658 レーン復活
ウィーナレーンからレーンへの魔力の流れが止まった後、そこには先程までと変わらない姿をした、ウィーナレーンとレーンの姿があった。
だが、その奥を探れば分かる。
その気配の変貌は、別人かと思えるほどだった。強くなった、弱くなったということではない。魔力や気配の波長そのものが、変化していたのだ。
縁が切れたことで、ウィーナレーンの中にあったレーンの存在が分離し、レーンに戻ったということなんだろう。
この場合、ウィーナレーンの気配が変わることは理解できるが、レーンまで変わってしまうのはなんでだ?
いや、分割していた存在が元に戻ることで、変化が訪れるのは当然か? 欠けていた部分が修復され、本来の姿を取り戻したって感じだからな。
ただ、ウィーナレーンは立っていられないほどに消耗してしまったらしい。直後に、その場に倒れ込んでいた。
「ウィーナレーン? だいじょぶ?」
「もう、ウィーナレーンじゃないわ。私はウィーナよ……」
ウィーナレーン――いや、ウィーナがそう言って意識を失ってしまう。
『おっとぉ!』
俺もほとんど力を使い果たしていたが、一瞬だけ念動を発動した。ウィーナレーンの勢いがほんの僅かに殺され、フランがなんとかその体を受け止める。
「ウィーナ?」
フランが軽く揺すっても、目覚める気配はない。色々な消耗が重なって、疲労困憊なのだろう。
『生命力がかなり低下しているな……』
「今は、寝かせてあげて」
「ん。わかった」
レーンの言葉に従って、俺たちはウィーナをそっと横たえた。
「だいじょぶなの?」
「しばらくすれば目を覚ますわ。力は大きく減ることになるでしょうけど……」
死にはしないってことだろう。
ウィーナと違って、レーンは非常に精力に満ちている。力を取り戻し、危険な状態を完全に脱したようだった。
「……ありがとう。あなたたちのおかげで、ウィーナは救われたわ」
レーンがそう言って深々とお辞儀をする。
「勿論、私もだけど……」
『なあ、レーンは、どこまで分かっていたんだ?』
俺はこの際、ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
『前にレーンは、未来が見えるわけじゃないって言ってたが……。それでも、未来を変えるために色々と動いてたんだろう?』
あっちのフランと接触した時。確実にレーンの補助があったはずだ。
レーンが何かをアナウンスさんに伝えなければ、俺は潜在能力解放を使わなかっただろう。そうなればあっちのフランたちとも出会わず、俺は新スキルを得ることもなかった。そして、ウィーナたちは助からなかっただろう。
そもそも、あっちのレーンが、シエラ、ゼロスリード、ゼライセをこっちに送っていなければ、俺は完全な剣になってしまっていた可能性があるのだ。
それら全てが偶然だなどとは思えない。ただ、どこまでが偶然で、どこまでがレーンたちの掌の上なのか? それが分からなかった。
いや、全てが手の平の上だったとしても、俺に文句はない。なにせ、そのおかげで助かったんだからな。むしろ、感謝したいくらいだ。ただ、気にはなるのである。
「……神ならぬ私には、未来を見通すことはできない。これは、前にも言ったわね?」
『ああ』
しかも、神ならぬと言っているが、以前に出会った混沌の女神は、神でさえ未来は分からないと言っていたはずだ。
それを考えれば、完全な未来予知など不可能だろう。
『でも、より良い選択肢を選び取るような力はあるんだろう?』
「そこまで大したものじゃないわ。ただ、自分の行動が自分にどう影響するのか? それがなんとなく分かるの。言ってしまえば、勘ね」
数秒の直近の未来ならば、その勘で予測が可能であるようだ。
だが、より遠くの、より先の影響を探ろうと思えば、凄まじい力を使ってしまう。万が一、年単位で先を感じようと思ったら、レーン自身が消滅しかねないそうだ。
これは俺の推測に過ぎないが、レーンは無意識に高度な演算を行なっているんじゃなかろうか? 時の精霊としての能力を使い、様々な可能性を瞬時にシミュレートし、無意識に未来を予知した結果が勘として表に現れているのだとしたら?
そりゃあ、遠くの未来を予知すればするほど、消耗も激しくなるだろう。処理する情報が何倍にも増えていくからな。俺の同時演算スキルも、それに近いからよく分かる。
「でも、確かにこの勘が、色々と役立ってくれたのは確か……。そうね。始まりは、とある出会いからだったわ」
レーンがそう呟きながら、シエラたちに視線を送る。
「ある時、湖の畔に凄まじい邪気が出現した。当然、私はその対象を確認にいったわ。そこで、一人の少年と、邪気を発する剣を見付けた」
間違いない。シエラと魔剣・ゼロスリードだろう。彼らがこの時間に現れた時、すでにレーンはその存在を認識していたようだ。
「未来を視ることはできなくても、過去を視ることは簡単なことよ。なにせ、すでに起きたことを読み取るだけなのだから」
俺たちにとっては未来視も過去視も同じように難しそうに思えるが、レーンにとって過去視は至極簡単な行為であるらしい。
その結果、彼女は不可解な事実に遭遇する。
「どう視ても、少年と剣は、未来を生きていたわ」
シエラたちの過去を視たレーンは、多くの情報を得た。
「そして、私は自分からの無言のメッセージを受け取った。この少年が私たちの希望の始まりなのだと」
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