657 精霊の手
精霊の手は、その名と違って手の形態をしていなかった。もっと不定形な力の塊を操るような、そんなイメージだ。
ただ、俺に戸惑いはない。
精霊の手は、念動に近い使い心地だったのだ。これならなんとかなりそうだ。
精霊察知もバッチリ維持できている。どうも、一度精霊察知を成功させたことで、精霊を認識できるようになったらしい。
上手く周波数が合ったって感じだ。軽く集中するだけで縁を見ることができる。
俺は精霊の手を動かし、少しだけ縁に触れてみた。確かに、触れることができるようだ。軽く触った程度ではビクともしないが、精霊の手に力を込めればなんとかなるのか?
『これを壊していいんだな?』
「ええ、お願いよ」
『よし!』
俺は精霊の手に力を注ぎ込み、ウィーナレーンとレーンの間にある縁を断ちきろうとしたのだが……。
『ちっ!』
全く効果がない。僅かな傷さえ付けられなかった。しかも、せっかくウルシから貰った魔力が、凄まじい勢いで減るのが分かる。
『これをアナウンスさんは心配してたってわけか!』
「がんばって!」
「レーンを救うために、お願い……」
今までずっと黙り込んでいたウィーナレーンが久しぶりに口を開いた。
多分、俺たちの集中を乱さないために、ずっと黙っていたのだろう。しかし、いよいよ我慢できなくなったらしい。
『こうなったら、全力だ!』
様子見をしている余裕はないだろう。
俺は残る力を精霊の手に集中させた。同時に、邪気も一緒に練り上げる。
『ぐぬ……』
あ、これはマズいやつだ。
邪気を練り上げた瞬間に、俺の背筋に悪寒が走った。背筋ないじゃんと言われそうだが、感覚的なものだ。
精神が震え、ゾクリとした嫌な感覚に襲われたのである。
実のところ、今までに何度か感じたことがあった。
力を使い過ぎて壊れかけた時や、ファナティクスを共食いした時。そういった危機的状況の時は、毎回この寒気に襲われるのである。
つまり、今もヤバいってことなんだろう。
『邪気の、せいか……?』
《邪気によるダメージの分散効率を再計算しました。さらに邪気の影響を軽減します》
『可能なのか?』
《是。個体名・師匠はスキルの使用に集中してください》
アナウンスさんが、俺にそう告げた直後であった。彼女の宣言通り、俺の感じていた悪寒が一気に緩和される。
『助かった!』
負担が軽減された瞬間、俺はありったけの力を精霊の手に込めた。
『ぬおぉぉ!』
よし! さっきまで1ミリも変化しなかった繋がりが、精霊の手によって歪み始めたぞ!
縁には実体がないため、特に音などはしない。だが、俺にはメキメキやミシミシといった音が聞こえる気がした。
雑巾絞りのイメージで、縁の結び目を握って、ねじり上げる。
そして、さらに力を込めた瞬間だった。
さっきまでの苦労が嘘のように、縁があっさりと砕け散る。いや、それも俺の勝手なイメージで、実体を失った力が細かい粒となって散っていっただけだ。
俺の精霊の手の干渉力が、縁の強度を上回ったのだろう。
『よっしゃあぁぁぁ! どうだ、レーン、ウィーナレーン!』
俺は即座にレーンたちの状態を確認した。
「……」
「……」
あれ?
レーンもウィーナレーンも黙ったままだ。真顔で、立ち尽くしている。
も、もしかして失敗か? でも、縁は確かに破壊したぞ?
『な、なあ。2人とも?』
俺が再度声をかけようとした、その時だった。
「……消えた」
「……そうね」
レーンたちが、呟く。
短い、たった一言の呟き。だが、そこには万感の想いが込められているのだろう。
嬉しさ、寂しさ、孤独、解放感、哀しみ、希望。俺たちには理解しきれない、レーンたちにしか分からない数千年分の想いだ。
そして、ウィーナレーンの頬を涙が静かに伝った。美しいハイエルフが静かに涙する姿は、神秘さと静謐さを秘めている。
だが、俺たちにはその姿に見とれる余裕はなかった。
ウィーナレーンの体から凄まじい量の魔力が放出され始めていたのだ。
その魔力はウィーナレーンの魔力に似ていながら、全く同じではない。そして、ウィーナレーンの制御下にないことは確かだった。
普通、ただ放出されただけの魔力は、雲散霧消して大気中へ溶けていってしまう。だが、この魔力は違っていた。
「レーン……返すわね」
「ええ。ありがとうウィーナ」
膨大な魔力がレーンに吸い寄せられているのが分かった。
レビュー、ありがとうございます!
親の目線でフランを応援してしまうという感想は多いんですが、兄弟の感覚で応援するという意見は新鮮でした。
今後とも妹フランをよろしくお願いいたします。




