655 シンパシー
今この場にいる中で、比較的まともな状態なのがウルシとゼロスリードだ。いや、まともというか、死にかけていないというだけだが。
それでも、俺たちに魔力を供給する余裕があるのは、この2人だけだろう。
後はどうやって魔力を供給してもらうかだ。魔力強奪で奪う? だが、ゼロスリードの場合は、宿しているのは邪気だ。
それを直接吸収したとしても、上手く力に変換できるか分からない。
いや、そういえば手に入れたばかりの邪気支配スキルがあったな。あれを使えば、邪気を魔力に変換できるんじゃないか?
だが、それにはゼロスリードの協力が必要になる。俺はフランに説明して、ゼロスリードの了解を取り付けることにした。
「おい」
フラン! 気に入らないのは分かるけど、もう少し丁寧に話しかけてもいいんじゃないか?
「なんだ?」
だが、フランのぶっきらぼうな言葉にも、ゼロスリードは真摯な表情で対応した。口調は丁寧とは言い難いが、しっかりとフランの言葉を聞こうという態度だ。
「レーンたちを助けるのに、力が足りない。お前の力を寄越せ」
「わかった。好きなだけ使ってくれ」
そう言って、ゼロスリードは即座にうなずいた。もしかしたら、最初から何を言われても頷くつもりだったのかもしれない。
それくらい、早かった。
だが、納得できない者もいる。
「待ってくれ。おじ――ゼロスリードさんに危険はないのか? それに、邪気を普通の人間が操ることは難しいはずだ」
シエラがそう言いながら、心配そうな視線をゼロスリードに向ける。まあ、シエラにとってはゼロスリードを救うことが、最大の目的と言ってもいいのだ。仕方ないだろう。
俺だって、信頼しきっていない相手にフランが魔力を差し出すなんて話になったら、絶対に心配するのだ。
「剣の能力」
「……ただの剣ではないと分かっていたが、そんな能力があるのか?」
「ん」
「だが……」
シエラがどうしても納得しない。だが、俺のことを説明するわけにもいかないし、ここは少し強引に話を進めてしまおうか?
「シエラ……と呼ぶぞ? 大丈夫だ」
「でも……」
「それに、俺の命はとうにフランに預けている。どうなろうと、構わない」
「どういうことなんだ?」
目を丸くして驚くシエラに、ゼロスリードがフランとの約束を語る。
後々、フランがロミオをバルボラの孤児院に連れていくかわりに、ゼロスリードの命を好きにして構わない。ただし、ロミオとゼロスリードの間に結ばれてしまった契約が解除されてから。
すでに、ロミオとゼロスリードの契約は、ウィーナレーンによって解除されている。ならば、彼の命はフランのものということだ。
ゼロスリード的には、自分の命はフランのものだから、どう扱われても構わない。たとえそれで死んだとしても仕方ないから、シエラはフランを恨まないでほしい。多分、そう言いたかったんだろう。
だが、ゼロスリードの人の心の機微の読めなさが、完全に悪い方に出てしまったな。この男のことを詳しく知っているわけではないが、どう考えてもまともな人間付き合いが得意なわけがない。
当然、そんな話を聞かされて、シエラが安心できるはずがないのだ。
「そんな……」
シエラがフランを睨みつけた。
そりゃあ、そうだろう。何せ、フランはゼロスリードを恨んでいる。それをシエラは分かっているはずだ。
だとしたら、ゼロスリードの命について、慮る理由がない。つまり、ゼロスリードから邪気やら魔力やらを吸収し尽くして、殺してしまう可能性は十分あると考えたはずだった。
俺が逆の立場でも、絶対に疑う。
そんなシエラに、フランが近寄った。そして、俺をよく見えるようにかざす。
(師匠、言っていい?)
『……俺が、インテリジェンス・ウェポンだってことをか?』
(ん)
『それで、今のシエラが納得するとは思えないが……』
(だいじょぶ。師匠のことを知ったら、きっと分かってくれる)
『そうか?』
(ん。ぜったいだいじょぶ)
『まあ、フランがそういうならいいけどさ……』
自分がスキルを操るんじゃなくて、俺がスキルを制御するから大丈夫って言いたいのか? だとしても、結局シエラの疑念は晴れないと思うけどな。
話をすること自体は、問題ないと思う。シエラたちは、同じインテリジェンス・ウェポンとその使い手だ。好んでバラすような真似はしないだろう。
「……なんだ?」
剣を自分に見せたまま黙ってしまったフランに、シエラが不審げな目を向けている。だが、フランはお構いなしに、再び口を開いた。
「この剣の名前は師匠」
「師匠?」
「ん。インテリジェンス・ウェポンの師匠」
「なに……?」
シエラの顔が分かりやすく驚きの表情になる。この辺、強がっていてもやはりまだ子供なんだろう。ポーカーフェイスがたびたび崩れる。
『よお。俺の名前は師匠。フランの剣にして保護者だ。よろしくな』
「ほ、本当に……?」
「ん。精霊の手は、師匠が使う」
『とりあえず、ここでゼロスリードの奴に意趣返しをしようって気はない。今はレーンたちのことが最優先だからな。それに、ロミオも悲しむだろ?』
とりあえず、素直な気持ちを語っておく。嘘をつくよりも、ここは正直に語るべきだと思ったのだ。
すると、シエラの態度が驚くほどに変化した。一瞬の戸惑いの後、妙に嬉しそうな表情を浮かべたのだ。
「そ、そうなのか。インテリジェンス・ウェポンなのか……」
「ん」
「……」
「……」
シエラが一瞬黙る。多分、魔剣ゼロスリードと会話しているのだろう。
「わかった。今は、信用する」
「ありがと」
なんでだ? 軽く挨拶しただけなんだけど、急に信じてもらえた?
(インテリジェンス・ウェポン仲間だから、きちんと話せば分かってくれると思ってた)
そんな馬鹿なと思ったが、もしかして本当にそうなのかもしれない。違う時代から飛ばされてきて、相談したり、頼ったりできる相手は魔剣ゼロスリードのみ。そんなシエラにとっては、初めての同類だ。
しかも、自分と境遇がよく似た子供同士。フランとシエラが、互いにシンパシーを感じていても不思議ではなかった。




