682 ルミナとオーレル
1話として掲載していたデータ&用語解説の最後に、514話までのキャラクター一覧を追加しました。
ディアスと分かれたその足で、俺たちはダンジョンへとやってきていた。ルミナにも、ゼロスリードのことを報告するためだ。
彼女はディアスほどの怒りは見せていなかったが、気にならない訳がないだろう。
ただ、1つ誤算というか、計算していなかったことがあった。
「オーレル、なんでいるの?」
「おいおい。なんでとはご挨拶だな!」
「1人で来た?」
「おう。これでも進化しているうえに元冒険者だぞ? 難易度が下がった今の迷宮なら、1人でも問題ねぇってことさ」
確かに、オーレルは未だに引き締まった体をしている。フランを進化させるために無理をしたせいでルミナ共々弱体化したこのダンジョンならば、1人で問題ないだろう。
一番怒りそうなディアスにはすでに説明を終えたわけだし、オーレルとルミナに同時に説明できるのは手間が省けていいことかもしれない。
フランが、ディアスにした説明と同じものをルミナたちに語って聞かせる。
どんな反応をするか心配だったが、聞き終わったルミナもオーレルも柔らかい表情を向けていた。
「そうか……。だが、それでいいと思うぞ。フランにはまだまだ明るい未来がある。過去の経験を忘れてはいかんが、過去に縛られる必要はない」
「俺も同感だ」
「ありがと」
「お主が健やかに育つ方が、キアラも喜ぶだろうよ」
そう言って微笑んだルミナだったが、何やら難しい顔で溜息をついた。
「それにしても、ディアスは相変わらずガキだな」
「? ディアスはお爺ちゃん」
「フランよ。男なんてものは、何歳になろうとガキのままなのだ」
ルミナがそう言って遠い目をする。昔に苦い思いをしたことがありそうだ。
「男どもは、どれだけ年を取ろうがガキの頃から中身は成長せん。いつまでたってもな! お主も覚えておくといい」
「ん」
やめて! フランに変なことを吹き込まないで! でも、自分がいい大人だとは決して言えないと自覚してるせいで、「そんなことないよ!」とも言い辛い。
その間にも、ルミナの男性講座は続く。
「一見すると大人っぽく見えるやつもいるだろう。だが、それは外見を取り繕うことを覚えただけで、結局は同じなのだよ。むしろ、大人っぽい自分というのに浸っている分、余計にたちが悪い」
「そうなの?」
「お、俺に聞かれてもなぁ……」
フランに視線を向けられたオーレルが、情けない顔で言葉を濁した。もしかしたらルミナの言葉に心当たりがあるのかもしれない。
やばい、この場にルミナの言葉を否定できる男がいない! フェルムス! フェルムスはどこだー!
「こやつなんぞ、ガキ大将がそのまま育ったようなものよ!」
「ルミナ様にそう言われちまうと、何も言えねーっすわ」
「まあ、とはいえ、こやつはマシな方だ。自分がガキだと理解できている」
「いやぁ……」
「褒めとらん! ただ、自分はガキじゃないとか、自分は大人だからあんなに幼くないとか言う奴には気を付けるのだぞ? そういった手合いが実は一番最悪なのだ。自分のことを全く理解できていないということだからな。他者に比べて自分の方が大人だなどとほざく輩、クソガキ以外の何者でもないだろう?」
ど、どうなんだろう。超暴論過ぎない? いやでも、他人を見て「あいつ幼稚だな」とか「俺はそんな幼稚なやつとは違う」って、わざわざ口にするやつも確かに精神年齢が高いとは言えないかもしれない。
自己分析が全くできていないって言った方がいい気もするが。
「まあいい。ディアスとは後で話すとしよう。それよりもフランよ。今回も武闘大会のためにウルムットにきたのだろう?」
「半分は。もう半分は、デミトリスに会いにきた」
「ほう? 不動のデミトリスにか?」
「ん。依頼で。知ってる?」
「うむ。以前、ここまでやってきたことがあるよ。手を出されんとは分かっていても、あの時は生きた心地がせんかった」
ルミナはかなり強い。今は弱体化しているが、その前は十分に強者と呼べる力があったはずだ。それこそ、今のフランよりも強かったんじゃないか?
黒天虎ではなかったが進化を成し遂げ、数百年間研鑽を積み、ダンジョンマスターとしての力を持っていたのだ。
そのルミナが恐怖を感じるレベルの相手というのは、そう多くはないだろう。当たり前だが、やはりランクSというのは別格であるらしい。
「デミトリス殿なら、領主の館に滞在されるはずだ。お前さんなら、多分取り次いでもらえるぜ?」
「領主?」
「覚えてないのか? 表彰式で会ってるはずなんだが」
「?」
ウルムットの領主は、メチャクチャ地味なおっさんだったし、1回しか会ったことがないからな。フランが忘れているのは当たり前のことだろう。
「憐れなやつ……」
フランの脳内から完全に忘却されていることに気付いたオーレルが、苦笑いで肩をすくめた。その仕草で分かった。どうやらウルムットの領主とオーレルは、それなりに親しい関係であるらしい。
「仲いいの?」
「悪くはねーわな。まあ、冒険者が多いこの町の領主を上手くこなしてると思うし、王宮で同輩だったこともある。相談役に近い形だな」
「なるほど」
冒険者に対して横柄に振る舞ったり、ギルドに対して横やりを入れたがる貴族が多い中で、ウルムットの領主は非常に大人しいそうだ。下手したら冒険者相手に下手に出ることがあるらしい。
冒険者の力なくしてウルムットの発展は維持できないと、しっかりと理解しているからであるそうだ。
きっちりと自分の立場を理解し、周囲のことも見えているということかね? 地味な男という印象しかなかったが、実は有能なのかもしれない。
「そんな領主だからよ。高位の冒険者で大会入賞者のお前さんの頼みだったら、否とは言わんだろう」
「デミトリスはいつくる?」
「例年通りなら、武闘大会の始まる数日前ってとこだろう。まだ来てはいねーな」
どうせ武闘大会には出場するつもりで宿も取ったし、気長に待つとしよう。デミトリスみたいな大物だったら、町に入ればすぐに分かるだろうし。
『それまでは、何か依頼でも受けてみるか』
「ん」
俺の声が聞こえたわけじゃないだろうが、オーレルが思い出したようにフランへの頼みごとを口にした。
「そうだ、嬢ちゃんにまた依頼があるんだがよ。受けちゃもらえないか?」
「どんな依頼?」
「俺の孫の引率だぁな」
「引率?」




