646 ネームレス
「くかかかか! まさかこのような場所で貴様らに見えようとはな!」
どういうことだ?
今の発言。まるでフランを知っているようだが……。
「?」
当然、俺が覚えていないものをフランが覚えているはずもなく。首を傾げている。
「誰?」
「分からぬのも無理はない。我とて、直接知っているわけではないからな!」
誰かに聞いたってことかね?
俺はとりあえず目の前の相手を鑑定した。久しぶりに、鑑定が通った感覚がある。最近は超格上だったり、邪気を纏っていたり、精霊だったりで、天眼を持っているはずの俺の鑑定が全然通じなかったからな。
名称:ネームレス
種族名:デミリッチ:死霊:魔獣 Lv52
HP:1932 MP:1298 腕力:1869 体力:444 敏捷:810 知力:303 魔力:600 器用:810
スキル
詠唱短縮:Lv6、怨念障壁:Lv3、怨念操作:Lv8、恐慌:Lv2、恐怖:Lv2、拳聖技:Lv5、拳聖術:Lv7、拳闘技:LvMax、拳闘術:LvMax、剛力:Lv7、再生:Lv8、瞬発:Lv9、死霊支配:Lv3、死霊操作:LvMax、死霊魔術:LvMax、精神異常耐性:Lv4、変則戦闘:Lv8、魔術耐性:Lv7、魔力感知:Lv6、魔力放出:Lv5、冥府魔術:Lv3、闇魔術:Lv4、怨霊、骨体変形、状態異常無効、振動制御、死霊指揮、死霊暴走、魔力制御
ユニークスキル
怨念吸収、黄泉の標
称号
黒骸兵団長、死霊の王
装備
連装魔石杖・三式、腐竜のグローブ、大墳墓の主のローブ、怨念封じのサークレット、浄化耐性の指輪、浄化耐性の腕輪、怨霊玉
『フラン! 強いぞ!』
(そんなに?)
『ああ。単体で脅威度B以上。しかもジャン並の死霊術師だ!』
総合的な脅威度で言えばAでもおかしくはなかった。浮遊島で戦ったリッチには及ばないが、その配下のレジェンダリースケルトンよりは確実に強い。
「ゼライセの部下?」
「こやつの部下だと? 馬鹿なことを言うな! 我は、栄えある黒骸兵団の長であるぞ! 今回は公爵のとりなしがあった故、力を貸してやっているにすぎんわ!」
「黒骸兵団?」
「そのとおり。レイドス王国に新たに誕生した、最強の軍団だ! 赤の騎士共にかわり、伝説となる名である!」
「お前が、団長?」
「その通り、我は死霊たちの王、ネームレスである! 覚えておけ! いや、貴様はここで死ぬんだったな。なれば、覚えていられるはずもないか」
「むっ」
こいつゼライセ並にチョロイな。挑発するまでもなく、自分から色々と情報を漏らしやがった。
「黒骸兵団は、アンデッドの部隊?」
「その通り! 我が秘術によって生み出された最強のアンデッドたちによる、最強の軍団よ! あの忌々しい死霊術師も、次の戦で血祭りにあげてくれよう!」
つまり、ワイトキングやなんかも、こいつが冥府魔術で生み出しているのか。だが、こいつの魔術やスキルなら、不可能ではないのかもしれない。
そして、こいつらの標的はジャンだ。まあ、レイドス王国にとっては天敵みたいな存在なわけだし、その対策をするのは当然か。
実際、言い切れるだけの強さもある。
「くかかかか! この場で降るのであれば、苦しまぬように殺した後に、我が配下にしてやってもよい――普通の相手であれば、そう言うのだがなぁ……」
「!」
フランが身構えるほどの凄まじい殺気が、デミリッチから放出された。殺意だけではない。怒りや憎しみ、恨みの念が混じり合い、フランの肌を粟立たせる。
恨みによって生まれた死霊は、生者に対して憎悪の念を抱くという。だが、これはそれだけではなさそうだ。明らかに、フラン個人に思うところがある。
「お前だけは、ここで殺す。そうせねばならぬのだなぁ……」
「なんで?」
「叫んでいるのだ」
「?」
「我が内に溶け込んだ死霊の皇帝の――リッチの怨念が、貴様らを殺せと叫んでいるのだ! 浮遊島での借りを返せとなぁ!」
デミリッチ――ネームレスは、その枯れ枝のような右手で、自らの白い髑髏を掴むように覆った。
まるで、嘆き悲しむ悲劇の主役のような仕草であるが、そうではない。むしろ、今すぐにでも爆発しそうな激情を、少しでも抑え込むための行為だろう。
その証拠に、その細い指の間から覗く昏い眼窩からは、ありとあらゆる負の感情が漏れ出しているように思えた。
「リッチって、あのリッチ?」
「クカカカカ! 浮遊島にて散ったダンジョンマスターにして、レイドス王国の実験体だったあの個体のことだ!」
おいおい、まじかよ。レイドス王国に関係あるリッチとデミリッチということで、多少関連付けて考えはした。しかし、本当に直接の繋がりがあるとは!
「我個人としては貴様には感謝すらしているのだ。おかげで、リッチの怨念の欠片を回収することができた!」
言われてみれば、似ているかもしれない。外見はまあ、骸骨同士だから似ているのは当然だろう。
だが、その身に纏う雰囲気や、話し方なども非常に似通っている気がする。
「我は、浮遊島の落下地点から回収された、リッチの怨念の欠片を取り込むことで生み出されたのだよ! 微かに残ったリッチの記憶の残滓が、貴様が仇だと教えてくれている!」
なるほど、あのリッチの記憶と怨念を受け継いだのであれば、確かにフランを恨む動機はあるだろう。
「だから! 貴様は! ここで死ねぇぇ!」
そう叫んだデミリッチが、凄まじい速度で突っ込んできた。
「ガルッ!」
「ぬぅぅ! 逃げるなぁ!」
『このまま離脱する!』
「オン!」
「まあまあ、ちょっと待ちなよ!」
ネームレスは近接戦闘でも非常に強くはあるが、どちらかと言えば指揮官向きの能力だ。さすがにウルシと追いかけっこをして、勝つことはできなかった。
ただし、相手は2人いる。逃げようとしたウルシの進路を、ゼライセが塞いでいた。戦闘力はネームレスに及ばなくても、何をするか分からん不気味さはこいつの方が上だ。
「ウルシ、がんばって」
「オン!」
「くかかかか! くらえぇぇ!」
「ほらほらほらほらぁ!」
ネームレスが高速で飛行しながらこちらに殴りかかり、その隙間を縫うようにゼライセが魔術を放ってくる。
「くかかかか!」
「ガルル!」
凄いぞウルシ! 拳聖術を持っているネームレスの拳を、前足で受け止めている。足りない手数は牙も使い、なんとか打ち合っていた。打撃の音だけが鳴り響く、一瞬の膠着状態。
だが、これこそ奴らの狙いであった。ネームレスによって足止めされているうちに、ゼライセの魔術が俺たちを襲ったのだ。巨大な黒い渦のようなものがネームレスごと俺たちを飲み込み、視界に映る景色が一変する。
「オフ?」
「え?」
『な、なんだこりゃ!』
多分、ディメンジョンゲートのような、空間と空間を繋ぐ術だったのだろう。隠蔽されていたうえ、あの渦自体には危険がなかったため、察知系スキルの反応も鈍かった。
まあ、今の俺とフランはその辺も大分弱っているから、ウルシが気付かなかったのであれば俺たちが気付けるわけもないのだが。
だが、穴が繋がれていた先は、最高に危険な場所であった。
眼前に大魔獣の体表があった。蠢く触手が、間近に見える。転移させられた先は、大魔獣の目の前であったのだ。
触手が俺たちに反応し、襲いかかってくる。まさか、大魔獣に俺たちを始末させるつもりなのか!
「あははは! 確かにその剣に興味はあるけどさ、それ以上に、始末することが優先さ! 僕の天敵だからねぇ!」
「っ!」
フランがゼライセを睨みつけるが、すぐに奴の姿が見えなくなる。ウルシの障壁の周囲を、無数の触手が覆い始めていたのだ。
「くかかか! そのまま魔獣に飲み込まれてしまえ!」