689 ケイトリーの変化
シビュラたちが退散してから10分後。
「たぁぁ!」
「ギシャァ!」
ケイトリーの剣がレッサーオーガの頭をカチ割り、命を奪っていた。
頭の傷から色々な物を垂れ流して絶命するレッサーオーガ。中々に凄惨な光景なのだが、ケイトリーは笑顔である。
「やりました!」
「ん」
さっきはレッサーオーガに怯えっぱなしだったのに、今回は最初からやる気満々だった。自分からレッサーオーガに向かっていって、斬りかかったほどだ。
どうやらシビュラに色々と言われたことで、発奮したらしい。また、シビュラの威圧感を体験した後では、レッサーオーガの迫力程度は気にならなくなったようだ。
結果として、レッサーオーガを瞬殺するという急成長に繋がったのだろう。
あとは、フランに対する高い信頼も関係していると思われた。
シビュラにフランの武勇伝を語って聞かせたことで、フランは凄い冒険者だったと改めて思い出したらしい。そして、フランが大丈夫だというのであれば大丈夫に違いないと、半ば自分に暗示をかけた形になったのだろう。
ああ、メガ盛り武勇伝に関しては、フランも訂正しようとしたんだよ? だが、これがなかなか難しいのだ。
「それにしても、あの人たちはなんだったんでしょうね! 怪しいです! 戻ったら、お爺様とかディアスおじ様に報告した方がいいですかね?」
「私がやる」
「そうですよね! お姉様が伝えた方が、みんな信じてくれますから! ああ! でも、もう逃げてしまっていたらどうしましょうか?」
「ウルシが追ってる」
「な、なるほど! さすがお姉様です!」
二人の会話は終始こんな感じだった。
最初はほとんど会話はなかったのだが、途中からケイトリーの口数が一気に増したのである。これも、シビュラ相手にまくしたてたことで、緊張が解れたおかげであるらしい。
猫を被っていたのかとも思ったが、どうもそうではないらしい。臆病で引っ込み思案という話だったしな。普段はどちらかといえば物静かで、好きなことになると話が止まらなくなる、いわゆるオタクタイプなのだろう。
そして、今はまさに大好きなフランと一緒である。こうなるのも仕方なかった。
そのせいでフランが全然話をできないけどね。それでもなんとかケイトリーの勘違いを訂正しようと頑張ったんだが――。
「自らの功績を誇らないなんて! お姉様はなんて謙虚なんでしょう!」
「……」
これ以上は無理でした。
まあ、話が大袈裟に伝わっているということは分かってもらえたとは思う。だが、その代わりに謙虚で正直な人間だという評価が付いてしまったようだ。
尊敬の眼差しが凄い。俺だったら「そんなキラキラした瞳で見つめないでー! 溶けるー!」ってなるんだが、フランは気にならないらしい。
結局その後は1時間ほど魔獣を倒したり、宝箱を開けるドキドキ感を味わってもらい、地上に引き返すことになった。
「じゃあ、ここで終わり。上に戻る」
「そ、そうですか。ありがとうございました! とても勉強になりました!」
「ん。でも、お礼を言うのは早い。無事に戻れたわけじゃないから」
「な、なるほど! 安全な場所に無事戻るまでが冒険というわけですね!」
「ん」
それに、今すぐ戻るわけでもないのだ。
「じゃあ、最後に少し休憩する。無理をするのもダメ」
「そ、そうですね! 疲れていては、思わぬところで不覚を取るかも知れませんもんね」
「そのとおり」
「はい!」
フランに同意してもらえて、ケイトリーが本当に嬉しそうに笑う。尻尾がバサバサと振られている。なんか、ウルシを見ているようだ。
「それじゃ、ここでご飯にする」
「ご飯、ですか?」
「ん。背中の肉を取り出す」
「わ、わかりました」
ダンジョンや野宿での食事も、また冒険の醍醐味である。人によってはお楽しみの時間だし、苦痛の時間でもあるだろう。
大抵の駆け出し冒険者にとっては、楽しいだけの時間ではないだろう。獲物が取れなければ、干し肉を齧るだけで済ませることも多いはずだ。
上の階層で入手したウサギ肉をケイトリー本人に焼かせ、それを食べさせる。塩もなく、捌き方も下手であったために、パサパサで美味しくはないはずだ。
それでもケイトリーは喜んでいた。意外と逞しかったらしい。まあ、自分で狩った獲物を自分で焼いて食べるという行為が新鮮だったのだろう。
そうして初心者ダンジョンをケイトリーに満喫してもらった俺たちは、ダンジョンを後にしてオーレル邸に戻ってきたのであった。
「よお、戻ってきたか!」
「お爺様! もうお仕事はいいのですか?」
「おう」
出迎えてくれたのは、オーレル自身だ。
なんだかんだ言って、孫娘のことが心配だったのだろう。ヤクザの親分似の顔に微笑を浮かべて、駆け寄ってきたケイトリーの頭を撫でている。
「どうだった? 大怪我はしなかったか?」
「はい」
怪我をしなかったかとは聞かない。オーレルだって初心者ダンジョンの造りは知っているのだ。罠などに引っかかれば掠り傷程度は免れないことも知っている。
それよりも、戦闘で酷い目に遭わなかったかどうかの方が気になるのだろう。
「レッサーオーガを3匹やった。戦闘では怪我してない」
「ほう? 初戦闘でもか?」
「ん……。そのことで少し話がある」
「何か厄介事が起きたっぽいな」
「ケイトリーはよく頑張った。それは保証する。ただ、変な奴らに会った」
「変な奴ら?」
さすがにケイトリーの居る前で、シビュラたちの正体がレイドスのスパイかもしれないとは言えない。
フランが軽くケイトリーを見たことで、察してくれたのだろう。オーレルがケイトリーの相手をメイドに任せて、場所を変えてくれた。
「それで、何があった?」
「レイドス王国の人間かもしれない奴らにあった」
「あにぃ? レイドス?」
「ん。多分」
「明確な証拠はないんだな?」
「ない。でも、凄く変な奴らだった」




