641 Side フラン?
「フラン、ロミオたちを見逃してくれてありがとう」
「レーン……」
「あなたは優しい子ね。怒っていても、無意識にロミオを巻き込まないように力をセーブしていた」
「別に……。なんか、あの子供が必死だったから」
「そのおかげで、ロミオとゼロスリード、ゼライセを逃がすことができたわ。それに、あなたが許可してくれたおかげで、剣さんの力も借りられた。アレがなければ、渡りは成功しなかったでしょう」
「あいつらは、どこに逃げた?」
「とても遠くよ」
「そう……。ゼライセも逃がす必要、あった?」
「ええ、あなたたちのためにもね」
「?」
相変わらず、精霊のレーンの言うことは、意味がよく分からない。でも、レーンが敵じゃないのは分かる。だから、レーンがお願いしてきたとおりに、ゼロスリードに止めを刺すのを止めた。
ロミオたちはどこかに転移してしまったみたいだけど、どこにいったんだろう?
「フラン、これで、周囲に巻き込む恐れのある人間はいなくなったわ。本気を出してもいいわよ?」
「本気……。いいの?」
「ええ……ウィーナレーンすらも、遠く離れた場所にいるわ。だから、いいの」
「ん……わかった」
私たちは強くなった。
ミューレリアに負けて、ウルシを失ったあの日から。
「師匠、がんばろ」
『了解』
「……ん」
師匠の様子がおかしくなったのは、いつからだろう?
バルボラで、ゼライセの操ってた魔石のゴーレムをたくさん倒した頃? それとも、武闘大会で優勝した頃?
獣人国に初めて来た頃は、まだ今みたいじゃなかったと思う。
でも、気づいたら、声をかけてくれることが減っていた。そして、少しだったものが完全になくなり、私から声を掛けなければ喋ってくれなくなった。
それだけじゃない。
何を聞いても、そっけない。
『俺は剣だから』
『フランが考えろ』
『それがフランの選択なら、従おう』
今までみたいな、聞くだけで安心できる優しい声じゃなくなった。
まるで、人間じゃないみたいな声。
もっと師匠の声が聞きたい。でも、自分から話しかけるのが怖くなってしまった。だって、またあの嫌な声で『俺はフランの剣だから、フランに従う』って言われるだけだから。
いくら頑張っても、師匠は全然褒めてくれない。褒めてくれても嫌な声で『よくやった』って言うだけ。
町で、酔っ払いに馬鹿にされて少し暴れたら、ちょっとお店まで巻き込んじゃった。でも、その時に師匠が私を注意するために言った『やり過ぎだ。フラン』って言葉。
ほんの少しだけど、前の師匠の声だった気がする。
もっともっと悪い子になったら、師匠はまた前みたいな声を聞かせてくれるの? そう思ったけど、それも最初だけだった。すぐに、何も言わなくなってしまった。
そんな時に、奴と再会した。
ゼロスリード。キアラの仇の1人。
忘れたことはないけど、追うつもりもなかった。キアラが、敵討ちなんてするなって、言ってくれたから。
でも、目の前に現れてしまった。それも、子供を連れて。
ゼロスリードも、ロミオも、なんだか凄く落ち着いてた。酷い目にたくさんあって、今だって捕まってるのに。
まるで、幸せそうだった。幸せそうに、笑ってた。
あんな笑顔、私は浮かべてるの?
なんだか、凄くイライラする。
「ねえ、師匠。なんで私、こんな気持ちになるの?」
『理解不能だ。何か、ストレスを受ける要因はあったか?』
「わからない……」
『ストレスの心当たりもないのか?』
「わからないの! なんでなのか!」
『では、俺にも分からない』
なんか、もうどうでもよくなっちゃった。とりあえず、ゼロスリードを殺そう。そう思っていたら、レーンに止められてしまった。
しかも、ロミオたちを助けるのに師匠の次元魔術がどうしても必要だから、力を貸してほしいってレーンにお願いされた。レーンには1度命を救われたことがある。その言葉を断れなかった。
なんで、私たちがゼロスリードを助けているんだろう?
頭の中が整理しきれなくてグッチャグチャになっている。イライラが抑えられない。
このイライラしたモヤッとした気持ちは全部大魔獣にぶつけよう。
本気を出していいって言われたし。
前に魔狼の平原で本気を出した時は、女神様が作ったっていう結界を壊して、女神様に怒られたりもした。でも、ここは魔狼の平原よりも何倍も広い湖だ。私たちが本気で攻撃しても、大丈夫かも知れない。
やってやる。
「……力を吐き出せ……邪神の欠片」
『全てを壊せ! 全てを――』
「うるさい。お前は力だけ寄越せばいい」
私の言葉に従って、師匠の中に封印されている邪神の欠片から、大量の邪気が溢れ出す。前はこの邪気を制御しきれずに暴走してしまっていたけど、今なら完璧に支配できる。
認めたくないけど、ミューレリアと同じ系統の力なんだって。この力を手に入れた時は吐き気がするくらい嫌だったけど、今は利用してやろうと思う。
「……夜天の魂、起動」
これは、ダークナイトウルフのユニークスキル。ミューレリアの攻撃から私たちを庇って死んだウルシが、最期に私たちに託した魔石から引き継いだ力。今みたいな夜の間だけ、ステータスを強化できるスキルだ。
「師匠、他の強化スキルも全部起動して」
『了解』
前まではアナウンスさんていう優しい声のお姉さんが色々と助言してくれてたんだけど、邪気の制御の領域がどうとか言って、ちょっと前に居なくなっちゃった。
強化の重ね掛けをし過ぎて、体が悲鳴を上げているのが分かる。
毎回、思う。死ぬかもしれないって。師匠が今みたいになる前は一度も思ったことがないのに、今はちょっと怖い。
でも、死んじゃったら死んじゃったで、構わないかとも思っている。だったらいつも通り、やってみるだけだ。
「師匠、回復は適当でいいから、全部を強化に回して」
『了解』
私は全身の痛みをこらえながら、さらに口を開く。
「師匠を開放したほうがいい?」
『俺は剣だ。判断する権利はない。フランが決めろ』
「師匠がどう思うのか、知りたい」
『使用した場合、奴を確実に撃破できるだろう。ただし、消耗によって、今後の戦闘に影響が出る。場合によっては命の危険もあるはずだ。使わなかった場合、撃破できるかどうかは分からない。ただし継戦能力は維持できる』
「そうじゃない。そういうことじゃない。師匠が、どっちがいいと思うか、聞かせて」
『その質問に回答する権限はない』
師匠のいつも通りの答えに、少しだけがっかりした、その時だった。
『おい! そこの馬鹿野郎! テメー! フランを泣かせてるんじゃねー! 俺でも許さんぞ!』
師匠の、優しい声が聞こえた気がした。




