684 冒険者の心得
ケイトリーを連れてウルムットの西ダンジョンへとやってきたフランは、早速彼女に試練を与えていた。
「じゃあ、前に出る」
「え?」
「後ろに居ても、ダンジョンのことは分からない。前を歩く」
「で、でも、罠とか魔獣は……」
「ここの迷宮なら大したことがない。だいじょぶ」
多分、ケイトリー的にはフランが先に進んで、その後を見学者のように付いていくつもりだったのだろう。
だが、フランには楽をさせる気はなかった。というか、冒険者の現実を見せてやってほしいという依頼なのだ。実際に色々と体験させるつもりなのだろう。
ダンジョンに入る前にケイトリーに告げた「腕が千切れたくらいなら私が魔術で治してあげる。だからだいじょぶ」という言葉。あれは冗談でもなんでもなく、フラン的には大真面目な言葉であった。
むしろ、少しくらい怪我をした方が、冒険者気分を味わえるとさえ思っているかもしれない。
フランはスパルタなのだ。
いや、周囲からはスパルタに見えるが、フラン的には冒険者をやる覚悟があるならこの程度は平気だろうと思っているはずだ。
人というのは、自分を基準に考える生き物だからな。
戦闘狂で、強くなるためなら多少の怪我や苦労はドンとこいのフランと、冒険者に憧れてはいるものの、最近までは勉学メインでお嬢様をやっていたケイトリー。その差は想像以上に大きいと思われた。
とりあえず、死なないように気を付けてやらんとな。
「じゃあ、進む」
「は、はい!」
ケイトリーはフランの言葉に促されて、ダンジョンの中を進み始めた。
その足取りは意外にもしっかりとしている。怯えよりも、好奇心や興奮が勝っているらしかった。
何もない石造りの通路を、しきりに見回しながら歩を進める。ダンジョンに興味があることに加え、罠などを探しているつもりなんだろう。
まあ、全く意味がないけど。
ガゴン。
「え――痛っ!」
足下にあった罠をしっかりと起動させていた。とはいえ、大した罠ではない。
足下付近に、強い風で小石などが叩きつけられるという内容である。嫌がらせにもならず、初心者に罠を注意させるために存在している子供騙しであった。さすが、教導用に整えられたダンジョンである。
「う~」
「止まってないで、先に進む」
「は、はい」
立ち止まって足を擦っていたケイトリーは、少し怯えの戻ってきた表情で再び歩き出した。どうやらここがダンジョンの中であると、改めて思い出したようだ。
元々垂れ耳タイプだった犬耳が、さらに萎れたように見える。ブンブンと振られていた尻尾も、完全に勢いをなくしてしまった。分かりやすい娘だ。
その歩みは、先程までの軽快な足取りが嘘であったかのように、非常に遅かった。
見破れもしない罠を警戒して、非常にノロノロと進む。それこそ、後ろからやってきた他の冒険者たちが、ドンドンと追い抜いていくほどだ。
「……遅い。もっと速く」
「うぅ……。はい」
フランが急かすと、ケイトリーは目を潤ませながらもその速度を上げた。これだけ怯えているのに、フランに言い返したりはしない。これも憧れ効果なのだろうか?
その後、ケイトリーは罠に引っかかったり、見つけて回避したりしながらも、ダンジョンを攻略していった。
まあ、まだ1階の半分くらいだけど。ぶっちゃけ、ゲームで言ったらチュートリアルの序盤ってところだ。
ただ、ケイトリーはかなり疲労している。小さいお嬢様とはいえ、獣人だし、多少の訓練は積んでいる。普段ならこの距離で疲れるようなことはないだろう。
だが、慣れない環境に、罠への警戒心と魔獣への恐怖。それらの要因が精神を追いつめ、普段の何倍もの疲労感をケイトリーに植え付けているようだった。
「はぁふぅ……」
それでも泣き言を漏らさずに歩くケイトリーは、冒険者を諦めるつもりはないらしい。さすがに、この程度で音を上げる人間に冒険者は務まらないということは理解できているようだ。
「ここでちょっと休憩」
「はい……」
冒険者同士がすれ違うために、道幅が少し広くなった場所で少し休むことにした。
2人で並んで腰を下ろす。すると、フランのことが知りたいらしく、ケイトリーが色々と質問をし始めた。
話せないことはダメといいつつ、冒険の経験などを語って聞かせる。それなりに血みどろで凄惨な話をしているんだが、ケイトリーの瞳から放たれる憧れ光線は威力を増すばかりだ。
戦闘未経験の彼女では、冒険や闘いの厳しさは想像できず、ただ「かっこいい」「凄い」という想いだけが湧くのだろう。
そして、最近戦った魔獣の話になると、フランは水晶の檻で戦ったサンダーバードとの戦いを語って聞かせた。
それまでは凄まじい魔獣になんとか勝った話が多かったので、脅威度Bとはいえ逃げ出したという話に驚いている。
「お、お姉様でもそのサンダーバードという魔獣には勝てないのですか?」
「勝とうと思えば勝てた。はず。奥の手を使えばなんとかなった」
「では、何故お逃げになったんですか?」
「奥の手を使ったら、自分もただじゃ済まない。普段なら本気で戦うけど、依頼中は依頼を達成することが最優先。それを忘れちゃいけない」
「でも、倒してしまえば、色々な素材も手に入るんじゃ……」
「ん。レベルアップもできたと思う。でも、そのあとに強い敵に出会ったら? 絶対いないとは言えない。だから、無駄な消耗はダメ」
そうなのだ。脅威度Bのサンダーバードの群れ相手でも、剣神化や潜在能力解放を使えば勝てた公算は高い。
だが、それをやってはフランが語った通りに凄まじく消耗するはずだ。俺たちの奥の手は、命を削る物が多いからな。多分、しばらくはまともに戦闘できなかっただろうし、下手したら武闘大会に影響が出たかもしれない。
フラン的には、依頼中に無駄な戦闘で消耗するのは一人前の冒険者とは言えないらしかった。
「依頼中は、いつもより慎重に、安全に行動する。失敗したら、人が困る依頼ならなおさら」
「な、なるほど」
レベルアップしたいという自身の欲よりも、依頼を確実に達成することを優先したというわけだ。
しかし、あのフランが年下の少女相手に慎重に行動することの重要性を説くとはなぁ。なんか、感動してしまったぜ。
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