675 イオさんとカレー作り
「えーっと、野菜の煮込み具合は、こんな感じで大丈夫でしょうか?」
「もぐ」
「……どうでしょう?」
「ん。完璧」
「それは良かったです」
今俺たちがいるのは、料理ギルドの地下にある調理場であった。さすが、大都市に本拠地を構えるギルドの本部なだけあり、その調理場は豪華の一言だ。
こっちの世界で金属製のシンクなんて初めて見たかもしれない。コンロやオーブン、水場にも魔道具が大量に取り付けられており、デザインも非常に合理的で洗練されている。
一見すると、地球の大ホテルの厨房のようだった。
その調理場で、フランと1人の女性が並んで、カレースープの味見をしている。
「イオ、さすが」
「いえいえ、フランさんの師匠さんの方がすごいですから! こんな凄いお料理を考え出した人に比べたら私なんて……!」
フランと一緒にいる女性は、天然天才料理人にして、頼りにならないけど優しいみんなのお姉さん。イオだった。
昨日、イオの孤児院に挨拶に行ったのだが、そこで今年はコンテストで出店しないという話を聞いたのである。
今までは孤児院の運営費を稼ぐために出店していた。だが、今はアマンダの庇護下に入り、資金難は解消されている。
また、子供の数がこの1年で倍増してしまい、なかなかコンテストの準備のための時間などもとれないそうだ。
そのため、今年はコンテストに出場するつもりがないということだった。
「できればお店を出したいんですけどねぇ。地域の方々との交流も大事ですし」
それを聞いた俺たちは、屋台を手伝ってもらえないかとイオに相談してみたのだ。
彼女は1日だけでも屋台仕事をして、地域住人に多少なりとも顔見せができる。きっちり報酬も支払われる。
対する俺たちは、最高のお手伝いさんをゲットできる。顔も広いし、料理の腕も問題なし。これ以上の人材はいないだろう。
まさにWin-Winの関係だ。
また、彼女の料理する姿を見てみたいという俺の我儘もあった。
料理スキルのレベルは俺の方が上だが、イコール俺の方が美味しい料理を作れるというわけではない。
フランの剣術スキルなどと同じで、一気にスキルレベルを上げてしまった弊害だった。自力でスキルを育ててきた人たちに比べると、どうも料理の基礎が疎かになってしまっているのである。
また、応用力に欠ける部分も多かった。俺の場合は、地球の料理を再現し、より美味しく昇華することは得意である。
だが、元々こっちの世界にあった料理に関しては、再現することはできても、いまいちアレンジが上手くない。
不味いわけじゃないし、フランは十分満足してくれている。しかし、イオさんや竜膳屋のフェルムスの料理を見てしまうと……。
スキルレベルに相応しい腕前なのかと言われると、首を傾げてしまうのだった。
そこで、イオさんとの共同作業だ。彼女の料理工程を見れば、何か掴めるかもしれないと思ったのである。
まあ、分かったことは、地道に精進あるのみということだけだったけどね! 天才の真似はできんのですよ。
コンコン。
そんな中、調理場の入り口をノックする音が響いた。
一応、新作の試作ということで、関係者以外は立ち入り禁止である。ただ、何やら客人が訪れたらしい。
「誰?」
「お、この声はフランか? コルベルトだ。バルボラに来てるって聞いてな!」
やってきたのはコルベルトであった。ランクB冒険者にして、凄腕の格闘家。そして、これから会いに行かねばならないデミトリスの元弟子である。
武闘大会でフラン相手に本気を出したせいで破門されてしまったが……。
(入れていい?)
『ああ、構わないぞ。デミトリス流を破門されてスキルを失っても、デミトリスの記憶まで無くしたわけじゃないんだ。色々と有益な話を聞けるかもしれん』
別に、弱点とか戦闘方法などを聞きたいわけじゃない。俺が知りたいのは、好きな食べ物とか、好きな色とか、友好的に接触するために使えそうな情報である。
「久しぶりだなフラン」
「ん」
「デカくなったなぁ」
「?」
入ってきたコルベルトは、妙なテンションである。何故か目の端に涙を浮かべながら、フランの手をガシッと握る。
おいおい、どうしたんだ? 馴れ馴れしすぎるんじゃないか? というか手! 強く握り過ぎだ! も、もしかしてフランに惚れたのか? そりゃあ、フランは超可愛いから当たり前のことかもしれんが……。いかん! いかんぞ! そもそもフランよりも弱い奴にフランを任せられるか! フランよりも強くなって出直してこい!
「俺じゃあ、お師匠さんの代わりにはなれんだろうが、この町にいる間はなんでも頼ってくれ!」
「?」
「カレー師匠、あんたの弟子は立派に成長してますよ!」
あー、なんかわかった。あれだ、俺が死んだって勘違いしたままで、俺の代りにフランを見守るつもりっぽい。思い込みが激しいタイプだし、フランを見て独りで盛り上がってしまったのだろう。
「師匠は生きてる」
「うんうん! そうだな」
「……」
フランが呆れた顔をするのは珍しい。
『姿を見せて誤解を解くか?』
(……今はいい)
『え? いいの?』
(ん。今師匠が姿見せたら、情報を聞き出すどころじゃなくなる)
『あー、それはそうかもしれん』
きっと、コルベルトは喜んでくれるだろう。だが、喜び過ぎて、テンションがおかしなことになるに違いなかった。
『じゃ、もう少し後にしておくか』
(ん)




