661 事後処理の後
大魔獣を滅ぼしてからすでに10日が経過した。
ウィーナレーン――ではなく、ウィーナによる事後処理も一段落している。実際に動くのは周辺の領主や冒険者ギルドではあるが、色々と指示を出したのはウィーナだ。
彼女の変わり果てた姿を見た多くの者たちが驚愕していたが、その影響力はほとんど変わりないように見えた。
まだ力が大きく弱体化したとは知られていないからというのもあるだろうが、今までの積み重ねのおかげだろう。
また、町からでも見えたあの大魔獣を滅ぼしたという事実も、彼女の発言力の向上に一役買っているらしかった。
冒険者たちなどは英雄を見る目である。その指示に完全服従と言ってもよかった。
そうして、ある程度の指示を出し終えたところで、派遣されてきた国の役人などに仕事を引き継ぎ、ウィーナは学院に戻ることとなったのである。
役人たちも本当は残ってほしそうだが、無理やり引き留めるわけにもいかない。結局、ウィーナを見送るしかなかったようだ。
俺たちも復興のためのクエストをいくつかこなした後で、ウィーナと一緒に学院に帰還できていた。
学院でもウィーナの姿に大騒ぎであったが、さすがに2日もすると落ち着いてきたようだ。普段、生徒たちはあまりウィーナレーンに接することもないし、問題ないと説明されればそんなものかと思うのだろう。
教師たちは未だに慣れないようだが、そこは時間をかけてもらうしかなさそうだ。
まあ、近々学院を発つ俺たちには関係ないけどね。
「それじゃあ、ゼロスリードは本当にこちらで引き取るという形でいいのね?」
「ん」
今はウィーナたちと、ゼロスリードとロミオの処遇について話し合っていた。
これは、俺としても気になっていたのだ。
なんだかんだで命をもらう的な約束を交わしたが、今さらフランがゼロスリードを殺すとは思えない。
フランは、ロミオとシエラに親近感を覚えている。自分と重なる部分があると知ってしまったのだ。友情とは違うだろうが、何かしらのシンパシーを感じているようであった。
ゼロスリードを殺すとなれば、確実にロミオからは恨まれ、シエラは敵に回るだろう。フランとしても、それは嫌なはずだ。
無論、ゼロスリードに対するわだかまりが消えたわけではないが、絶対に殺さなくてはいけないかと言われれば、それは違うと思う。
キアラ自身が、敵討ちなんて下らないと言ってくれていることも大きいだろう。言い方は悪いが、ゼロスリードを殺さずに済ませるための言い訳がすでにある状態だ。
そしてフランの決断は、ロミオとゼロスリードをウィーナに預けるというものであった。
ロミオのことを考えれば、悪くない案である。
ロミオの願いは、恵まれた環境を得ることでも、優しい保護者の下で保護されることでもなく、ゼロスリードと一緒にいることだ。
だが、ゼロスリードは犯罪者として追われている。そんな彼が大手を振って歩ける場所は少ない。そして、自治権を持った学院はその数少ない場所の1つであった。
また、ウィーナが弱体化し、レーンの力も弱まってしまった学院には、特別な戦力がない状態だ。ゼロスリードの力は学院にも必要だろう。
ロミオ、ゼロスリード、ウィーナ、シエラ、全員に恩を売れる決断である。まあ、フランはそこまで考えていないだろうがな。
むしろ、どうするか悩んだ挙句、ウィーナに押し付けた感じだった。多分、考えすぎて、自分でも訳が分からなくなってしまったのだろう。
シエラと魔剣ゼロスリードは、気づいたら姿を消していた。
あいつらの場合、別にここに留まらなくてはいけない理由もない。罪を犯しているわけでもないし、学院で依頼を受けていたわけでもないのだ。こっちの世界における身分は、単なる冒険者だった。
ただ、ロミオとゼロスリードの処遇が気になって残っていたのだろう。それらを見届ければ、用はないということらしい。
どこに行ったのかは分からんが、魔剣ゼライセを追っていったんじゃないかと思う。こっちのゼライセは死んだが、シエラたちにとっての真の仇は魔剣ゼライセの方だからな。
ネームレスたちは、結局どうなったか分からなかった。ウィーナも、そんな小物は分からないというし、逃げた可能性は高いだろう。
残るは、俺たちの今後についてだ。
フランの教官としての役割は終わった。というか元々は、敵対しそうになった学院の精霊を誤魔化すために、無理やりに教官になったわけだ。いや、教官になるために学院にきたわけだから、フランは嫌がっていないんだけどさ。
ウィーナたちを助けたことで、教官を勤めあげたと正式に認められたらしい。これで教官を辞めても、守護精霊に攻撃されることはなくなったようだった。
ウィーナが弱くなって契約は平気なのかと思ったが、すでに結ばれた契約に変化はないそうだ。つまり、今後も学院の防御は鉄壁ということだろう。レーンまで加わるわけだしな。
「今回は助かったわ。ありがとう」
ウィーナが深々と頭を下げる。
口調などはウィーナレーンであった時となんら変わっていない。しかし、明らかにその内側に変化がある。
以前のような不安定さがなりを潜め、どこか安心して話を聞いていられるのだ。1つの体に2人の魂という状態が解消されたことで、精神的に安定したようだった。
本来のウィーナに戻ったのだと思う。
「ただ、報酬に悩むところなのよね」
「お金じゃないの?」
「それは当然支払うわ。でも、今回これだけ助けられていて、感謝の言葉だけで済ませるつもりはないわ。相応しい報酬を支払います」
「おお~」
ウィーナの言葉に、フランが瞳を輝かせる。彼女ほどの大物が、相応しいと言い切るほどの報酬だ。かなり期待できそうである。フランもそれが分かってるのだろう。
「何くれる?」
「とりあえず、以前から約束していた報酬から先に渡しましょうか」
「約束?」
「ええ、剣さんなら覚えているわよね?」
『ああ、そういうことか。勿論だ』
「なるほど」
フランも思い出したらしい。まあ、忘れるわけもないんだが。
「狂っていないインテリジェンス・ウェポンの情報を教えるわ」
 




