633 邪なる連携
「……むぅ」
現れたシエラとゼロスリードを見て、フランが顔をしかめた。
ただ、それはゼロスリードらに対する悪感情からくるものではなかった。単純に、2人がまき散らす強力な邪気に、無意識に嫌悪感を覚えているんだろう。
「しかし、あの状態でも、倒せないのか……」
未だにフランの斬撃の傷跡が残る大魔獣を見て、シエラが厳しい顔で呟いた。
「……2人とも、邪神の支配はへいき?」
「ああ、問題ない」
「俺もだ」
シエラは所持している魔剣・ゼロスリードの共食いにより、同種の邪気を吸収して力に変換できる。
ゼロスリードも同様だ。
そのおかげで、邪気を媒介にして発動する邪神の支配も、無効化することができているらしい。
ただ、俺は完璧には信用できないと思っている。共食いで力を吸収できているうちはともかく、許容量を超えたらどうなるか分からないからだ。
ただ、シエラたち自身も、そのことは分かっていた。
「早速、俺たちも攻撃に参加させてもらう。ここにいるだけで力が増大していくが、これ以上は制御が危うい」
「俺もだ」
「わかった」
互いの手の内も分かっていないし、厚い信頼があるわけでもない。フランたちは数秒ほど言葉を交わし合い、結局はバラバラに攻撃を仕掛けることにした。
シエラとゼロスリードは協力できるだろうが、フランは無理だろうからな。
それに、彼らの戦いを見ておきたいという理由もある。
『奴ら、あの様子だと最初から飛ばすだろう。俺たちは少しギアを落として、遠距離から弱点探しだ』
「ん」
「オン!」
予想通り、シエラとゼロスリードは邪気を全開にしたまま、大魔獣に突っ込んでいった。
そもそもの疑問なんだが、邪気で攻撃するのか? 邪神の欠片を取り込んでいる相手に対して、効くのだろうか?
いや、それも試してみないと分からないってことだろう。
シエラたちは、それぞれが邪気を撃ち出して、大魔獣を攻撃し始めた。巨大な爆発が起き、無数の触手が吹き飛ばされているのが見える。
邪気でもダメージを与えられるようだ。破邪顕正がそれほどの効果を与えられなかったことからも分かるが、邪神としての性質はそこまで強くないのだろう。
相手を支配する能力に特化したことで、肉体面は普通の生物――とは言えないが、邪神としての属性は薄いのかもしれない。
その後は、俺も遠距離から魔術を放ってみる。浄化や大地、水など、持っている属性を全て試したが、弱点と呼べるものはなかった。
属性的に弱いものがないなら、弱点となる部位はどうだ?
核や、急所は存在しないのだろうか?
攻撃をシエラたちに任せ、こちらを捕獲しようと伸びてくる無数の触手を切り飛ばし、ウルシが噛み砕き、時には転移して回避しながら大魔獣を観察し続ける。
魔力の流れや、濃度。再生する場合に法則はないのか? 攻撃の時はどうだ?
『うーん?』
「なんかへん?」
『そうなんだよな……』
微妙に違和感があるような気がする。だが、俺もフランもその正体を看破することはできなかった。
『結局、力技で削るしかないのか……?』
「わかりやすい」
『そりゃそうなんだが……』
フランの動きが悪くなっていることを、俺は見逃さなかった。肉体的にも精神的にも、フラン自身が自覚していない消耗が蓄積してしまっているのだろう。
『フラン。少しでも回復に努めろ。最後に一発ぶちかますためにな』
「わかった」
触手などを攻撃しながら、どこに攻撃を叩き込むか思案していると、フランとウルシが不意に大きく反応した。
やや驚きの表情を浮かべながら、斜め上を見上げた。
現在、水面近くにいる俺たちから見て、100メートルほど離れた斜め上空に、シエラとゼロスリードがいる。
フランたちが驚いたのは、その2人の放つ邪気が急激に増大しているからだろう。何やら大きな攻撃を放つつもりであるらしい。
『少し離れよう』
「ん」
「オン」
見守る俺たちの前で、シエラたちの準備が進んでいく。並びは、前にゼロスリード、後ろにシエラだ。互いに、邪気を自らの頭上に集中させているようだった。
援護になるかは分からないが、俺たちは派手めな魔術を放って、少しでも大魔獣の注目をこっちに向けようとする。
そうして見守っていると、シエラたちの準備が完了したらしい。
『あれは……邪気の槍か?』
「ゼロスリードのは? 輪っか?」
シエラが生み出したのは、円錐状の形をした邪気の槍であった。圧縮された邪気の塊だ。あれを撃ち出して攻撃するのだろう。
だが、ゼロスリードの頭上にあるのは、いったいなんだ? フランが言う通り、輪っかだ。シエラが生み出した邪気の槍よりも少し大きい直径をした、黒い輪っかが三つ。前後等間隔で連なるように並んでいる。
『ともかく、障壁だ!』
「ん!」
どんな攻撃をくり出すつもりかは分からんが、とてつもない威力になることは間違いないだろう。俺たちはさらに距離を取りつつ、障壁を全開にした。
その直後、シエラが動く。
「くらえぇ!」
シエラが掲げていた右手を振り下ろすと同時に、見えない手で投擲されたかのように、邪気の槍が勢いよく射出された。
俺たちから見ると少々拍子抜けする程度の速度でしかない。いや、邪気をぶつけることが重要なのであって、速度はあまり重要じゃないってことか?
だが、そうではなかった。
邪気の槍の射線上には、ゼロスリードの生み出した3つの輪が並んでいる。なんとその輪を通り抜ける度に、邪気の槍が加速していくではないか。
邪気の流れを制御することで、シエラの放った邪気の槍を一気に加速させたらしい。なるほど、邪気で邪気に干渉する。強力な邪気を扱うことができる、シエラとゼロスリードのコンビにしかできない攻撃だろう。
「はやい!」
俺の念動カタパルト並みの速度に達した邪気の槍が、大魔獣の触手を破壊しながら、その頭部に突き刺さる。
ドゴオオオォォォォオ!
『うぉぉ?』
衝撃波と強い邪気が、俺たちのいる場所にまで吹き付ける。まるで津波のような高波が発生し、湖面が激しく揺れているのが見えた。凄まじい大爆発だ。圧縮された邪気が一気に解放されたのだろう。
シエラとゼロスリードの協力技の直撃を受けた大魔獣には、特大の穴が開いていた。カンナカムイよりもはるかに大きい傷跡だ。
だが――。
『……あれでもダメか』
傷跡はすぐに修復を開始していた。どれだけ攻撃をしてもすぐに再生してしまう大魔獣に、いいかげん辟易してきた。
しかし、その中でも、俺たちには僅かに光明が見えてくる。
『修復は始まったが……。少し遅いか?』
「ん!」
俺やフランの攻撃よりも、再生速度が僅かに鈍っていた。削り続けてきた成果か? それとも、今の攻撃に理由が?
ともかく、その理由が分かれば事態を打開できるかもしれなかった。




