659 レーンの掴み取った未来
「シエラたちがこっちに来た時から、知ってたの?」
「ええ、そうよ」
まさか、自分たちがそんなに前から知られているとは思っていなかったのだろう。シエラは驚きの余り目を見開いている。
「そして、彼らを発見した私は、その過去を視るために接触を試みたわ」
「えぇ?」
ついに我慢できなくなったのか、シエラが間の抜けた声を上げる。その顔には困惑の色が浮かんでいた。
多分、レーンのことなど記憶にないのだろう。
「最初は精霊として姿を隠していたから、気付かれてはいないでしょうね。その後は、姿を変えて挨拶するくらいだったし」
俺だって、最近になってようやく精霊を感じ取れるようになったのだ。それも、まだ完璧とは言えない。相手に意識して存在感を消されたら、今でも分からないかもしれなかった。
シエラやゼロスリードも、レーンには気付けなかったのだろう。
最初にこの計画――というか、僅かな救いの可能性に賭けることにしたのは、あっちのレーンだ。あっちのシエラやフランと接触したことで、破滅を回避できる可能性があると彼女の勘が囁いたのだろう。
レーンは微かな希望を現実の物とするために、シエラ、ゼロスリード、ゼライセをあっちからこっちへと送り出した。
そして、こっちのレーンがシエラに接触することで、その希望を引き継いだのだ。
「あっちもこっちも、誰もが不幸にならない結末。そんなもの、あるわけがない。でも、もしそんな未来に辿り着くことができるのだとしたら? 私の全てを懸ける価値があると思わない?」
レーンは決意したという。絶対に、全員を救ってみせると。
「とはいえ、事態が動きだしたのはつい最近だけどね」
ゼライセの行方は知れず、フランたちがどこの誰かも分からない。結局、シエラを陰から援助しながら、その時が来るのを待つしかなかった。
「俺たちは、知らないうちに手助けされていたのか……?」
シエラが愕然とした様子で呟く。まあ、分からないでもない。
俺はフランに訪れるはずだった破滅を回避できたのであれば、その過程はどうでもいいと思える。たとえ、全部がレーンにお膳立てされていたとしてもだ。でも、フランは納得しないだろう。激しい戦いや冒険を潜り抜けてきたが、実は自分の力だけではなかったのかもしれないのだ。
それと同じように、シエラの積み重ねてきた自信が揺らぎかねない事実だった。
「言っておくけど、私の手助けなど微々たるものよ? 直接手を出したのは3回だけね。一番初め、ギルドの人間を衰弱した彼の下に誘導したので1回。危険な魔獣に囲まれた時、ほんの少しだけ魔獣の気を引いて脱出の手助けをしたので1回。あとは病で死にかけた時、癒しの力で体力を回復させたのが1回。それくらいかしら?」
それを微々たると言っていいかどうかはともかく、何から何までレーンの手の内ということではないようだった。
「……そうか」
シエラはとりあえず納得したようだ。想像よりも、レーンの手助けの回数が少なかったからだろう。
まあ、直接手を貸してないっていうことは、間接的に力を貸したことが何度もあるって意味だとは思うけどね。ややこしくなりそうだから黙っておこう。
「そんな中、ゼライセが現れて暗躍し始めて、ようやく事態が動き出した。そこにこっちのシエラ――幼いロミオが現れ、そしてフランがやってきた」
レーンはフランに接触するため、先回りして屋台を開いたそうだ。フランに声をかけて、知り合いになるために。
それもこれも、レーンの勘は彼女に連なる者しか対象にできないからである。簡単に言えば、レーンとの仲が深いほど、レーンの勘が働きやすくなるのである。
そのために、レーンはフランと雑談を交わし、強い繋がりを結ぶことにした。
「? 私はレーンと少し雑談しただけ?」
「まあ、私の場合、ウィーナレーン以外にほとんど知り合いもいないから。あれでも十分なのよ」
つまりレーンはぼっちだから、ちょっと会話しただけでも友人認定ってこと?
でも、あの接触はやはり意味があるものだったんだな。
「その後は本当に大変だったわ。シエラ、フラン、ロミオ、ウィーナ、ゼライセ。皆の行動にできるだけ目を光らせ、最悪の展開だけは避けるために動き回って……」
レーンが直接手を出すことは難しい。そもそも、未来を選び取るために力を使っているせいで、そうそう大きな力は振るえないそうだ。
それ故、最悪の場合にだけ僅かに手を加え、歴史の流れをほんの僅かに修正する。そうして孤独に戦い続けた結果が、今のこの歴史である。
その割にはゼライセを放置していたことが気になったが、考えてみたらレーンにとってゼライセの行動は必ずしも最悪ではなかった。それどころか、不完全に復活した大魔獣であれば付け入る隙があるかもしれない。
レーンにとっての最悪は大魔獣の復活ではなく、ウィーナレーンが死んでしまうことや、精神の安定を欠いて人格が変貌してしまうことである。
大魔獣が完全復活すればウィーナレーンですら命が危ういということを考えれば、むしろ中途半端に大魔獣を復活させてくれるゼライセは、ありがたい存在でさえあったかもしれない。
「まさか、ここまで最高の結果を掴み取れるとは思っていなかったけど」
「最高なの?」
『ウィーナもレーンも、凄い消耗しちまってるじゃないか……。ウィーナは何年も力を取り戻せないって話だが、それはレーンもだろう?』
レーンの消耗は、ただ一時的に力を失っているだけではない。どう見ても、精霊としての格が下がっていた。
今までが大精霊級だったのだとすれば、今はせいぜいが中級精霊程度だろう。
「いえ、最高よ。大魔獣が滅び、私たちは命を失わずにウィーナとレーンに戻れた。それ以上に何を求めるというの?」
『まあ、それはそうなんだが……』
「ロミオもシエラもゼロスリードも無事で、フランも剣さんも暴走していない。唯一の心配事であったゼライセは命を落とし、あっちの私たちにもいい影響を与えられた。国も亡びず、民の被害は最小限。これ以上を望むのは、強欲というものよ」
レーンは端から全員が無事に済むという選択肢を除外していたのだろう。それこそ、自分を含めた全員が死亡し、大魔獣が野放しになることに比べれば、何人かが生き残ればマシくらいに考えていたに違いない。
『確かに、あんな化け物を相手にしておいて、これ以上を求めるのは欲張り過ぎか……』
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