716 シビュラ戦・小手調べ
『さあ、やってまいりました! 準々決勝! ここまで前評判通りに勝ち上がってきた、黒猫族の英雄! 黒雷姫のフランが登場だぁ! 相変わらず小さい! しかしその強さは誰もが知るところ!』
準々決勝ともなれば、観客のボルテージも開始前から最高潮だ。その凄まじい歓声で、地鳴りが起きるほどである。
『対するは、赤き傭兵シビュラ! 数々の強敵を退け、圧倒的な破壊力で勝ち上がってきました!』
フランとシビュラが、舞台の上で対峙した。
「よう。また会ったな」
「ん」
「ビスコット戦は見た。本気のお前は、あんなものじゃないんだろ?」
「見れば分かる」
「くくく。そうだな!」
『去年のダークホースと、今年のダークホース! 勝つのはどちらなのか!』
なるほど、言われてみるとダークホース対決なのかもしれない。
「閃華迅雷!」
「ははぁ? 本当に進化した黒猫族なんだね」
フランの周囲で弾ける黒い雷を見て、シビュラが心底嬉しそうに笑う。
フランについての情報は事前に調べているらしい。有名な話だから、軽く聞き込めばすぐに判明する情報だけどな。
ある程度、こちらの情報を仕入れていると考えたほうがいいだろう。
「さあ、冒険者の中でも上位だっていうその力、見せてくれ!」
「言われなくても」
『では、試合開始ぃ!』
「ちぇいぃぁ!」
「ん!」
試合開始と同時に、シビュラが前に出た。これは予想外だ。今までの試合では、まずは様子見をしていたんだが……。
向こうも、本気であるということなんだろう。
高速で突き出された剣が、フランの喉元に迫る。
だが、予想外であっても、この可能性を完全に排除していたわけではない。
『エア・シールド重ね掛け!』
今回は最初から俺も全開なのだ。風の盾を多重で生み出し、シビュラの攻撃を受け流した。
「無詠唱かっ!」
「ふっ!」
がら空きになったシビュラの脇腹に向かって、フランが斬撃を放つ。
完璧に捉えたはずだったが――。
「くははははは! 軽ぃんだよぉ!」
「むぅ」
切り裂く感触は一切なかった。
障壁に弾かれたというわけではない。こう、鉄パイプかなにかで分厚いタイヤを殴ったかのような、鈍い感触と音だ。
黒雷もシビュラにダメージを与えた様子はない。
(師匠)
『まだ分からん!』
やはり何らかのスキルにより、ダメージを軽減しているらしい。物理耐性と雷鳴耐性? だが、そう都合よく、こっちの属性に合わせた耐性など持っているか?
「どらぁ!」
攻撃を受け流して隙を突いたつもりが、逆に反撃が飛んでくる。かなり速いが、フランを捉えるほどの鋭さはなかった。
最低限の動きで斬撃を回避したフランが、今度はシビュラの足に蹴りを叩き込んだ。内腿を狙ったローキックだ。
だが、それも効いた様子はない。
『だったら、弱点を探す!』
「ん!」
そこからは激しい斬り合いだ。
数十回の剣戟の応酬。だが、フラン、シビュラ、ともに大きなダメージはなかった。
フランは全てを回避し、シビュラは一切のダメージを食らわない。
そうなのだ。頭部から足先まで、どんな場所を斬って突いても、シビュラは全く血を流さなかった。眼球に放った突きですら、傷がつかない。
破邪顕正、魔毒牙、各種属性剣。やはり効果はない。
「いい狙いだが、無駄ぁ!」
『ならば魔術だな!』
俺は回避をフランに任せ、剣を振り降ろしてくるシビュラに向かって一気に複数の魔術を放った。
火炎、暴風、大地、水、雷鳴、氷雪、溶鉄、砂塵、毒、闇、光、時空。直接ダメージを与える術があるものをどんどん使う。
操炎、操水、操土、操毒、操風スキルによって、魔術ではない属性攻撃も放った。
だが、シビュラは避けるそぶりも見せない。
やはり、耐性ではなく、ダメージカット系のスキルである可能性が高そうだ。さすがに、今放った全ての攻撃に対して耐性を持ってるとは考えにくい。
「その程度じゃ、私を傷付けられないよ!」
「なら、これ!」
攻撃をその身で弾きながら迫るシビュラ。
横薙ぎの斬撃を身を伏せて回避しながら、フランが俺を腰だめに構えた。
全身のバネを使って伸び上がりながら、フランが風の鞘の中で俺を奔らせる。
神速の空気抜刀術が、シビュラの首に襲いかかっていた。
普段の相手であれば、これで勝負が決まるはずの一撃である。だが、シビュラはこれすら意に介した様子がなかった。
ある一定以上のダメージを軽減する能力かと思ったが、今の一撃でさえ無効化するなんてありえるか?
物理無効? いや、それだと黒雷も効かない理由が分からない。
そもそも、コルベルトとの一戦ではしっかりとダメージを食らっていたはずなのだ。最後にコルベルトが放った奥義は、確かに凄かった。
それでも、今の空気抜刀術が圧倒的に劣っているわけではない。むしろ、俺の攻撃力が上乗せされている分、ダメージは上であってもおかしくはないのだ。
それなのに、何故ダメージがない?
『どんな絡繰りだ!』
「いいねぇ! いい一撃だ! だが、それじゃあ私は倒せん! そろそろ、私も体があったまってきたところだ! ガンガン行くよ!」
そう叫ぶシビュラの放つ圧力が一気に増し、その全身から赤い魔力が噴き上がった。




