671 アイテム袋
デミトリス。
名前は以前にも聞いたことがある。コルベルトの師匠にして、デミトリス流という武術の創始者。神に認められた武人にして、最強の格闘者である。
そして、不動の異名を持つランクS冒険者でもあった。
かなりの老齢だという話だが、未だに現役バリバリであるらしい。
「デミトリスに会いに行って、手紙を渡せばいいの?」
「ああ、そうだ。引き受けてくれるのか?」
「いいよ。私も興味があるから」
「おお! 恩に着る!」
「手紙を渡すだけでいいんでしょ?」
「こちらとしても、絶対に我が国からの依頼を承知させろなどと言うつもりはない」
それでも、相手は高位冒険者だ。フランのような同業者の方が話を聞いてくれる可能性は高いという。
「悪人じゃないが、気難しい人だからな……」
そう言われると、ちょっと不安になるんですけど……。
「だから、お前さんが受けてくれて本当によかった!」
大喜びのブルネンが、1つの袋を取り出した。ベリオス王国の紋章が描かれた以外はなんの変哲もない、革袋だ。だが、見る者が見ればそれなりの魔力が込められているのが分かるだろう。
「アイテム袋?」
「おうよ。こいつにデミトリス殿に渡す親書やらが入ってる。ああ、ちょっと待て、不用意に開けんな」
中を覗き見ようとしたフランをブルネンが慌てて止める。
「一応、親書は機密文書扱いだ。依頼失敗になるぞ? デミトリス殿以外が開けたら分かるようになってるからな?」
「そんなことできるの?」
「うちの魔道具技師長は優秀でな。特にアイテム袋や時空系の魔術に強いんだよ」
「ふーん」
フランは魔術やスキルで事足りているので気のない返事だが、普通に考えれば凄い人材だろう。下手したら長距離転移装置とかも作れるかもしれないのだ。
ブルネンは、興味なさげなフランの態度にムキになったらしい。その魔道具技師について、色々と自慢のような話をし始めた。
すると、ある話題でフランが急に食いついた。まあ、俺もなんだけど。
「アイテム袋を開く研究?」
「ああ。まだ実用段階じゃねーが、登録者が死んじまったりして、中を取り出せなくなったアイテム袋があるだろ? アレを開く研究をしてるんだよ」
フランが反応を示したことが嬉しいのか、この技術の画期的さを説明してくれた。
これが上手くいくと、軍での物資管理が飛躍的に楽になるそうだ。
今は普通の食料は登録なしのアイテム袋で管理し、医薬品や現地での徴発時に使う金銭などの貴重物資は、登録者付きのアイテム袋に入れることが多いらしい。
これは、横流しや盗難を防ぐ意味があるのだが、デメリットもある。登録された人間が全員死んでしまうとアイテムが取り出せなくなってしまうのだ。
過去には暗殺者によって管理者が殺され、食料や医薬品が使用不可となって瓦解した軍もあるらしい。
そりゃそうだ。人を数人殺すだけで敵の物資に大ダメージを与えられるなら、試さないはずがない。
そのため、何かあった時に備えて登録者を多めに設定しているが、それもまたデメリットがある。登録者が増えればよからぬことを考える輩が混じる確率も増えるからだ。
だが、アイテム袋を登録者を無視して開くことができるようになれば? そんな心配必要なくなる。
「でも、登録者の意味なくなる」
そうだ。フランの言う通り、そんな技術が開発されてしまえばそもそも登録自体が無意味なことになるだろう。
「まあなあ」
ブルネンもそれが分かっているようだ。難しい顔で唸る。
だが、この研究自体はどこでも行われているので、自国だけが乗り遅れるわけにもいかない。いつか完成される研究ならば、いち早く自分たちで手に入れた方がアドバンテージになるってことだろう。
「それに、今はそこまで心配しなくてもいいだろうよ。何せ、未だに小さい袋さえ開けたことはないからな。あれだったら、高位の契約魔術師に大金払って開けてもらう方がまだましだろ」
「高位の契約魔術なら……アイテム袋、ひらけるの?」
「まあ、一応な。袋のランクや、大きさにもよるそうだが……。契約魔術の先にある、呪法魔術にはそれに関係する術があるそうだ。もしかして、開けない袋を持ってるのか?」
「ん」
そう言ってフランは、アイテム袋をいくつも取り出した。人身売買組織のアジトで手に入れたものや、ゴブリンから入手したものなど、色々だ。
「これの登録は契約魔術で行うんだ。だから、上書きできるくらいの呪法魔術師なら、無効化できる。まあ、俺は1人しか知らんし、そいつは行方不明だがな」
「そう……」
正直、俺なら開くことができる。契約魔術のレベルを上げて、呪法魔術を手に入れればいいのだ。だが、中に何が入っているかも分からんアイテム袋を開くためだけに、貴重なポイントを使うのもな……。
旅しながら、呪法魔術を使える人間を探すしかないだろう。もしくは呪法魔術を使える魔獣だ。まあ、今までも忘れかけていたんだし、見つからなければ見つからないで構わんしな。
「じゃあ、私はその親書の入った革袋をデミトリスに渡せばいい?」
「そういうことだ。頼んだぜ?」
「ん」
不動のデミトリス。どんな老人なのだろうか? 今から楽しみである。まあ、不安もあるけどね。だって、高位の冒険者って、どいつもこいつも変人ばかりなのだ。
フラン? フランのどこが変人だっていうんだ! こんなにプリチーでラブリーじゃないか!
「師匠、どうした?」
『いや、なんでもない。少し考え事してただけだよ』
「ふーん。不動のデミトリス、楽しみ」
『そうか?』
「ん。戦ってみたい」
『……』
まあ、常識人かどうかと言われたら、少し困ってしまうけどな。




