687 冒険者とは
「冒険者になるって……。その程度の実力で、しかも子どもなのに、なれるもんなのか?」
「な、なれます! それに、誰だって最初は初心者なんです!」
ケイトリーはシビュラの呟きを聞いて、言い返す。どうやらお前如きが冒険者になれるわけがないと、馬鹿にされたと感じたらしい。
ただ、シビュラの呟きには馬鹿にした響きはないように思う。単純に、実力や年齢での制限がないのかという、疑問を口にしただけなのだろう。
「ギルドが認めるのか?」
「? 当たり前。冒険者は自由。なるのもやめるのも、当然自由」
中にはアレッサのクリムトみたいに、子供はできるだけ正規登録させず、見習いとして鍛えようとするギルドマスターもいるけどな。
ドナドロンドの試験が懐かしいぜ。だが、あれはかなり特殊な例だろう。
「へぇ? だが、例えばそこの子供。その娘が冒険者になったとして、役に立つのかい? せいぜいが薬草を集めるくらいで、人を守ることも、魔獣を殲滅することもできんだろう?」
「むぅ……」
ケイトリーが呻く。だが、完全なる事実なので、言い返せないのだろう。そんなケイトリーを庇ったわけではないが、言い返したのはフランだ。
「それの何が悪い?」
「だって、そんな人の役にも立たん冒険者、必要なかろう?」
全く悪意なく、辛辣な言葉を発するシビュラ。それにフランはさらに言い返す。
「? 意味が分からない。冒険者は必要かどうかじゃない。本人が冒険者をやるかどうか。他人は関係ない」
「あんたはそれでいいのかい? その実力があって、弱い冒険者を見て何も思わないのか? 邪魔だと思ったりは?」
「別に。人は人。さっき役に立たない冒険者、必要ないって言った?」
「ああ、言ったよ」
「それの意味が分からない。冒険者は別に人の役に立つのが仕事じゃない」
「はぁ? だったら何が仕事だってんだい?」
「冒険。だから冒険者」
シビュラとの会話でフランが少し苛立っているようだったが、どうやらシビュラの物言いが気にくわないらしい。
シビュラの言い方だと、冒険者は人の役に立て! 役に立たないなら必要ない! そう言っているように感じるのだ。
シビュラ自身も意識していないだろうが、かなり上から目線で冒険者を語っている。無意識に、冒険者を下に見ているって言えばいいかね?
フランはそれが気にくわないらしい。多くの人にとって冒険者は荒くれ者の底辺職だが、フランにとっては憧れの職業だからな。
「冒険が仕事って……。そんな職業が、必要なのか?」
「だから、さっきも言った。お前の役に立つかどうかなんか関係ない。冒険者は自由。自分のやりたいことをやるだけ」
ついにお前呼ばわりですよ! やっぱりシビュラに対して微妙に苛立ちを覚えているようだ。少しずつ、その物言いに棘が混じり始めた。
「じゃあ、民を守るために、戦わないっていうのか?」
「それも自由。人のために戦いたい冒険者は、戦う。そうじゃなければ戦わない」
「それだけの力があっても?」
「ん。仕事としてなら引き受けるかもしれない。でも、人の役に立つことが目的じゃない」
まあ、フランの場合はこんなことを言いつつも、目の前で危機に陥っている人がいればなんだかんだと助けに入ってしまうだろうが。
ただ、建前というか、フランの考える理想の冒険者像はそんな感じなんだろう。仕事人で、個人主義で、正邪ではなく好悪で判断することが許される。そんな自由で縛られない人種だ。
黒猫族という生まれや、奴隷として過ごした期間のせいで、束縛されることや上から頭ごなしに命令されることを嫌うフラン。自由というのは、フランにとってある意味最も重要で、侵されることが許せない部分である。
そして、フランの語る冒険者像というのは、その自由を体現した存在であるのだ。
一方、無頼な態度でありながら、弱者の前に立ち、助けることを当たり前――むしろ強者の義務だとさえ考えている様子のシビュラ。こっちの世界では結構珍しい考え方だと思う。良識派とさえ言えるかもしれない。
ただ、だからこそフランの主張は中々理解できないのだろう。そして、フランもシビュラの物言いは容易には理解できない。互いの行動原理が違いすぎるからな。
それにしてもシビュラと会話していて、どこかで同じような話をした気がしていたんだが、ようやく思い出した。
クランゼル王国から、ベリオス王国へ向かう道中。そこで出会った少女、カーナの従者で護衛だったディアーヌという自称騎士の女だ。
まるで冒険者を初めて見たかのような反応と、驚くほど偏った冒険者への印象を口にしていた。その時の会話に似ているのだ。
「つまり、お前ら冒険者は己が欲のためだけに力を振るうということか?」
「そう」
シビュラの言葉に、フランがあっさりと頷く。
まあ、ざっくり言うと、そうなってしまうんだよな。冒険者の中にはろくでもない奴だっているし。
だが、その欲の中には人の役に立つものもある。アマンダのように、困っている子供を助けたいという欲――というか、目標のために頑張っている者だっている。
はっきり言って、冒険者を一括りにして考える方が難しいと思う。
冒険者なんて、フランやアマンダを筆頭に個性と我が強い人間ばかりだからな。十人十色だ。冒険者の数だけ目標や欲や意見があり、その在り方はとても一言では言い表せない。
フランが口にした「冒険者の仕事は冒険」という言葉でさえ、フラン独自の意見である。フランが理想とする冒険者というだけだ。
「困っている民よりも、自分の欲望を優先するなど……。冒険者なんて、所詮はその程度の存在なのか?」
「むっ」
シビュラの言葉に、フランの気配が変化した。怒りの中に僅かな殺気が混じり始める。
これはマズい。ここでフランとシビュラが戦うようなことになれば、周囲への被害は甚大だろう。すでに両者の間では、殺気に近い気配が渦巻いている。
だが、その状況を打破したのは、真っ赤な顔で震えるケイトリーであった。恐怖を感じていないわけではない。だが、怒りがその恐怖を上回ったらしい。
「勝手に……! 勝手に質問して! 勝手に納得して! 勝手に失望しないでください! なんなんですかあなたは! どこの誰です!」
「え? いや、私は……」
「答えられないんですか?」
「あー、その、だな……。お忍びっていうか」
「自分の素性も語れない不審者のクセして、何様なんですか!」
「ふ、不審者? わ、私が?」
「そうじゃないですか! ダンジョンにいるのに、冒険者のマナーも知らない! そんな怪しい人間、不審者以外の何者でもありません!」
「……お、おぉ」
相手の素性をいきなり聞くのもマナー違反だが、シビュラはそんなことも分かっていない。ケイトリーの剣幕にたじろいでいる。
姉御肌っぽいが、意外と押しに弱いようだ。
「それに、フランお姉様は多くの人を救っています! 獣人国では同胞である黒猫族を逃がすために、たった1人で10万を超える魔獣の群れに戦いを挑み、3日3晩戦い抜いたこともあるのですよ!」
あれ? なんか話がデカくなってない? どうやら噂話に尾鰭がついて、かなり内容が盛られてしまっているらしい。
「アレッサの近くでダンジョンスタンピードが起きた時には、他の駆け出し冒険者たちを助けるために単騎でダンジョンのボスに挑み、見事大勢の冒険者の命を救いました!」
悪魔との戦いが何故か美談になってる!
その他にも色々とフランの活躍を語るケイトリーだったが、見事に全ての話が盛りに盛られていた。
どうやら吟遊詩人などがその話を語る際に、大袈裟に活躍を喧伝してくれているらしい。結果、心優しく健気な孤高の黒猫族という、嘘じゃないんだけど微妙に首を傾げざるを得ない、美化120%のフラン像がケイトリーに刷り込まれたというわけだった。
「フランお姉様の活躍はまだまだありますよ!」




