677 デミトリスという人物
コルベルトにデミトリスの話を聞いてみると、最初に出た言葉が厳格、苛烈、偏屈であった。
ちょっと心配になる単語の数々だ。
「……悪いやつ?」
「ぶはははは! おっかないが、悪人じゃないさ。弟子に対しては容赦ない人だが、民衆には英雄のように崇められている」
「?」
フランはあまりイメージが湧かないらしい。難しい顔で首を捻っている。
「なんつーか、戦いを生業にしている人間には厳しい。自分が基準なんだろうな。『その程度のこともできんのか! 死ぬ? 死なんわ! 本当に死にかけとるなら喋れもせん!』って、感じのことを何度も言われたよ」
うわー。それは厳しい。あれだ、海兵隊的な感じだ。しかし、それだけなら多くの弟子に慕われることはないだろう。
コルベルトも顔は苦笑いだが、言葉の端々にデミトリスへの敬意が感じられた。破門されても、師への尊敬の念は変わらないらしい。
「だが、困っている人がいれば見捨てないし、貧乏な人からは報酬もとらん。口では修行のためだとか言ってるけどな。俺の育った村も、そうやって救われたんだ」
つまり、ジルバード大陸を放浪しながら、困った人々を無償で助けているってことか? それは確かに、英雄視されるだろう。
だが、それって問題はないのか?
例えば冒険者。デミトリスは一応ランクSの冒険者だ。つまり、全冒険者の頂点にいる人間である。
そんな人間が無償で人助けをしていては、他の冒険者の立つ瀬がないのではなかろうか?
デミトリスにタダで助けられた村が、次にランクD冒険者を雇ったとしよう。その時、納得できるのか? デミトリスよりも遥かに手際が悪く、弱い冒険者に何万ゴルドも報酬を支払わないといけないんだぞ? 正当な報酬のはずだが、不満が出てもおかしくはない。
それに、騎士や兵士の面子にも関わってくる問題じゃないのか?
「それ、いいの?」
「何がだ?」
「報酬なしじゃ、他の冒険者が困る」
「あー、そこか」
俺が何か言う前に、フランが疑問を口にした。フランの場合、報酬は正当な評価だと考えているタイプだ。
ただ、フランは気に入った相手をタダで助ける行為も理解ができる。黒猫族の村などでは大盤振る舞いだったが、報酬は貰ってないのだ。
それ故、余計に気になったのだろう。
「デミトリス師匠の場合はなぁ。元々、修行に都合がいいから冒険者になったわけだ。そして、ランクAになった頃、あっさりと冒険者を辞めようとしたらしい」
「なんで?」
「面倒になったからだそうだ。貴族の勧誘やギルドの横やり。後は、さっきの依頼料の問題。師匠にとってはギルドに所属することが足かせになったんだろう。だが、それをギルドが引き止めた」
そりゃあ、ランクA冒険者が辞めるとか言い出したら、誰だって引き止めるだろう。
その時に、デミトリスは冒険者に留まるための条件を3つほど突きつけたそうだ。
突発依頼を受ける際、依頼料はデミトリス自身が決めてよいこと。デミトリス流の弟子の修行に冒険者ギルドが協力すること。魔境への無制限の立ち入り許可。
そして、冒険者ギルドはそれらの条件を全て呑んだ。どうも、当時からいずれはランクSに昇り詰めると言われていたそうで、何がなんでもデミトリスをギルドに引き止めたかったらしい。
当初は色々と問題もあったそうだが、現在ではデミトリスが活動する南方小国群でその話は有名となり、大きな問題は起きなくなったという。
「他の冒険者に色々と言われたこともあったらしいが、あの人は頑固だからな。しかも過激だし。ぶん殴って黙らせたそうだ」
今度は頑固で過激か。
悪人ではないのだろうと思いつつも、どうしても良いイメージが湧かんのだけど。
「どうすれば仲良くなれる? 好きな食べ物は?」
「好きな食べ物は知らないな……。日常生活全てが修行みたいな人だから、食事も味より栄養重視でな。薬草のサラダとか、薬湯とか、そんなのばっか食ってるよ。ぶっちゃけ、俺が料理に興味を持ったのは、そんな不味い食事に嫌気がさしたからだからなぁ」
「じゃあ、美味しい物で仲良くなるのは無理?」
「多分な。まあ、栄養豊富で、食ったら強くなれるような料理でもあれば話は別だろうが」
「ふーん」
食ったら強くなれる料理? いや、そんなもんがあったら俺がフランに食わせてるよ。でもまあ、栄養バランスが良くて、味もいい食べ物を提供するっていうのはアリかもしれんな。期待は薄そうだけどね。
「じゃあ、趣味は?」
「修行だよ。まあ、デミトリス師匠は絶対に認めないだろうけどな。修行とは人生であり、人生は修行である。そんなことを日頃から口にしてる人だ。他のことに興味があるとも思えん。あるとすりゃ、強いやつとの戦いかな? それも修行の一環と言えば、修行の一環だが」
自らを高めることにしか興味がないタイプか。これは厄介そうだ。
コルベルトは怒るかもしれないが、今の俺のイメージは他者を思いやる心を持ったエイワースって感じだ。
「模擬戦を挑むっていうのは、1つ有りかも知れんぞ?」
「そうなの?」
「ああ。最近じゃ模擬戦をする相手にも困っているんだ。喜々として受けるだろう。勿論、余りにも弱ければ無視されて終わりだが、フランなら大丈夫だ」
「ふーん」
「ただ、相手は人類最強の一角だ。覚悟しておけ? 半殺し程度なら上等だぞ?」
「ふふん。望むところ」
あー、やばい。フランのバーサーカースイッチが入ってしまった! その顔に戦闘狂スマイルが浮かんでしまっている。
止めても絶対に止まらんだろう。何せ、ランクS冒険者との模擬戦だ。フランにとったらプラチナチケットみたいなものである。
それでも、釘は刺しておかねば。
『フラン。無理はするなよ?』
(ん。分かってる)
分かってない顔だよ! それは!
あー、デミトリスが実は孫大好き人間とかで、同じ年頃のフランに出会った瞬間からデレデレになったりしないかな?
 




