《是。全てが高レベルであり、それに苦痛無効、瞬間再生などを組み合わせているのが個体名・シビュラの防御能力の正体です》
最初に排除した可能性が実は正解だったとは。
つまり一つの超強力なダメージ軽減スキルなのではなく、無数の耐性スキルを所持しているだけ?
そんなこと有り得るか? 耐性スキルを得る方法は、分かる。こっちの世界の人々だって、理解しているはずだ。
非常に単純で、耐性を得たい攻撃を延々食らっていればいい。だが、耐性スキルを無数に所持しているような人間、現実にはいない。高位冒険者でも、高レベルの耐性を何個も所持しているような奴は見たことがなかった。
それは当然で、狙って耐性スキルを得るのはあまりにも苦行過ぎるからだ。
耐性のレベルを上げたいのであれば、スキルレベルに合わせて攻撃のレベルも上げていかねばならない。いつまでも楽にはならない。
シビュラレベルに至るには、どれだけの時間と、苦痛が必要になる?
何十年間も朝から晩までありとあらゆる拷問を受け続ける。そんな生活でもしていなきゃ、無理なんじゃなかろうか? いや、それでも無理か? 耐性スキルのレベルが上がってくれば、攻撃役の確保が難しくなるだろう。
『まあ、今はどうやって破るかだな』
フランとシビュラが再び切り結び始める中、俺はアナウンスさんと情報のやり取りをする。
《神属性、打撃に対しての耐性が、他よりも低いと思われます》
『それだけ耐性スキルを持ってるんなら、攻撃しまくって魔力切れ狙いも手か?』
《否。何らかの要素により、発動時の魔力消費が少ないと推測。また、体内に魔道具を所持しているようです》
『魔道具?』
《詳細不明。体内に魔道具を封印し、現状ではその莫大な魔力を引き出して運用している模様。その結果、強力なスキルを連続で使用できていると思われます》
『俺の魔力を引き出せるフランみたいなもんてことか』
《是。このまま戦い続けた場合、こちらの魔力切れが先である確率、59%》
やや分の悪い賭けって感じだな……。
『どうすればいいと思う?』
《現状、即座に実行可能な方法は4種類あります》
『4つも?』
さすがアナウンスさんだ!
《一つ目は、全能力を解放しての攻撃です。潜在能力解放や剣神化、神気操作、魔法使いを最大限に活用すれば、耐性スキルを加味しても、仕留められる可能性が88%》
『いや、さすがにそれは……。特に潜在能力解放は使いたくない』
ここで勝利できたとしても、ボロボロの状態で準決勝に臨むことになるだろう。それに、命を落とす危険性だってある。時の揺り籠があるから平気なのか? いや、シビュラに先に発動したら、フランには発動しないことになる。やはり賭けの要素が多すぎるのだ。
《二つ目は、転移を活用し、シビュラを遠くまで運搬、置き去りにする方法。昨年からルールが改正され、結界外に3分以上出た場合、棄権とみなされます》
昨年、フランが転移を使って結界の外に出たことが、ルール改正の原因だった。確かに、町の外にでも捨ててくれば、3分以内に戻ってくるのはかなり難しいかもしれない。
『でも、それはなぁ……』
そんな勝ち方、フランは納得しないだろう。それに、観客たちも。勝っても、絶対にブーイングされる。それなら、正面からやりあって負けるほうがまだマシな気がする。
この3分ルールが面倒なのは、自分たちが外に出て結界内を水で満たすとか、真空状態にするような戦法も難しい点だ。フランもそうだが、シビュラがたった3分程度で窒息するとは思えない。
下手すれば、こっちが結界外への逃亡で敗北である。
次元収納に仕舞ってあるモルドレッドの溶岩も、異常なレベルの耐性持ちのシビュラには効かない可能性が高いのだ。
《三つ目は、自己進化ポイントを使用し、打開策を模索する方法。相手の性能が不明なため、確実ではありませんが、現状所持している52ポイントを使えば、可能性はあります》
『例えば?』
《未だに攻撃に使用していない属性。月光魔術や死霊魔術などにつぎ込むことで、シビュラが耐性を有していない。もしくは、レベルが低い耐性を探します》
まあ、妥当と言えば妥当だが、確実性がないよな……。相手のスキル構成も分からないから、このスキルを強化すれば絶対に勝てるという確証はない。
ただ、一番無難ではあるだろう。
『最後の選択肢は?』
《四つ目は、混沌の神の加護を使う方法》
『え? あれって、混沌に対する耐性が付くとかいう、意味不明な能力だったんじゃ……?』
《シビュラの内からは混沌の力を感じます。その力の根源の一つが混沌の力であることは間違いありません》
『まじ? つまり、ダンジョン関係者? それとも、混沌の神の加護に類する物を持っている?』
《詳細は不明。ですが、加護の持つ混沌に対する影響力を攻撃に転化すれば、力を大きく削ることが可能であると推察します》
『そんなこと、できるのか?』
《是。加護とは明確な力の方向性ではなく、大いなる可能性。所持者の意思により様々な効果を発揮します。まずは、加護を自覚してください》
俺は、自分の中にあるはずの混沌の神の加護に意識を向けてみた。しかし、いまいち感覚がつかめない。
『……むぅ』
《もっと深くを。個体名・師匠の根本を意識してください》
『深く……』
俺は自分の奥深くを意識した。
少し怖い。
俺の奥深くには、色々な物が眠っているからだ。フェンリルに、邪神。獣人国で、それらが暴走した時の記憶が、蘇る。
狂鬼化スキルの影響だったせいだが、不用意に封印されているモノに触れてしまえば、何が起きるか分からないのだ。
《大丈夫。私がいます》
『アナウンスさん……』
アナウンスさんの声に導かれるように、俺は意識を集中させる。
『これか……?』
《そうです》
意識が温かいモノに触れる。なるほど、混沌の女神の放っていた力に、よく似ている気がする。これが、加護なんだろう。
その力を、意識して引き出す。
『凄い、力がっ!』
《制御を補助します。個体名・師匠は、この力を個体名・フランのために。どのような力にするのかを意識してください》
『どんな力にするか……』
《この加護の持つ、混沌に対する影響力を、攻撃の力に、混沌殺しの力に変えるのです》
混沌の神の加護から溢れ出す力を、俺は内から外へと放出した。それだけでは暴れるだけの力を押し止め、自ら刃へと纏わせていく。
「師匠?」
『待たせたな。フラン』
いきなり出力が倍化した神属性に、戸惑いの表情を浮かべるフランだったが、すぐにその顔には不敵な笑みが浮かぶ。
俺が、新たな力に目覚めたことを理解したのだろう。対するシビュラの表情は、どこか引きつって見えた。
「ははは! なんだそりゃ? 急に威圧感が増しやがったね!」
相変わらず鋭い勘で、今の俺が自分に対して危険な物であると、察したのだろう。この戦いが始まって初めて、シビュラが自ら距離を取った。
だが、自らのその行為自体に怒りを覚えたのだろう。すぐに今まで以上に鬼気迫る表情で、フランを睨みつけた。
『この力で、奴をぶった切ってやれ』
「ん。斬る」
「はははははは! やれるもんなら、やってみな!」




