697 トーナメント表
予選を観戦した翌日。
『組み合わせが発表されたが、これは……。いきなり知り合いだぞ』
(……誰?)
『まあ、覚えてないとは思ったよ』
俺たちは宿に知らせが届くのを待ちきれず、闘技場の前に貼り出された組み合わせ表を確認しにやってきていた。
本戦出場の64人の名前が書かれている。32名のトーナメントの山が2つ、向かい合うように書かれたタイプの表だ。
そして、表の最初にはフランの名前が書かれている。
これはいわゆるAシードの扱いだからだ。去年3位だった実績により、この場所が与えられたらしい。
表の真逆。Bシードの場所にはディアスの名前が。表を挟んで向かい側のCにはヒルトの名前があった。対角のDシードはフェルムスである。
このシードは、単純なランクや名声だけではなく、前年の順位が最優先されるそうだ。それにより、ランクB冒険者のフランが、ランクAのディアスやヒルトよりも前にきているというわけだった。
Aシードっていうのは、気分がいいね。
それはフランも一緒であるらしく、目を輝かせてトーナメント表を見ている。
(師匠、一番に名前がある!)
『おお、これは注目されるぞ。無様な試合は見せられん』
(ん! 頑張る)
順当に行けば、準決勝はディアス。決勝はヒルトかフェルムスだろう。
『初戦の相手はデュフォーだ』
(……誰?)
『バルボラで稽古をつけてやっただろ? ほら、ガムドからの依頼でさ』
フランは忘れているが、バルボラの冒険者ギルドで出会った駆け出し冒険者の1人である。ガムドの依頼で、調子に乗っている彼らの鼻っ柱をへし折ってやったのだ。
一緒にいたリディック、ナリア、ミゲールの3人は、獣人国に行く船の護衛でも一緒になり、船上で稽古をつけてやったりもした。
鍛えてやった3人のことは結構覚えているみたいなんだが、他の奴らに関しては「なんかいた」程度の記憶っぽい。
『ほら、あの時の駆け出したちの中じゃ一番強かった幻剣士の』
(……いた、かも?)
細かい特徴を教えてやっても、ボヤーッとしか思い出せないようだった。まあ、多少強かったと言っても、駆け出しの中ではっていうレベルだからね。
今回は覚えてもらえるといいね、デュフォー君!
『で、その次に対戦する可能性がありそうなのが――』
(モルドレッド)
フランが楽し気に呟く。
こっちはしっかりと覚えていたらしい。
彼も獣人国に行く船での護衛依頼で一緒だった、ランクB冒険者だ。
単純な戦闘力だけではなく、冒険者として優れているタイプだった。もちろん、戦闘力も一級品だった。槍と溶鉄魔術の達人で、巧みにそれらを使いこなしていたのだ。
『モルドレッドの一回戦の相手はナリアか』
(ナリア!)
ナリアは先程も会話に出たが、フランが短期間指導をした、駆け出し冒険者である。弓使いだったはずだが、なんと予選を突破したらしい。
とは言え、たった1年でモルドレッドに勝てるほどには強くなれないだろう。順当にいけば、2回戦はモルドレッドになるはずだ。
『で、3回戦は……誰になるかね?』
「ふむ」
同じブロックに見知った名前はない。いや、1人いた。
『このビスコットって、シビュラと一緒にいた男だよな?』
「?」
ああ、フランは覚えてないんだったか。というかよくよく見たら、このブロックにシビュラの名前もあるじゃないか!
まさかレイドスのスパイ(仮)のシビュラたちが、武闘大会に出場するとは思わなかった。実はスパイじゃないのか? それとも何も考えていないだけ?
しかもシビュラとビスコットの名前が近いね。下手したら仲間同士で潰し合うんじゃないか?
『シビュラは勝ち上がってくると考えると、準々決勝で対戦することになるぞ』
(ん。楽しみ)
そうやってトーナメント表を確認していると、周囲の人間が急に騒めいた。フランがこの場に現れた時と同じ反応だ。
有名な冒険者でも現れたか?
そのまま待っていると、一人の男がトーナメント表の前に現れた。なるほど、こいつを見たら、驚いてしまうのも無理はない。
その男は、頭部が完全に昆虫であった。人の頭部と同じサイズの、カマキリの頭が人の体の上に載っている。
一目見たら忘れない姿だろう。
しかも強い。動きに隙がなく、高位の戦士であるということが分かった。多分、最低でもコルベルト並だ。
「ふむ……僕は――」
もっとギチギチした感じの声を想像していたのに、驚くほどに普通の人間の声だった。
いや、むしろカッコイイ部類に入るだろう。それこそ、イケメン声優さん並である。王子様チックなイケボだ。
足音の消し方といい、気配の配り方といい、一流の戦士であると思われた。武器は持っていないが、素手か? ああ、腕を鎌に変形させて戦う可能性もあるな。
ともかく、フランがちょっとワクワクしてしまうレベルの実力はあるだろう。
「ありゃ、誰だ?」
「さあ? 半蟲人の冒険者なんて、この町にはいないだろ?」
「じゃあ、余所者か。強そうだな」
「そうか?」
「ああ、動きがかなりいい」
周囲にいたウルムットの冒険者たちも、この男のことを知らないらしい。ということは、他の都市や国からやってきたのだろう。
こういう、まだ見ぬ強者がいるから、武闘大会は侮れないのだ。




