70 アンディ
ジャンの呼び出したアンディはさすがの能力だった。
以前俺たちが力尽きた高度を軽々越え、グングンと上昇していく。しかも、魔力障壁のお陰で、寒さや風圧も軽減されていて、乗り心地も快適だ。
「高い!」
「ふははは。大地に生きる者共がゴミの様であろう!」
「うん、ゴミ」
『ゴミはやめなさい。アリとか、もう少しかわいげのある言い方がある!』
後で気づいたけど、アリも大概だったな。
「見えたぞ!」
雲を抜けると、浮遊島が目の前にあった。蒼空に悠然と浮かぶ、巨大な岩石の島。その威容にただただ圧倒されるばかりだ。
『おおおおお! すげー!』
「ん!」
「オウオウ!」
ラピュ〇だ! やべー、超感動した!
そのままアンディは浮遊島へと向かって、羽ばたく。
『? いまのは……』
「うむ、師匠君も感じたかね? 遂にダンジョンへと突入したのだよ!」
「まだダンジョンについてない」
「ダンジョンとは、ダンジョンコアの影響範囲内を指す言葉だからな。空中だろうが何だろうが、ダンジョンコアの魔力が届く範囲はダンジョンなのだ」
というジャンの言葉がきっかけになったわけではないだろうが、俺は向かってくる大量の気配を感じていた。
『何か来る!』
「浮遊島に着陸するまでは、ボーン・バードという魔獣が群れで襲ってくるぞ!」
「何か対策は?」
「対策? ふははははは、雑魚の群れなど、正面から打ち砕くまで!」
「なるほど!」
『成る程じゃない! あの数を力ずくで突っ切るなんて危険すぎるぞ!』
「しかしだな、奴らはアンディより速い。逃げるのは無理である」
『何か道具とか、死霊除けの結界張るとか、ないのか?』
「あのような雑魚に道具は勿体ない! そして、死霊除けの術はあるが、アンディにも影響が出る故、今は使えん」
てことは、正面突破しかない? くそ、結局力ずくかよ!
「ふはははは! アンディよ! 存分に暴れるが良い!」
「ガオオオォォォ!」
「師匠」
『こうなったら仕方ない! 派手に暴れてやるさ!』
「ウオオォォン!」
こうして、俺達はボーン・バードの群れとの戦闘に突入した。
個体としてはランクG。だが、1000羽近くはいるだろう。雲霞の如く群がってくる骨鳥どもは、倒しても倒してもキリがなかった。
それでも、アンディが放つブレスが、ジャンの放つ魔術が、フランの振るう剣が、空中跳躍で飛び回るウルシが、次々と鳥どもを叩き落としていく。
「――リバース・アンデッド!」
「――ファイア・アロー!」
「ガガオォウ!」
「ゴルロオオオォォォ!」
俺? 俺は、フランと離れて飛び回っていた。どうせジャンには全部ばれたんだし。こうなったら出し惜しみなしだ。
フランが今使っているのは、以前にギュランから奪った幻輝石の魔剣だった。幻影属性の剣だが、光の属性も僅かにあるらしく、死霊にはかなり効果的だった。
フランが俺以外の剣を使うのは……我慢するさ。
『おらぁ! 久々の食べ放題だ! 腹いっぱい魔石食わせろ!』
群れているという事は、密集しているという事だ。適当に飛び回っても、次々に獲物を仕留めることができた。
『魔石祭りじゃぁ!』
「キシャァ!」
「ショギョァ!」
『効かねぇよ!』
威嚇のスキルで動きを封じようとしてくるが、そんな低レベルの威嚇、俺には無意味だ。
種族名:ボーン・バード:死霊:魔獣 Lv3
HP:18 MP:6 腕力:7 体力:10 敏捷:16 知力:1 魔力:5 器用:3
スキル
威嚇:Lv1、嘴撃術:Lv1、死霊
こいつらからは、死霊っていうスキルをゲットした。ただ、怨霊のこともあるし、うかつには装備しないぞ。むしろ、このままずっと装備しない可能性が高いだろう。あと、嘴撃術は久々の無意味スキルだな。なにせ、嘴がないし。
30分後。俺たちはボーン・バードの群れを突破し、浮遊島に接近していた。間近で見ると、また違う迫力があるな。
因みに、死霊は飛行、魔力放出、怨念変換、光魔術弱点化、回復魔術弱点化、浄化魔術致命化の複合スキルらしい。あと、俺は装備しない方がいいと言われた。うん、しないけどさ。
「おっきい」
『ようやくか』
「いや、まだである」
『どういうことだ?』
「すぐに分かる――来たぞ!」
「アンディと同じ?」
「ふはは! 似て非なるものだ! アンディは、ウィンド・ワイバーンのスケルトンであるが、奴らはレッサー・ワイバーンだからな! 格が違うわ!」
種族名:レッサー・ワイバーン・スケルトン:死霊:魔獣 Lv10
HP:108 MP:50 腕力:87 体力:63 敏捷:133 知力:1 魔力:33 器用:12
スキル
威嚇:Lv3、隠密:Lv2、再生:Lv3、死霊、毒無効
以前遭遇したレッサー・ワイバーンよりは大分弱いが、再生と死霊が付いた分、倒しづらくなっている様だった。そして、そんな奴らが30体ほど。
しかも、それだけではない。
『うわっ! なんだ? 大砲?』
「浮遊島からの砲撃である。実体弾故、弾くことも受けることも可能だ。師匠君は迎撃に専念してくれたまえ!」
『じゃあ、ワイバーンどもはどうする?』
「そちらは我が何とかする!」
「わたしたちは?」
「フラン君とウルシ君はボーン・バードを! まだ完全に振り切ったわけではないからな!」
「了解」
「オウン!」
上陸作戦後半戦だな。
俺は次々と発射される砲弾を、時には斬り砕き、魔術で迎撃し、なんとか防いでいた。しかし、砲弾の数が多いな。
『やべ!』
危なかった。何とか魔術で軌道を逸らしたが、あと数瞬遅れていたら砲弾を素通りさせていた。
『ジャン! 前回上陸した時は、どうやってこの砲弾を防いだんだよ!』
「あの時は、スケルトン・グリフォンを従えていたのでな! 風の鎧をまとった我が眷属の前に、砲弾など無意味! 故に、正面から堂々と乗り込んだまで!」
結局力ずくか! それに、今召喚してないってことは、そのスケルトンはもういないんだろう。オーバースペックで呼び出したのかもな。
「ギョオオオオオ!」
くそっ、ワイバーン・スケルトンどもが鬱陶しいな! だが、砲弾の嵐を捌くため、俺は手が出せない!
結構素早く、ジャンたちの攻撃も中々直撃とはいかないようだった。当たれば倒せるんだけどな。
あれ? これってジリ貧じゃないか?
フランに咬み付こうとしたワイバーンを、アンディがその顎で葬る。頼りになるな!
「ありがと、アンディ」
「ゴオオォ!」
だが、アンディの頑張りだけじゃ、この数をどうにかするのは無理だ。次第に再生が追い付かず、アンディのHPが減ってきた。
『ジャン! マジでどうするんだよ!』
「ええい! 少し待て! 今準備中である!」
見ると、ジャンは召喚玉に魔力を込めている最中だった。何か切り札でも召喚する気か?
「よし、準備ができたぞ。師匠君、ウルシ君! 戻りたまえ!」
『了解』
「オン!」
「フラン君は、何があってもじっとしているのだ! いいか、我を信じるのだ!」
「ん!」
「ふはははは。良い返事であるな!」
『で? どうするんだ?』
「こうするのだよ。アンディ! やれ!」
「ゴォォォォォン!」
「わ」
『変形した?』
ジャンの号令で、アンディの骨の体が歪に変形していく。肋骨や胸骨がジャンやフランを包みこむ様に盛り上がり、翼も体を覆う様にたたまれてしまった。怨霊スキルで飛んでいるため、飛行に影響はないだろうが……。
まるで、骨で出来た球体からワイバーンの首が生えているかの様な姿だ。
「――インスタント・サモニング!」
そんな中、ジャンが新たな召喚を行う。インスタント・サモニングは、眷属の分身体を一定時間召喚する術だ。本体より大分弱いが、分身体が死んでも本体に影響がないというメリットがある。
「スライム?」
『な、なんだ! くそっ――』
「だいじょうぶ! そのままジッとしているのだ!」
ジャンが呼び出したのは、真っ赤なスライムだった。そして、そのスライムが俺たちを包みこむ様に動き出したのだ。
『ジャン?』
「これでいいのだ!」
ジャンはそのままでいろと言う。おいおい、溶かされんだろうな? アンデッド・ウーズというスライムのアンデッドは、アンディと一行をすっぽりと覆い尽くしてしまった。
その間にも、砲弾がアンディにガンガンぶつかっているが、どうにか耐えている様だ。それだって、いつまで続くか分からない。一体ジャンは何をしようと言うのか。
「アンディ! ご苦労だったな」
「ゴオ!」
「では、やれ!」
ジャンが命令すると、アンディがクルリと方向を変えた。浮遊島とは逆側に頭を向けた形だ。
「ガガオオオオオォォォォォォォゥゥッ!」
そして、アンディが溜めに溜めていたブレスを解き放った。凄まじい光線が虚空を真っ白に染め上げる。文句なしに今日一番の威力だ。
ブレスの反動で弾丸と化したアンディが、数体のワイバーンたちを粉砕しつつ、浮遊島に向けて突き進む。
「ふははははは! いいぞアンディ! 計画通りである!」
「速い速い!」
凄まじい勢いでアンディの魔力が減っていく。おい、ヤバいんじゃないか? 確か、アンデッドは魔力を使い切ると消滅してしまうはずじゃ?
だが、アンディはブレスの放出を止めなかった。そして、グングン近づく浮遊島。
「フラン君、舌を噛まぬよう、注意するのだ!」
「ん!」
バリイイィ!
直後、軽い衝撃が俺たちを襲う。どうやら、物理障壁が張られていたらしい。だが、今のアンディの前では無意味だった。
そして――。
ドガガガガオォン!
「ぬうううう!」
「あう」
「キュウウゥゥン」
『おわぁっ!』
アンディが浮遊島に巨大なクレーターを作り上げた。アンデッド・ウーズが衝撃を和らげてくれたとは言え、相当な衝撃だった。なにせ、全員HPが減っているし。アンデッド・ウーズの分身体は消滅している。
そして、その衝撃をもろに受けたアンディは、既に原形を留めていなかった。全身の骨も、魔石も、粉々だ。唯一、半分ほどになった頭蓋の一部が判別できるくらいか。
「ゴオ……」
「アンディ、貴様の忠心、忘れはせんぞ」
「ありがと」
「オン!」
『凄いな、お前』
「最後は我が手で送ってやる。安らかに眠るがいい。――アセンション」
「ゴ――」
アンディの残骸から、光が立ち上り、天へと昇っていく。美しい光景だった。
「ばいばい」




