660 Side フラン? 3
「師匠」
『……フラン。俺は……。今までなんで……』
師匠の擦れた声が聞こえる。でも、私はその声を聞いただけで、嬉しくて涙が出た。
だって、その声は間違いなく師匠の――出会った頃の師匠の声だったから。
その声を聞いていると、勇気が湧いてくる。もう、師匠に声をかけるのが怖くない。
「師匠。力を貸して」
『……俺の力……』
「大魔獣を倒すには、師匠の力が必要。剣じゃなくて、師匠として力を貸して? お願い」
『泣いて、るのか……』
「嬉しくて泣いてる。気にしないで」
あっちの私たちが消えた後、私は大魔獣と向かい合っている。
凄い威圧感だ。本当に勝てるかな? 少し不安になる。でも、師匠が力を貸してくれたら、きっと勝てる。
「師匠。私には師匠が必要」
『そうだ……俺は、師匠なんだ……』
「師匠?」
『ああ、そうなんだっ! 俺は、師匠。フランの師匠なんだ……!』
急に師匠の口調が変わった。
とても荒々しい。まるで怒ってるみたい。
でも、私は全く怖くなかった。逆に、嬉しくなる。だって、その声はもう完全に剣の声じゃなくなっていたから。以前みたいな、ちゃんと心が宿った師匠の声だった。
「いける? 師匠」
『ああ……。ああ! いけるさ! いこう! どこまでも! 全身全霊をかけて!』
「ん!」
『謝るのは後にする。今は、アレをぶっ飛ばそうか!』
「ん! わかった!」
なんだろう。よく分からないけど、凄い力が出せる気がした。今ならどんな敵にだって勝てる。
あのデカブツだって、今の私なら敵じゃない。だって、師匠がいるから。
「本気、出す!」
これで、本当に決めきる。出し惜しみはしない。私は、持っている中で最強のスキルを使用した。
「我が血に眠る、神なる獣の荒ぶる力よ。目覚めろ! 神獣化!」
全身を黒い雷が包み込み、髪の毛が少し伸びるのが分かる。
でも、見た目の変化はそれくらいだ。残念。神獣化なんていう名前なんだから、もっと全身がモフモフになればいいのに。
でも、このスキルはとても強い。どれくらいかというと、閃華迅雷の5倍くらい。多分。
「師匠。アレ、へいき?」
『当然だ。全力全開。俺に遠慮はするな。アナウンスさんも復活したしな』
《スキルの管制はお任せください。危険な場合は強制終了も可能です》
『ってことだ』
「……わかった」
師匠とアナウンスさん。2人とも凄い頼もしい。
「じゃあ……いく!」
『おう!』
「あああぁぁぁ! 神剣開放っ!」
『おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――』
『フラン……やったな……』
「ん……でも、湖に穴空いちゃった……」
『あー……今後、生態系に問題があるか……?』
「それでも、大魔獣が暴れるよりは遥かにましよ」
「レーン、無事だったの?」
湖の近くにある小山の上で疲れた体を休めていた私たちの前に、レーンがやってきた。
あっちの私たちとの繋がりが切れた後に急に消えちゃったから、何か良くないことがあったのかと思ってたのだ。死んじゃったのかとも思ったから、無事でよかった。
「少し、力を使いすぎてね……」
「私たちのせい? あっちの師匠たちと話させてくれたから?」
「それだけじゃないわ……。ロミオたちを送ったこともそうだし、他にも色々とね……。でも大丈夫よ?」
レーンの姿が、薄くなってる。感じる力も、とても少ない。本当に大丈夫なのかな?
「……無理はしないで」
「分かっているわ」
「あっちの私たち、どうなったかな……?」
大魔獣を倒して安心したから? ふと、あっちの私たちのことが気になった。あっちの私と師匠のおかげで、師匠が剣から戻ってこられたのだ。
「レーンなら分かる?」
「ごめんなさい。もう接続が切れているから」
「そっか。残念」
もう少しお話がしたかったな。
でも、大丈夫。
色々な物を残してくれたから。
「師匠。かなり無理したけど、だいじょぶ?」
『ああ。平気だ。力はスッカラカンなんだが、気分はすこぶるいい』
師匠が、そう言って笑う。
顔があるわけじゃないけど、私には分かる。師匠は、間違いなく、昔みたいに笑ってる。
「ん」
『……済まなかったな、フラン。俺がどうかしてたんだ』
「ううん。元に戻ってくれたんなら、それでいい」
『……そうか』
「ん!」
師匠の優しい声。また、涙があふれてくる。
師匠が自分を責めているのが分かる。でも、それも、師匠が元に戻れたから。喜べるのも、怒れるのも、全部感情があるからできること。
私はそれが嬉しくてたまらない。
《警告。仮称・師匠の名称に変化の兆候が見られます》
『え? 名称って……。俺の名前が変わるってことか? え? なんで?』
《是。すでに変化終了。以前の名称に戻りました。個体名・師匠の変化に伴い、個体名・フランから神剣開放スキルが消失しています》
『ちょ、どういうこと? うわ、まじで俺の名前が師匠に戻ってる! これって、神剣じゃなくなったってことか?』
《是。師匠の変化により、神剣としての名称が剥奪され、その権能も失われました》
よく分からないけど、師匠が神剣じゃなくなっちゃったみたい。でも、どうしてだろう? もしかして、心を取り戻したから? 心があると神剣になれないの? ううん。逆かも知れない。神剣になったから、心がなくなっちゃったのかもしれない。
だったら、神剣じゃなくてもいいや。むしろ、神剣じゃヤダ。師匠がいい。
『す、すまんフラン。俺、なんでか神剣じゃなくなっちまった!』
「ん」
『えぇ? どうして笑ってるんだ?』
「へいき。師匠は師匠だから。神剣かどうかなんか、どうでもいい」
師匠がいてくれれば、それでいい。アナウンスさんもいてくれるし。
「……ここにウルシがいてくれたら、かんぺきだったのに」
『……だな』
それだけが残念。でも、そんな私たちに、アナウンスさんが驚きの事実を教えてくれた。
《個体名・ウルシの再召喚は、不可能ではありません》
『え? どういうことだ?』
《個体名・師匠の中に、個体名・ウルシの魔石が同化しています。この縁を利用することで、再召喚を試みることが可能です》
「どうすればいい?」
《魔石からの再召喚は、神獣召喚術を使わねばなりません。これを会得するには召喚術を最大レベルにしたうえで、魔術の神に認められることが必要となります》
「魔術の神……。何をすれば、認めてくれるかな?」
《情報が不足しています。まずは、召喚術を最大レベルまで上げ、次いで魔術の神の情報を得ることを推奨します》
「なるほど……。師匠」
『ああ、次の目標が決まったな』
「ん!」
私たちの冒険は、まだまだ続く。賑やかで、楽しい冒険が。




