711 モルドレッドと試合観戦
コルベルトは大丈夫そうだったので、俺たちは試合場に戻ることにした。試合をしているのは、ランクB冒険者のアッバーブという男と、デミトリス流の門弟だ。
このアッバーブ、どうやら魔法剣士であるらしい。接近戦ではシミターを使い、遠距離では水と毒の魔術を使っている。
解説を聞いていると、なんとエイワースの弟子であるという。なるほど、戦い方が嫌らしいね。それに、性格も悪そうだ。
毒で動けなくなった対戦相手を、弱い攻撃で嬲っている。だが、強いことは間違いないだろう。
『性格は最悪だが、動きは洗練されている。それに、エイワースの弟子ってことは……』
(毒薬使ってくるかも)
『ああ、そこも気を付けないとな。アイテム袋を使わせないように牽制するとか、いくつか考えられるが』
(今度は失敗しない)
モルドレッドには結界石などで牽制を防がれたからな。フランはその対策を色々と考えているらしい。
「フラン、見事だった」
「モルドレッド? もう動いていいの?」
「なんとかな」
試合が終わったのを見計らって声をかけてきたのは、先程までフランと激闘を繰り広げていたモルドレッドであった。
足取りは多少覚束ないものの、動くことは可能らしい。
その顔には悔しさや怒りはなく、さっぱりとした笑顔が浮かんでいる。
「最後、すまなかったな」
「溶岩? でも、モルドレッドは平気だったんでしょ?」
「試合前に溶鉄耐性を上げる術を使っていたからな。俺の意識がなくなっても、一度付与した魔術は効果時間まで続く。だがあれでは、勝敗が決まった後も攻撃を続けたようなものだ。マナー違反だった」
そう言って、深々と頭を下げる。律儀な男である。
「分かった。謝罪を受け入れる」
「ありがとう」
「その代わり、少し話が聞きたい」
「いいぞ。なんでも聞いてくれ」
「さっきの試合のこと。まずは――」
フランがモルドレッドに、試合運びについて色々と質問をぶつける。モルドレッドも、その辺はキッチリ答えてくれる。
フランに教えることがあるのが彼にとっても楽しいらしい。面倒見のいい男である。
ベテランに話を聞けることなんてそうそうないし、これは非常にいい機会だろう。
熟練の試合内容を間近で見せつけられ、その試合を本人と振り返る。ここでモルドレッドと戦えたのは、フランにとって大きな経験となりそうだった。
数十分にも及ぶフラン対モルドレッド戦の振り返りは終了し、今は他の出場者の戦闘についての分析に代わっている。
「モルドレッドなら、さっきのアッバーブはどう戦う?」
「情報が少ない相手であれば、まずは距離を取る。溶鉄魔術を主体に、隙を窺うだろう」
「なるほど」
「もしくは、自信があるのであれば近距離に持ち込むのでもいい。フランの場合は、剣での戦いは有利だろう。ならば、小細工をされる前に近づくのは有りだ」
その小細工によってフランを追いつめたモルドレッドの言葉は、重いな。
「奴は実際は毒魔術をもっと短い詠唱で放てるのだと思う」
「なんでわかる?」
「一度だけ毒魔術を通常よりも速いタイミングで撃った。相手の被弾覚悟の突進に慌てたのだろう。1回だけ偶然速いというのは考えられん」
「他の出場者に、自分の詠唱短縮スキルが大したことないって思わせようとしてる?」
「だと思う」
モルドレッドの分析を聞くだけでも、色々と面白い。
そうして盛り上がっていたんだが、モルドレッドのもとに部下がやってきた。フランは完全に忘れているが、以前に船の護衛依頼で顔を合わせたことがある男だ。
モルドレッドに勝ったフランに対しても、敬意を払ってくれているのが分かる。モルドレッドの教育がいいんだろう。
どうやら、なにやら用事があったらしい。
「もうそんな時間か」
「うっす」
「では、俺は行くとする。有意義な時間だった。魔境については、次回語ろう」
「ん。ありがと。私も楽しかった」
「ああ」
そうして1人になって、ウルシをモフリ出したフランに、また誰かが近づいてきた。
「あの、フランお姉様」
「ん? ケイトリー、ニルフェも」
「こ、こんにちは……」
「オン!」
ケイトリーとニルフェのお子様コンビである。貴族などだけが入れる貴賓席にいたようだが、フランを見つけて特別観戦席にやってきたのだろう。
数分前から気配はあったのだが、モルドレッドに遠慮して声をかけてこなかったらしい。いや、単純にモルドレッドが怖かっただけか?
因みに特別観戦席は、出場者の関係者や、出資している人間などが入れる場所だ。
一般の観客の居る場所が自由席。特別観戦席は関係者席。貴賓席は招待者席。まあ、そんな感じの分かれ方である。招待者席の人間は特別扱いなので、こっちにも来られるのだ。
「先程お話しされていたのは、モルドレッド様ですよね?」
「ん」
「すごく仲が良さそうだったのですが……」
「ん。冒険者仲間?」
フランが疑問形で首を傾げる。確かに、モルドレッドとの関係はなんと言っていいか分からないからな。
友人というには付き合いも短く、年も離れている。ライバルとも違うだろうし、一番しっくりくるのが冒険者仲間なのだろう。
「さっき戦っていたのに、平気なのですか? その、お互いに」
「なんで?」
「恨みとか、怒りとか……」
「ただ試合しただけだから」
いや、サバサバタイプのフランとモルドレッドだからそう言えるだけだぞ? 中には勝ち負けで恨んだりする奴だっているだろう。
しかし、フランを尊敬してやまないケイトリーは、それが当たり前なのだと思ってしまったらしい。感心した様子で納得してしまった。ニルフェも同様だ。
「そ、そうですか。あれが、ただの試合……」
「凄いです」
「ん。勝っても負けても恨みっこ無し」
フランの言葉で、ここまで来た理由を思い出したのだろう。2人は口々にフランの勝利を祝福してくれた。
「お姉様、ご勝利おめでとうございます!」
「おめでとうございます」
「ありがと」
「本当にすごかったです!」
ケイトリーたちが興奮した様子で、フランとモルドレッドの戦いを語る。
「その、途中からは何が起きてるかよく分からなかったんですけど……」
「でも、凄かったです」
「そうなんですよ!」
モルドレッドの溶岩によって結界内が覆い尽くされてからは、外からは何も見えなくなってしまったらしい。
しかし、観客は意外にもそれすら楽しんでいたようだ。
「ガラスのコップの中にオレンジ色の溶岩が満たされているような、見たことのない光景でした。溶岩というのは、あんなに美しい物なんですね」
「綺麗でした」
確かに、普通じゃ見ることができない光景だったろう。結界によって熱が遮断されているので、ただただ美しさだけが残ったようだ。
観客が飽きる前に、決着がついたのも良かったらしい。精々が数分だったからな。
「お怪我は大丈夫なんですか?」
「あのくらいはいつものこと」
「そ、そうなんですね……。私も冒険者になるなら、覚悟しないと」
「がんばって」
「はい!」
ケイトリーは怖がる様子もなく、むしろさらにやる気が出たらしい。フラン効果なのか、元々の資質なのか。案外、将来有名な冒険者になるかもしれなかった。
その後、フランはケイトリーたちと一緒に観戦することになる。フランの解説に、ちびっ子たちは真剣な顔で耳を傾けていた。
ニルフェも意外に興味があるらしく、時おり頷く。決して上手い解説ではないんだが、2人はかなりの勉強になったらしい。
「お姉様のお友達のシャルロッテさんは、残念でしたね」
「ん。でも、去年よりも善戦してた」
一番の見どころだったのは、エルザとシャルロッテの試合だろう。去年と同じカードで、流れも去年と似ていた。
違うのは、よりシャルロッテが長く戦ったことくらいか。動きが格段に良くなっていた。しかし、エルザの防御力を突破するほどの攻撃力はまだ身に付いていないらしく、最後はぶん投げられて場外負けであった。
「お姉様、次の試合も頑張ってください。応援してます! なんて言ったって、あのダンジョンの2人組の1人ですもんね!」
「ん。勝つ」
「はい!」
次の相手はビスコットだ。




