702 チャート伯爵
「申し訳ありませんでしたぁ!」
フランに暴言を吐いて、威嚇されただけでお漏らしをしたエマート子爵。その同僚の貴族であると思われる男が、地面に頭を擦りつけて許しを乞うていた。
「私はレリアン・チャート。シャルス王国にて伯爵の位を与えられているものです!」
『やっぱ貴族だったか……。にしても、シャルス王国?』
《クランゼル王国南部の海沿いに位置する、小国です。鉱石を数種類産出しますが、そのほとんどを国外へ輸出し、食料の輸入に充てています》
おお、アナウンスさん! さすがですよ!
『国力の低い、典型的な弱小国ってことか?』
《是。平地の少なさと塩害により、食料の自給率が低く、食料輸入が国家予算を大幅に圧迫しています》
鉱石は食えないからな。食料産出国からは足元を見られているらしい。
『何か、陰謀的なことを考えている可能性は?』
《情報が不足しています》
『だよな……』
俺がアナウンスさんと情報のやり取りをする間も、チャート伯爵の謝罪という体の言い訳が続く。
「この度は我が国のボケナスが、失礼な態度をとって申し訳ありません! どのようなことを口走ったかは分かりませぬが、この男の言葉に我が国は一切関知しておりません! 全て、この男の戯言! この男の責任です!」
『うわあ……。清々しいほどにエマートを見捨てたな』
「こいつと国は関係ないの?」
「ほ、本来であれば、このような場所にこられるような権限を持った男ではないのです。我が国でも折り紙付きのクズと言いますか、ゴミと言いますか……」
「そんな奴が、なんで使者になる?」
「それはその……。新王陛下の一時の気の迷いと申しますか……。私もこのような副官はいらないのですが……」
つまり、普段は馬鹿貴族として要職を与えられていないのに、今回は何故かフランへの使者を仰せつかってしまったというわけか? 王に賄賂でも渡したのだろうか?
新王とか言ってるし、国の方針自体が急に変わったのかもしれない。
チャート伯爵はエマートの馬鹿さ加減を把握していたんだろう。だからこそ、国外で問題を起こした子爵に全部の責任を押し付けてしまうことにしたに違いない。
というか、エマートみたいなクズが生かされているのは、何かあった時に責任を被せる生贄にするためのはずだ。
だってこいつ、欲望肥大っていう状態なのだ。たぶん、あえてそういう状態にして、罪を押し付けやすくしているんだろう。
ある意味、こういう場合に責任を全て負わせるのは正しい使い方と言えた。発言はなかったことにできないが、エマートのせいにすれば自分の首は守れるからな。
ただ、ここまで暴走するのは想定外だったようだが。
「こいつ、私を騎士にしてやるとか言ってた。王の言葉だって」
「いえ! その、言葉のアヤといいますか、言葉がちょっと強すぎたと言いますか」
「?」
「我が国の王が、貴女様に興味を持ったことは確かでございます! そして、騎士に迎えたいと考えたことも確かでございます! ですが、無理やり騎士の役職を押し付けるようなつもりもございません! 断られれば、諦めるつもりでありました!」
最後の、断られたら諦めるという部分だけは嘘だった。ただ、無理やり騎士爵位を押し付けるつもりはないというのは本当だ。
本来であれば何度も接触して、交渉を続けるつもりだったのだろう。
それをまだ腰を抜かしているエマート子爵が先走り、台無しにしたってことらしい。
どうも、隠された陰謀みたいなのはなさそうだ。ないよな? ただの無理やりな勧誘だと思うが……。
こんな時にはアレだろう。
『フラン、アレを見せておけ』
(アレ?)
『獣人国でもらった勲章だよ』
(おお、なるほど)
あの勲章は、こういう時に使っていいと言われているのだ。ぜひ活用させてもらいましょう!
フランが次元収納から黄金に輝く勲章を取り出し、水戸のご老公の見せ場のように高々と掲げて見せた。
俺はフランに台詞指導を行う。
「この勲章が、目に入らぬか」
「そ、それは……」
うむ、満足だ。
それにしても、チャート伯爵は黄金獣牙勲章のことを知っていたらしい。勲章を見た瞬間、今まで以上に顔色を悪くしていた。
「これ、分かる?」
「は、はは~!」
すでに土下座状態なのでこれ以上頭を下げられないのだが、それでも必死に頭を床にこすりつけている。
ただ、少し大げさに反応し過ぎじゃない? 別に獣人国の重鎮ってわけでもないんだし、そこまでせんでも……。
いや、弱小国にとって、大国である獣人国は敵に回せないということなんだろう。それに、失態を演じた直後だしな。もう、何を言っても土下座をしてくれそうだ。
これで、脅しとしては十分だろう。
「もう、行くよ?」
「は! 申し訳ありませんでしたぁ!」
チャート伯爵は最後まで土下座の体勢で、フランを見送った。エマート子爵の周囲に張ってあった消音結界を解いたことで、醜い喚き声が聞こえてきたが、チャート伯爵がどうにかするだろう。というか、しろ!
『まあ、これでもう来ないだろ』
「ん」
『ただ、一応冒険者ギルドに報告しておこうな。なんらかの対処はしてくれると思うし』
人気になったら、あんなのがこれからも湧いて出るのかね……。
少しゴタゴタしたものの、見たかった試合までには席に戻ってこれたな。
『次は、ビスコットと、デミトリスの弟子の戦いだ。あとはシビュラの試合も今日だな』
「楽しみ」




