65 ベルナルド
俺たちの前で、スケルトンが震えながら蹲っている。
「い、いノちばかりはおたすけヲ~」
「?」
フランも困惑気味だな。
「あア! メいかいノかミさマ! どうカ、ごかごヲ!」
「えっと」
「ひぃぃぃィ! わたしはおいしくナいでス! おかネモってナいでス!」
なんか、完全に俺たちが悪役なんだけど。
「おいおい、フラン嬢ちゃん! いきなりどうしたんだ!」
アーゲンが血相を変えて近づいてきた。
「? 魔獣を倒す」
「いや、倒しちゃダメだろう!」
「なんで? アーゲンもこいつを見て驚いてた」
「俺はその……急だったからちょっと驚いただけだよ」
「倒さない?」
「だからこのスケルトンさんは誰かの従魔だから倒しちゃダメだって!」
「従魔」
「君のウルシみたいなもんだよ。どこかの死霊術師に使役されてるんだ」
「じゃあ、敵じゃない?」
「いや、悪い奴に使役されてたら敵かも知れないけど。問答無用でいきなり倒すのはちょっと……。場合によっては、罪に問われたり、使役者に狙われたりするかもしれないし」
そりゃそうか。自分の配下を倒されたりしたら、死霊術師だってこっちを敵視するだろう。
以前にアマンダにも教わったんだった。死霊魔術は特に邪悪な術じゃないし、使役されているアンデッドも冒険者からは特に忌避されてはいないと。
自然発生したものは人間を襲うので害獣。使役されているものは人間の役に立つペット、もしくは配下の様な扱いなんだろう。ウルシだって、魔獣だけど町に入れるしね。
「わ、わたしハ、ヨいがいこつですヨ?」
外見は完全に邪悪なアンデッドなんだけどね。
「しかし、喋るスケルトンなんて初めて見たな」
「珍しい?」
「そりゃあね。かなり高位の死霊術師に生み出されたんだろうな」
「わがあるじハ、てんさいナのでス」
「ああ、きちんと思考力があって、喋るスケルトンを生み出すなんて。かなりの腕の死霊術師なんだろう」
「骨、ここで何してた?」
「しょくばいノさいしゅでス」
「死霊草かね?」
「はイ。たダ、だれかニあらされたヨうでしテ。さいきんせいいくがわるいノニ……。これではひつヨうなりょうがたりマせン」
誰かに荒らされた? それって俺たちのことか? いや、でも野生の草を採集して、文句言われる筋合いはないぞ? 誰々の畑ですっていう看板が立っているわけじゃないし。だから俺たちは悪くない! という事にならないかな?
「ここで育ててる?」
「そうでス。マりょくノじょうたいガ、しりょうそうノせいいくニてきしているノで。ひりょうをヤったリ、ミずをマいたりしていマス」
あー、完全に畑だよね。看板がないのは、結界で守っているかららしい。
スケルトン君がいうには、普通は人除けの結界の効果により、ここには近づきたくないという心理が働くんだとか。
林に入る前、アーゲンが急に怖気づいてたのは、その結界のせいなんだろう。結界を隠蔽する方法があるらしく、俺の感知にも引っかからなかったようだ。
「人除けの結界か。たしか、死霊魔術には精神支配系の魔術があったはずだ。それの応用なのか?」
「そノとおりでス」
精神支配ね。俺たちは支配無効スキルがあるし、ウルシは精神耐性スキルを持っているからな。無効化されたんだろう。
「ですガ、けっかいをこえてしんニゅうしてきたモノがいるヨうでス。あナたたちノヨうニ」
「……」
アーゲンがジトーッとした目でフランを見てるね。これは言い逃れできんだろう。
『フラン、先に謝っちゃえ』
「ごめんなさい」
フランが綺麗に腰を折り、深々と頭を下げた。いいよ。謝罪は誠意が大事だからね。
「どういうことでス?」
俺たちは採取した死霊草を取り出して、地面に積み上げた。
「野生に生えてると勘違いした」
「あナたでしたカ」
「返す」
「いエ、そのおきモちはありがたいんですガ。これはあナたがおモちくださイ」
「いらない?」
普通にポーションを作るには問題ないそうだが、彼の主が求める品質ではないのだそうだ。
「摘んですぐ」
「わかっていマス。ですガ、せいじゃがつんだモノでハ、だメナノでス」
死霊草は生き物が触れた時点で、僅かに劣化してしまうんだと。
「こマりマしタ」
「これ全部使ってもだめ?」
「どうでしょうウ? いヤ、ノうしゅくすれバ」
「どう?」
「わがあるじニきいてミなければわかりマせんガ……」
もしかしたら、錬金術で濃縮すればどうにかなるかもしれないという。ちょっともったいないが、この死霊草は返すことになりそうだな。
そして、スケルトンが申し訳なさそうな口調で頼んできた。
「わたしハ、これだけノりょうをはこぶことができマせン。モうしわけナいノですガ……」
「分かった。運ぶ」
乗り掛かった船だし。仕方ないか……。
「ありがたイ!」
「アーゲンはどうする?」
「俺もいくよ。一応関係者だし。それに、群生地はダメだったが、少し死霊草を融通してもらえないか頼んでみたいしな」
「ではいきマしょウ。ア、わたしはベルナルドといいマス」
名称:ベルナルド
種族名:スケルトン:骸骨:魔獣
状態:契約
ステータス レベル4
HP:40 MP:183 腕力:23 体力:17 敏捷:34 知力:122 魔力:61 器用:38
スキル
暗黒耐性:Lv5、剣術:Lv1、採取:Lv3、再生:Lv3、振動操作:Lv2、闇魔術:Lv1、魔力操作
称号
なし
説明:魔力によって動き出した死体。死霊術師に使役されている場合も多い。知能は低いが、再生能力を持ち、魔石を破壊されるか、魔力が切れるまで動き続けるため、脅威度はFとされている。魔石位置:胴体。
スケルトンにしては、知力が高いな。あと魔力も。説明に知能が低いとまで書いてあるのに。やはり、ただのスケルトンじゃないってことか。
「俺はアーゲンだ」
「私はフラン。こっちはウルシ」
「オン!」
「ほほウ。ダークネスウルフですカ」
「わかる?」
「あるじニ、ちしきだけはあたえられていマすのデ」
ベルナルドの腰がちょっと引けている。特別製のスケルトンとは言え、ウルシは怖いらしい。まあ、戦闘力じゃ圧倒的に勝っているしな。
それから1時間ほど歩いただろうか。林から北に進んだ原野のど真ん中に、掘っ建て小屋がポツンと建っていた。
「あれでス」
大草原の小さな掘っ立て小屋。そんな言葉が自然と浮かんだ。
とてもじゃないが、凄腕の死霊術師が住んでいる様には見えない。
「ぼろい」
「わがあるじハ、そういったことにあマりとんちゃくしナいノでス」
「ふっふっふ。その通りだ」
「!」
「グルゥ!」
いきなり背後から声をかけられた。なんの前触れもなく。そもそも、俺達は探知系スキルを全開にしてるんだぞ? ウルシだっているのに。
『気配を感じなかった!』
(ん)
(オウン)
瞬時に臨戦態勢をとり、身構えるフランとウルシ。俺も、静かに魔力を高める。
「だ、だれですか?」
「人に名を聞くときは、自分から名乗るのが礼儀ではないかね?」
「し、失礼した。冒険者のアーゲンです」
「わたしはフラン。あなたは誰?」
「すいマせン。わがあるじでス」
では、こいつが件の死霊術師か!
何も知らずに遭遇してたら、絶対に切りかかってただろうな。
くすんだ黒いローブ。髑髏を模った無数のアクセサリー。病的に白い肌。それでいて、ローブの影になっていて顔は見えないが、三日月の様な笑みを浮かべる口元だけは確認できた。男だとは思うが、それも確信できない。
超怪しい。どうみても邪悪な死霊術師だし。
死霊術師はこちらの警戒などどこ吹く風で、高らかに名乗りを上げる。
「ふはははははははは。我が名はジャン・ドゥービー! 至高なるアンデッドの主なり!」
出来れば関わり合いになりたくないな。今すぐフランに回れ右させて、元来た道を帰らせたい。それくらい怪しくて、ウザそうな奴だった。




