715 ナイトハルトとエルザ
ヒルトとフランの視線がぶつかり合う。
離れていても、互いの闘志は伝わっただろう。ヒルトはにこりともせずに、視線を外して去っていった。
「……楽しみ」
『ただ、その前に勝たなきゃいけない相手がいるぞ?』
「分かってる」
そもそもヒルトが決勝まで勝ち上がってくるかも分からないのだ。次でまだ準々決勝だからな。
『次はクリッカ対ババロス』
どちらも聞いたことがない。クリッカは傭兵。ババロスは冒険者だった。
試合が始まると、フランが珍しく驚きの声を上げた。
「あれ、見えてる?」
『だろうな。察知スキルの効果か……?』
クリッカという女性は、不思議な戦闘方法を駆使している。探知、察知の特化と言えばいいのか?
相手の攻撃を完璧に躱し、弓とレイピアで急所をグサリ。そんな感じである。
ババロスは名前の厳つさに対して、実際は細面の魔法戦士だった。手数も多いうえに、風魔術と短槍の連携はなかなか鋭い。
フランであれば回避できるだろう。だが、フランほどの身体能力を持たないはずのクリッカが、全ての攻撃を回避するのは異様ですらあった。
観客はただ速いだけだと思っているだろうが、完全に後ろに目があるレベルの動きだ。先読みも凄まじい。周囲の情報を完璧に把握していなければああは動けないだろう。
最後まで、攻撃を掠らせもしなかった。
斥候役として考えると、あの能力は凄まじい。
それに、俺たちが彼女に注目するのは、その戦闘が面白いという理由だけではなかった。
(さすが、シビュラたちの仲間)
『だな。ウルシ、あの女で間違いないんだな?』
(オン!)
クリッカがシビュラの部下の一人であると、ウルシが教えてくれていたのだ。
シビュラやクリッカのレベルであれば、自分たちが監視されていることにも気づいていそうだ。もう自分たちの正体がバレていることを分かっているんじゃないだろうか?
それでも大っぴらに活動しないのは、バレていることを理解していると、悟らせないため? だったら、逃げ出す算段をもうつけている可能性もあるが……。
『ま、奴らの身柄に関しては、お偉いさんたちがどうにかするだろう』
ディアスが、俺が思いついたことに気付いていない訳がない。俺たちが下手に首を突っ込んで、ギルドの作戦を邪魔するわけにはいかないのだ。
『こうやって見ていると、レイドス王国の騎士っていうのは特化型が多いのかもな』
(なるほど)
壁役特化のビスコット。斥候特化のクリッカ。破壊特化のシビュラ。まあ、シビュラは防御面でも優れているが、やはり攻撃の方が得意そうなのだ。
個人個人としては色々と穴があるが、パーティや部隊として考えた時には、非常に頼もしいはずだ。
そう考えると、彼らの真価は個人戦ではなく、集団戦にこそあるのかもしれない。
「ナイトハルト、きた」
『エルザもだな』
次は知り合い同士の戦いだ。
蟷螂のナイトハルトと、美容オネエさんエルザの戦いである。
エルザが差し出した手を、ナイトハルトが反射的に握った。試合前の握手は、この武闘大会では珍しい。人との距離感が超至近距離なエルザと、基本善人っぽいナイトハルトならではだろう。
「あらん! なかなかいい男じゃなぁい!」
「……?」
「どうしたのかしらん?」
「いや、適当に言っている様子もないので、少々驚いただけです」
「うふふ。声もいいわぁ。優しく抱きしめてあげたいわねぇ」
「は、はは。お手柔らかに頼みます」
百戦錬磨であるはずのナイトハルトが、試合前から戸惑っている。さすがエルザだ。
しかも、カマキリヘッドのナイトハルトを見て、エルザは本気で良い男だと言い放っている。ストライクゾーンが広いにもほどがないか?
別に蟲人を差別するわけじゃないけど、限度ってものがあると思うんだ?
試合前の妙に長い握手が終わり、いよいよ戦いが始まる。
「いくわよぉん!」
エルザがメイス。ナイトハルトが双剣だ。
エルザは頑丈なだけではなく、痛みを喜ぶという性癖の持ち主である。それ系統のスキルさえ所持しているのだ。そこを、ナイトハルトがどう抜くのか、期待していたんだが――。
「おぉぉ! スパイラル・スラストッ!」
「え――」
試合開始直後。たった一撃であった。
一瞬で距離を縮めたナイトハルトの剣がエルザの腹を貫通し、その背中からは大量の血が噴き出す。
「あは……すごいの、もらっちゃったん……」
なぜ目が潤んで語尾が上がる! そして、エルザは倒れ、動きを止めた。
「見えた?」
『かろうじて。遠くだったからだろうな。エルザの場所に居たら、一発貰っていたかもしれん』
「ん……」
多分、ナイトハルトは事前にエルザの戦闘方法や能力に付いて、調査をしていたんだろう。その結果、高威力の攻撃を叩き込むという戦法を選んだのだ。まあ、性格的な部分の情報は疎かだったみたいだが。
『ユニークスキルの韋駄天の効果だと思うが、恐ろしく速かったな……』
閃華迅雷状態のフランに比べても、さらに速いかもしれない。それほどの速度だった。超速度と蟲人特有の腕力を一点に集中させた突き技を前にしては、さすがのエルザの防御力も防ぎきれなかったということだろう。
治療を受けて立ち上がったエルザに迫られて、這う這うの体で逃げ出すナイトハルトからは、強者特有の迫力は感じられない。
しかし、紛れもなく今大会でも指折りの実力者だろう。
(……戦ってみたい)
『そう言うと思ったけど、どうなるかね』
向こうのブロックにはヒルトもいるし、この後に登場するあの人もいる。
今日最後の試合の勝者と、一つ前の試合の勝者であるナイトハルトが次に戦うこととなる。そして、俺たちの予想通り、最終試合はフェルムスが完封で勝ち上がった。
「ナイトハルトとフェルムス!」
『これは、本気で勝者が分からんな』
フランは目を輝かせて、この2人の対戦に想いを馳せる。自分で戦ってみたいという気もあるが、強者同士の対戦もまた楽しみなのだろう。俺も同じ気持ちだから、分からんでもないけどね。
次からは準々決勝。獣王から寄贈されたという時の揺り籠が登場し、死んでも復活する代わりに、場外負けがなくなる。ある意味、ここからが本番とも言えた。
『この2人の戦いを楽しむためにも、まずはシビュラに勝たないとな』
「ん!」




