642 Side フラン? 2
『フラン! 大丈夫かっ!』
また、優しい怒鳴り声。
私の聞き間違いじゃない? でも、どこから?
気配が感じられない。
私が首を捻っていると、再びレーンが現れた。
「フラン。あなたには、今後過酷な戦いが待っている。これは運命じゃなくて、今のあなたにとって必然の流れ。でも、今の状態では、きっと命を落とす」
「レーン?」
「だから、これは私から――私たちからの贈り物。ささやかだけど受け取って」
レーンがそう言って、両手を広げた直後だった。
周辺の空間が真っ白に染まる。
「あれ、レーン?」
もう1人、レーンがいた。そう思った直後、もう1人のレーンの横に、さらに人影が現れる。
それは、私と師匠だった。
あれは間違いなく私と師匠。でも、ちょっと違っている。装備とか、表情とか。
直感的にだけど、理解できた。
違う世界なのか、もしかしたらなることができた私なのか、それは分からないけど、あの私はどこかの私。
そして、さっきの声の主はあっちの師匠だ。
『フラン!』
「師匠」
『おお! 聞こえたのか!』
私の呟きが、届いたみたい。
羨ましいな。あっちの師匠は、師匠のままなんだ……。
『今、治してやる!』
あっちの師匠が何かしようとしたけど、失敗したらしい。
『なんで魔術が使えない!』
「ごめんなさい。完璧には繋げられなかった。お互いの力の高まりを利用して、縁を利用して、それでもここまで」
「ロミオ、ゼロスリード、ゼライセ。時間を越えた3つの縁を利用して、師匠の力を借りて、ようやっと互いの声を届けることができただけだった。でも、ほんの少しでも……。ちょっとまってて」
こっちのレーンと、向こうのレーンが、口々に語り、申し訳なさそうに頭を下げた。
よく意味は分からないけど、あっちの私と師匠と会話ができるだけでも、奇跡ってことなのだと思う。
わたしは、あっちの私に声をかけた。
「ねえ……私」
「なに? 私?」
「……あなたは幸せなの?」
「ん。師匠もウルシもいて、毎日幸せ。あなたは幸せじゃないの?」
「ん……」
ああ、やっぱり。あっちの私は幸せなんだ。それは当たり前。だって、師匠もウルシもいる。
「だって……師匠が……」
「どうしたの?」
「師匠がね……」
「ん」
あっちの私が、優しく頷いてくれた。そしたら、もう言葉が止まらなかった。
「優しくない……。全然、何も言ってくれない……。褒めてくれないし、叱ってもくれなくなったっ!」
私の口から出てるのは、今まで誰にも言ったことのない、本当の気持ち。
それを言ったら、本当になっちゃう気がしていたから……。
「こんな師匠は嫌! こんなの師匠じゃない! あっちの師匠みたいな師匠がいい!」
次々と言葉が溢れ出す。
「ねえ! 師匠! どうすれば師匠は元に戻るの! どうすれば、前みたいに笑ってくれるの! ねぇ!」
私は、全ての気持ちを口にした。
「師匠、私はどうすればいいの……?」
『理解不能。俺に特に異常はない。それよりも、フラン自身に動揺が見られる』
でも、師匠から返ってきたのは、期待していた言葉じゃない。あっちの師匠の声を聞いたせいで、少し期待してしまったけど、やっぱりそうだよね……。
『この状態での戦闘行動は危険だ。動揺を抑えるんだ』
「そんなこと聞きたいんじゃない!」
『フラン。興奮を抑えろ』
「うるさい! 黙れ! 黙れ黙れ! その声で、私にはなしかけるなぁ! お前なんか師匠じゃない!」
私がそう叫んだ直後、優しい声が呆然と呟く。
『お、おおぉ……。フ、フランがグレてる!』
何故かちょっと傷ついたような声だ。
「グレてる?」
「グレるってなに?」
2人の私たちが、同時に首を捻る。初めて聞いた言葉だった。
『あ、あー。その、なんていうか、言葉が乱暴な、悪い子って意味かな? 親とか先生に暴言吐いたり?』
「なるほど! じゃあ、あの私、グレてる」
「グレてない。悪い子じゃない」
「でも、グレてる」
「グレてない!」
なんでだろう。馬鹿にされてるはずなのに、凄く楽しい。
でも、そんな楽しい気分に水を差す声があった。
『現状。フランの攻撃性は以前よりもかなり高い。グレているという表現は、当てはまる』
楽しかった気分が、一気に冷めた。何故か、凄く悲しくなってしまう。たまらず俯いてしまった。なんでこんなに苦しいの?
そんな私の耳に、怒鳴り声が聞こえてくる。
『おい! てめー! なにふざけたこと言ってるんだ! それでも俺か!』
『……何を言っている?』
『フランがグレた? だったら、それは俺らの責任だ! お前がそうならないように注意してやればよかっただけだろ!』
『俺は剣だ。そんな権限はない』
『ちげーだろ! 権限とか、そんなことどうでもいいんだよ! 俺たちはなんだ? 俺たちはフランの師匠じゃないのかよ!』
『師匠というのは、単なる名前。個体名を識別する際の記号にすぎない。俺の本質は剣だ』
『違う! 俺は剣である前に、師匠だっ! それに、師匠が単なる記号だと? それも間違ってる!』
『間違っていない。事実だ』
『間違ってるよ! 師匠っていうのは、フランが付けてくれた名前なんだぞ? それは俺たちの目標で、フランの希望だ! そうあってほしいというな! そんなことも忘れちまったのかよ! 剣だぁ? その前に俺たちは師匠なんだっ!』
『俺は……』
『見ろ! フランが泣いてるんだぞ! それを見て、何も感じないのか!』
あっちの師匠に言われて気が付いた。私、いつの間にか泣いてた。どうして、涙が止まらないんだろう?
『……泣いて、る?』
『ああ! そうだ! 泣いてるフランを見て、お前は慰めの言葉もかけないのかよ! 身も心も、剣に成り下がっちまったのか?』
「師匠……」
『俺は……』
『もう一度聞くぞ? お前は、泣いてるフランを見て、言葉をかけないのか?』
『俺は……』
『フランの涙を見て、本当に何も感じないのかって言ってるんだよ! 馬鹿野郎!』
『俺は……!』
こっちの師匠の声が、久しぶりに人間みたいに聞こえた。同時に、懐かしい声がする。
《仮称・師匠に揺らぎを確認》
「え? アナウンスさん?」
《是。個体名・フランの言い方を借りれば、あっちの仮称・アナウンスさんに、活動領域を確保するための力を譲渡してもらいました》
「消えたわけじゃなかったんだ……」
《仮称・師匠が破壊されない限り、仮称・アナウンスさんが消滅することはありません》
「そう、なんだ……」
《仮称・師匠の剣化状態に揺らぎを確認。同一存在と自身の違いを観測し、その差異の大きさに衝撃を受けている模様》
『アナウンスさん……。俺は……』
《個体名・フランに提案。現状であれば、さらに揺らぎを与えることが可能》
「揺らぎ……。私、どうすればいい?」
《声を。怖がらずに》
「え……」
《今が、最後の機会かもしれません》
「がんばって。グレてる私」
「グレてない」
反射的に言い返した私に、あっちの私がクスリと笑った。嫌な笑いじゃない。
「ん。じゃあね私」
『フラン! 俺はお前の味方だぞっ! 何があっても、ずっとだ!』
アナウンスさんとあっちの私に促されて、私は恐る恐る口を開いた。
「ん……。ねぇ、師匠。聞こえる?」
『フラン……? 俺は……』
こっちの師匠からも、少しだけ優しい声が聞こえた。
次回更新は8/19となります。
レビューをいただきました。ありがとうございます。
暑さと法事で執筆の手が鈍るこの時期、本当に励まされました。
今後とも当作品をよろしくお願いいたします。




