695 ニルフェ
武闘大会がついに始まった。ただ、今回のフランはシード枠になっているので、予選には参加しない。
まあ、フランは参加したいと言ったのだが、さすがにディアスたちに止められてしまった。他の予選参加者のためにも我慢してくれと頼まれて、今回は諦めたのである。
『フラン、あっちだ』
「? 席は向こう」
『いや、さすがにフランが普通の席に行ったら、騒ぎになるかもしれん。関係者用の特別席ならそこまで注目されないはずだから、そっちで見よう』
「わかった」
今日は、予選を観戦しにきた。強い相手が出場するかどうかは分からないが、他にやることもないのである。
両手に屋台の料理を抱えながら、テクテクと特別席に向かう。その途中、俺たちは見知った顔を発見していた。
前を歩く少女たちに、フランから声をかける。
「ケイトリー」
「お姉様!」
それは、フランを慕う冒険者志望少女、ケイトリーであった。護衛と思われる男性を引き連れ、フランと同じ方向に歩いている。
「お姉様も武闘大会を観戦にこられたのですか?」
「ん。そっちも?」
「はい」
嬉しそうにしているケイトリーだったが、その横には不安そうにこっちを見上げる幼い少女がいた。ケイトリーの手をギュッと握り、もう片方の手で自分のスカートを握りしめている。
「誰?」
「彼女はニルフェ。デミトリス様のお孫さんです」
「ニ、ニルフェ……です」
蚊の鳴くような声で、ニルフェが自分の名前を呟く。
デミトリスの孫ってことは、ヒルトの妹? 確かに緑の髪の色はそっくりだ。だが、覇気というものが全く感じられない。見るからに引っ込み思案で、弱々しい少女である。髪の色以外にヒルトとの共通点はなかった。
「そして、そちらがマイケルさん。ニルフェの護衛です」
「どうも」
ケイトリーとニルフェの後ろに立っていた、禿頭の細マッチョが軽く頭を下げてくる。顔立ちはそこそこ整っているな。デミトリスの門下生であるようだ。
「お爺様から、彼女を案内するように言われたんです。冒険者になるつもりなら、護衛や案内役もできなくてはいけないと」
オーレルは、ケイトリーが冒険者になることを完全に認めたらしいな。少女の案内役をケイトリーに任せたらしい。まあ、同年代の方が打ち解けるだろうしね。だが、フランはケイトリーの言葉が引っかかったようだ。
「なるほど。だったら、今の紹介はダメ」
「え?」
「正式な依頼じゃなくても、冒険者として引き受けたなら、依頼相手とか護衛相手の情報を勝手にしゃべったらダメ。知り合いでも」
どうやらフランの指導は、依頼達成では終わっていないらしい。初めてできた明確な後輩だし、面倒を見てやろうという気になっているんだろう。
フランに迂闊さを指摘されたケイトリーが、すぐに自分の失敗を悟ったらしい。
「……確かに……。ごめんなさいニルフェ」
まるで依頼を失敗した新米冒険者のような表情で、ニルフェに深々と頭を下げた。
そこまで気に病むほどではないと思うんだが、真面目なケイトリーは重く受け取ってしまったらしい。後は、フランへの尊敬ゆえだろう。
「ニルフェは有名人の孫。だったら、なおさら」
「そうですね……」
「う、ううん。いいの……」
謝るケイトリーに対し、ニルフェがフルフルと首を振る。幼い感じだが、ちゃんと話は理解できているらしい。
「ケイトリーたちは、予選を見るためにきた?」
「は、はい……」
フランの言葉に、ケイトリーではなくニルフェが頷いた。どうやらケイトリーがフランを慕っていることが伝わったらしく、興味を持ったようだ。
「じゃあ、一緒にいく」
「はい!」
「はい……」
歩きながら、ケイトリーがフランのことをニルフェに教えている。
例の、活躍メガ盛り強さマシマシエピソードだ。前回少し訂正したせいで多少マシになっているが、それでも十分盛られている。
フランはその辺が無頓着なので、ほとんど口を挟まないんだよね。
ケイトリーの熱いフラン語りを聞くにつれ、ニルフェの表情も変わってきた。明らかにフランに対して尊敬の念を抱いている。
どう考えても嘘っぽく聞こえると思うんだが……。
「す、凄い、です」
ケイトリーを信頼しているニルフェは、その言葉が嘘や誇張であるとは思わないらしい。まあ、幼いしね。
その小さい体を震わせながら、ケイトリーの話を興奮気味に聞いている。
「かっこいい、です」
「そうでしょう? フランお姉様は凄いのです」
「はい」
そのキラッキラの眼差しは、フランを見るケイトリーと全く同じだ。新たなフランリスペクトチルドレンの誕生である。
特別席に到着してからも、ケイトリーのフラン賛美は止まらない。多分ニルフェの中では、フランがデミトリス並みの大英雄に思えているんじゃなかろうか?
別にその話を止めるつもりではなかっただろうが、フランがケイトリーに近況を尋ねる。
「最近は何してる?」
「冒険者になるべく、鍛錬の毎日です。あとは、都市内で雑用をしてますね」
現在のウルムットでは、冒険者として本登録していなくとも、見習いとして受けられる仕事があるらしい。本当の初心者向けってことだろう。武闘大会のせいで雑用はいくらでもあるので、この時期は色々な仕事が貼り出されているそうだ。
この見習い向けの雑用は、ただお金が稼げるだけではなく様々な噂なども聞けるので、ケイトリー的には非常に楽しいようだった。
特にこの時期は、国中の噂が飛び交うんだとか。
「なんでも、ウルムット周辺ではアンデッドの出現率が増えているそうですよ」
「なんで?」
「理由は不明だそうです。ただ、この時期は旅人が多いので、ウルムット周辺で亡くなる人も多いのです。その話をしてくれた商人さんは、そんな不幸な旅人さんたちの亡骸が、アンデッドになってしまうのではないかということでした」
「なるほど」
「あとは、そういった旅人の護衛として傭兵もたくさん入ってきているので、喧嘩も増えるんですよね」
「冒険者と傭兵?」
「傭兵同士も多いらしいです。あと、スリや詐欺師も増えますから、お爺様がずっと忙しそうにしてるんです」
お祭り騒ぎは、ろくでもない存在も引き付けるってことなのだろう。
 




