64 群生地
死霊草の群生地までは、ウルシの足で2時間くらいだろう。普通に歩いたら1日はかかる。アーゲンは馬で、俺達はウルシで移動をすることにした。
アーゲンは巨大になったウルシを見てかなり驚いていたが。そりゃあ、そうだよな。犬だと思ってたら、ダークネスウルフだったわけで。逃げ出さなかっただけでも褒めてやろう。
ただ、アーゲンの馬がメチャクチャ怯えているね。
移動中も、5メートル以上はウルシに近づこうとはしなかった。ウルシはちょっと凹んでいる。おいおい、肉食獣。馬に怯えられて落ち込むなよ!
「ウルシ、良い子」
「クゥゥ」
とかやってるうちに、見覚えのある場所に戻ってきたな。
あの岩山と、丘の上の木。ここは昨日も通ったぞ。とすると、群生地があったのは――。
「あの林の中」
「ほう。良く見つけたね」
街道から少し離れた場所にポツンとある小さい林で、普通に旅をしていたらまず立ち寄ったりしないだろう。俺達だって、ウルシの鼻が無ければ発見できなかった。
「ウルシのおかげ」
「オンオン!」
ウルシが胸、というか首を反らして、自慢げに鳴く。
「へぇ。さすが脅威度Cの魔獣だね」
「ウルシは凄い」
「オォン」
照れるな照れるな。頭が良いせいか、表情が豊かなんだよね。
「じゃあ、早速行こうか」
「ん。こっち」
ここまで来れば複雑なことはない。群生地は、林の中心にあったし。
『なあ、死霊草の使い方を少し聞いてみようぜ?』
魔術の触媒とか、興味がある。
「ねえ?」
「なんだい?」
「死霊草はどう使う?」
「色々あるが、そのまま使うと毒と麻痺の複合効果だね。何も知らずに食べると、結構危険なんだ。あんだけ毒々しい草を間違えて食べる奴なんて、いないとは思うけどね」
「他は?」
「ポーションにするのさ。すると、振りかけるだけでアンデッドにダメージを与えるポーションが出来るんだ。地面に振りまいておけば、一時的にアンデッドを遠ざけることもできる」
聖水的なものなのかね?
「あとは、死霊魔術の触媒に使うと、効果をアップさせることができるらしいよ。死霊魔術は素人だから、聞きかじっただけだがね」
色々な効果があるんだな。死霊草で色々試すのも面白そうだ。
そうやって死霊草の情報を教えてもらいながら歩いていると、林のすぐ手前で、アーゲンが急に足を止めた。
「アーゲン?」
「なあ、本当にこれ以上進むのか?」
「こっちに生えてる」
「いや、分かってるんだが……」
何だ? 急に怖気づいた? でも、どうしてだ? 別に、敵の気配なんかもないけど。
「? いく」
「いや、でも……」
「ウルシ」
「オン!」
「うわわわ! お、押さないでくれ!」
「オンオン!」
「うわぁ!」
ウルシに鼻面で押されたアーゲンは、つんのめる様に前に倒れ込むと、ゴロゴロと転がって林に突っ込んだ。
あー……。ウルシやりすぎじゃないか? アーゲンは顔面から木に激突していた。
「いたたた」
「だいじょうぶ?」
「あ、ああ」
「じゃあ行く」
「わ、分かったよ」
おや? もう帰ろうとは言わんね。無理やりにでも林に足を踏み入れたことで、開き直ったか?
ただ、今度はフランがやや表情を引き締めて足を止めた。まあ、俺にしか分からないくらいの変化だけど。フランが止まった理由は、俺にもわかっている。
『何かいるぞ』
「ん。多分魔獣」
「え? 魔獣が居るのか?」
早速レベルを上げた気配察知が役だったな。アーゲンには分からないみたいだ。まあ、一番高い探知系スキルが危機察知:Lv3だし、仕方ないか。
「群生地の方角」
「そうか……」
気配だけじゃ、そこまで詳しくは分からない。ただ、ヤバイ魔獣だったらここでも魔力は感じ取れるだろうし。手に負えない程強い相手ではないだろう。
「じゃあ、慎重に行こう」
「ん。ウルシ」
「オウン!」
「こんなことまでできるのか」
ウルシが小さく吠える。すると、フラン達の周囲を薄い闇のヴェールが覆った。生命の気配を遮断してくれる結界だ。鎧の様に体を覆っているので、動いても問題ない。さらに、体を小型化し、隠密モードだ。
「こっそりいく」
「オゥ」
「わかった」
ゆっくりと死霊草の群生地に近づいていく。林を半ばまで来ると、相手の魔力も感じ取れるな。脅威度Eの魔獣くらいだろう。
フランとウルシなら問題ないが、アーゲンには荷が重いかもな。
「少し下がった方がいい」
「あ、ああ」
「グルゥ」
アーゲンを庇う様に、俺達は進んだ。
前方から林に光が差し込んでいる。あの先の開けた場所が死霊草の群生地だ。
「……いた」
『人か?』
木の陰から群生地を覗き込むと、何かが居た。赤と黒の斑模様の死霊草が生える原っぱで、しゃがみ込んで何かをしているな。どうやら死霊草を摘んでいるようだ。
ただ、人間かどうかわからない。ボロッボロの灰色ローブを着込んでいて、顔が分からないのだ。やや細すぎる感じもするが、体格的には人間ぽい。
『ちょっと観察してみよう』
(ん)
「せいいくガ、おそいですネ」
ローブの人物が立ち上がった瞬間。顔が見えた。そして、アーゲンが思わず声を上げてしまう。
「わ!」
「だれでス!」
やば! 気付かれた。
『くそっ。やるぞフラン!』
「ん!」
「オウゥゥゥン!」
速攻で決める。手加減は必要ない。
『スケルトンの魔石は胴体の中だ』
「一撃で決める」
そう。相手は人間ではなかった。ローブからのぞいているのは、白い髑髏だったのだ。
スケルトンだ。なぜ魔獣が死霊草なんて摘んでいるのかわからんが、気づかれたからにはさっさと始末してしまおう。
「ふっ!」
フランが大きく跳躍し、俺を振りかぶる。そして、地面からはウルシが黒い疾風のように迫った。
スケルトンが動き出すが、もう遅いぜ! 今から何やったって、間に合わん!
だが、スケルトンの次の行動は全くの予想外だった。
このスケルトンは、剣を抜くことも、魔術を唱えることも、回避する素振りさえ見せず、ただ頭を抱えて蹲ったのだ。
「ひャぁァ! おたすケ!」
『ちょっ、フラン! ウルシ! ストップだ!』
 




