637 大魔獣の攻撃
「「「「「――うぉおたあぁろおぉぉぉ」」」」」
『今度は水魔術……!』
僅かな爆発を伴うファイア・アローと違って、こちらは一発での攻撃範囲は劣っている。そのかわり貫通力に優れているので、物理的な威力は水の矢の方が上だった。
しかも、生み出された水の矢の本数は、先程のファイア・アローで生み出された火の矢の数を大きく上回っている。
2000本は超えていそうだ。
これも相性の問題だろう。レーンのおかげで、時と水の属性と親和性の高い大魔獣にとって、水魔術の方が得意なのは当然だった。
だったら、なんで最初にファイア・アローを使ったのかが疑問であるが……。単に何も考えずにぶっ放したのか、面での制圧力を優先していたのか。
もし後者だった場合、かなり厄介だ。状況によって属性を使い分けるだけの知能を持っているということだからな。
馬鹿ではないとは思っていたが、想定よりも数段思考力が高いのかもしれない。
(師匠、どうする?)
『シエラたちと合流して、一気に攻撃に転ずる。それしかない』
(ん)
ディメンジョン・シフトとショート・ジャンプで水魔術を回避しながら、俺たちは今後の動きを相談した。
相手が積極的に攻撃を仕掛けてくるようになった以上、様子見もしていられない。時間がかかればかかるほど、物量差によってこちらが不利になっていくだろう。
それにしても、やはり高い知能が垣間見えるな。
水の矢は一定の間隔で、それぞれがぶつかり合わないように計算されて撃ち出されていたのだ。本能だけで動く化け物には、不可能な芸当だろう。
降り注ぐ水矢の嵐は、未だに止まらない。
チュドドドドドドドドド!
流れ矢が周辺に降り注ぎ、四方の大艦隊から打ち込まれた無数の砲弾が、延々と着弾し続けているかのような光景だ。
恐ろしく広い範囲の湖面が激しく荒れて、高い波飛沫が上がり続けている。
相変わらず触手や魔力弾も放たれており、魔獣の半径500メートル圏内に安心できる場所はないだろう。
『これで、外に出てるのはまだ腕一本分かよ』
しかも、邪神の聖餐によって弱体化してるんだぞ?
『シエラたちは……なんとか無事か!』
攻撃が止んだ後に、シエラたちの安否を確認する。
その姿は、俺たちよりも遥か後方にあった。射程圏外まで後退したのだろう。今の攻撃をなんとかやり過ごすことができたらしい。
だが、無傷でとはいかなかった。
特に酷いのがゼロスリードである。下半身が完全に消し飛んでいる。頭部に大きな穴も開き、邪人でなければ即死しているだろう。ようやく再生が始まっている。
シエラも相当深手を負っているが、ゼロスリードに比べれば軽傷だった。
「おじさん! 俺なんか庇わなくても……!」
「ぐ……気に……する、な……」
「だって!」
ゼロスリードがシエラを庇ったらしい。大きくなっても、ゼロスリードにとってロミオはロミオってことなのかね?
まあ、気持ちは分からんでもない。俺だって、目の前に未来から大人のフランがやってきたら、気にかけてしまうだろう。
『一度、距離を取るぞ! シエラたちの近くまで退く!』
(ん!)
この場に留まることの危険性はフランも分かっている。俺の提案に即座に動き出した。
俺たちは転移と高速移動で、射程外まで後退する。
「シエラ、へいき?」
「ああ、そちらも大丈夫か? かなり消耗しているようだが」
「へいき」
「そうか……。分かっていると思うが、チマチマと削っていられなくなった」
「ん」
「まだ、俺たちに全力攻撃が放てる力が残る今のうちに、最大の攻撃を叩き込む」
シエラたちも、俺たちと同じ判断をしたらしい。すなわち、短期決戦である。
「準備の間、俺が囮になろう」
最も回復力の高いゼロスリードであれば、囮役は務まるはずだ。その分、攻撃に割り振れる力は減るが、それはシエラとフランに任せるということなのだろう。
「だからその間に――」
ゼロスリードが言葉を切り、驚愕の表情で背後を振り向いた。同時に、フランたちも同じ方角を見つめている。
《対象の内部に魔力反応。急激に高まっています。回避を推奨》
『まじか!』
アナウンスさんの忠告を聞いた俺は、咄嗟に転移を行なった。直後、10メートルほど横に移動した俺たちを掠めるように、極太の光線が通り過ぎていった。
直撃していないはずなのに、その余波だけで障壁が削られる。凄まじい衝撃が、俺たちを揺さぶっていた。
大魔獣が放った、魔力の光線である。
『魔術の射程から外れても、諦めないのかよ!』
光線の行き先を目で追うと、遥か遠くの湖面に着弾したのが見えた。凄まじい轟音と共に、50メートルを超えるような巨大な水柱が上がる。
『おいおい……あんな遠くにも届くのか』
幸い、周辺に船舶の姿はない。まあ、避難しているだろうからな。だが、今の感じ、あの光線ならもっと遠くも攻撃できそうだった。下手したら湖の中心にいながら、何十キロも先にある陸地にも攻撃を届かせることができるかもしれない。
光線が放たれた角度次第では、大きな2次被害が出るだろう。
《二射目、きます》
『ちっ!』
「わたしが――」
「うおおおおお!」
フランが動く前に大魔獣に突進したのは、ゼロスリードであった。邪気で作った巨大な盾を構えて、自ら光線の射線上に飛び込んだのだ。
放たれた大魔獣の光線と、邪気の盾がぶつかり合い、暴風を伴うほどの衝撃が発生する。
「ぐぐ……ぐううぅぅぅぅ!」
邪気の盾で直撃を防いだとはいえ、凄まじい量の熱がゼロスリードの全身を焼いていた。体の末端が赤熱し、炭化した端から再生し、そして再び燃え上がる。
焼けた体から煙を上げながら、ゼロスリードは光線を受け止め続けていた。
「俺が! 引き受ける! お前たちは! やれ!」
ゼロスリードは首だけをこちらに向けると、大声で叫ぶ。その眼差しは、邪人とは思えないほどに真摯であった。
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