639 アナウンスさんの提案
赤紫の光の奔流を受け止めるゼロスリードの邪気が、急激に減少していくのが分かった。
邪神の聖餐によってロミオから供給される以上に、消耗が激しいらしい。
邪気の盾と光線がせめぎ合って舞い散る邪気の欠片は、次第にその激しさと濃さを増していく。
「フラン! 30秒後! いけるか!」
「わかった!」
シエラがそれだけ叫ぶと、その場で瞑想するかのように、目を閉じて集中を始めた。ありえないほどの無防備さだ。
ゼロスリードが自分を守ってくれるはずだと、信じているのだろう。
(わたしたちもやる)
『……仕方ないな』
もう、無茶するなと言える段階は過ぎてしまった。むしろ、無茶をしなくてはならない場面だろう。
(全部出す)
『全部……か』
(ん。全部。ウルシ)
(オン!)
フランとウルシは、全速力で急上昇していく。攻撃は30秒後だからな。まごまごしている暇はないのだ。
短いようだが、それがゼロスリードの耐えられる限度。シエラがそう判断したのだろう。
「ウルシ、またやるよ」
「オン!」
フランは狼式をやるつもりだった。生命魔術でどれだけ自傷ダメージを軽減できるか……。
フランの言葉に、ウルシは嬉しそうに咆えた。嫌がる素振りなど欠片もない。フランの役に立てることが、心底嬉しいのだろう。
(師匠も。アレ、いける?)
『勿論』
俺が繰り出すのは、修業の成果で手に入れた、最後の奥の手だ。いや、奥の手なんて呼べるほど、高度なことをやるわけではないが。
色々なものを犠牲にして、短時間攻撃力を数段高めるだけである。
簡単に言ってしまえば、全魔力を剣身に込める。それだけであった。
今の俺の保有魔力は10000を超えている。魔力伝導率はSS-。効率は340%だ。
現状で、最低限の魔力を残して全部伝導させた場合――。
《基本攻撃力は35000を超えると試算されます》
そうなのだ。ぶっちゃけ、超絶攻撃力だ。まあ、リスクも超絶だが。
何せその負荷は、完全に俺の剣身の強度を超える。魔狼の平原で散々試したが、2000以上の魔力を伝導させると、色々と反動が現れるようだった。
最初は、振る度に耐久値が減るようになり、さらに込める魔力を増やすと、何もせずとも耐久値が減り始める。
伝導魔力が10000を超えると、剣身の劣化速度が異常に上昇するようだった。1秒で100強。さらに、軽く一振りしただけで1000や2000耐久値が減ることもざらだった。
そこに天断やら剣神化やらのダメージが加われば、1分も持たない。いや、十数秒でさえ危険かもしれなかった。
それでも、フランがやるというのであれば、やらぬわけにはいくまい。
狼式抜刀術+俺の魔力過剰伝導+剣神化。多分、今の俺たちが放てる、最大威力の攻撃だろう。
「ふぅぅぅぅ」
「グルルル」
フランたちは静かに魔力を練り上げ、準備を着々整えている。無論、俺もだ。
『アナウンスさんも、サポート頼む』
《了解しました》
『そういや、急に喋れるようになったか?』
《個体名・師匠のランクが上昇したことで、活動のための領域を僅かに確保することに成功しました》
つまり、俺のレベルアップに合わせて、アナウンスさんの能力が僅かに回復したということだろう。
《仮称・シエラと攻撃タイミングを同期させます。カウント17、16、15――》
アナウンスさんがカウントを進めてくれる。これで攻撃のタイミングもバッチリだ。
ただ、この期に及んで俺は悩んでしまっていた。
潜在能力解放を使うべきかどうか。
正直、魔力過剰伝導と潜在能力解放を組み合わせた経験が今までなかった。ぶっつけ本番で、使うべきかどうか……。
《11、10――》
大魔獣の凄まじい力を見せつけられた以上、出し惜しみをするつもりはない。本気で攻撃するつもりだ。だが、それで俺自身が犠牲になるつもりはなかった。
『フランが悲しむからな』
《潜在能力解放を使用せずとも、大魔獣に規定値以上のダメージを与えられる確率81%》
『潜在能力解放を使用した場合は?』
《大魔獣に規定値以上のダメージを与えられる確率99%。ただし、個体名・師匠に深刻なダメージが残り、今後178日間、能力が著しく低下すると考えられます》
『そうか……』
《また、個体名・師匠が破壊される確率15%》
最悪の事態も考えられるってことか……。
《7、6――》
『潜在能力解放は使わない方がいいか……』
《是。使用を控えることを推奨します》
『だな』
俺が、潜在能力解放を使用しないと決めた直後であった。
「少し、繋がるわね」
『レーン!』
突如現れたのは、レーンだ。やはり俺には精霊が感知できんな。
《4、3――》
ほんの僅かではあるが、俺の剣身に触れたレーンから魔力が流れ込んでくる。今は少しでもあり難かった。
ただ、その直後、思いもよらぬ事態が発生する。
《提案。潜在能力解放の使用を推奨します》
『は?』
もう、攻撃開始直前という時に、アナウンスさんがいきなりそんな言葉を口にしたのだ。
『え? どういうことだ?』
レーンのせいなのか? 何かされた?
《個体名・師匠、個体名・フランたちにとって、最良の選択であると考えます》
『ちょ、そんな……』
《2、1――》
じ、時間が! だが、俺にとってはともかく、フランにとっては最良? そう言われては、使わないわけにいかないじゃないか!
『あぁぁ! もう! 潜在能力解放ぉぉぉ!』
《0》
「ガルルルオオオオオオオ!」
「はああああああああああ!」
そして、フランが再び一条の流星と化した。
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