632 必殺技の反動
大魔獣に斬撃を叩き込んだ直後、俺たちは大魔獣からやや離れた位置に転移していた。
「ぐぅ……」
『フラン! 再生を使え!』
「ぬ……ぐ……」
フランは大魔獣の攻撃を直接は食らっていない。しかし、その体は満身創痍だった。
「ごふ……」
吐き出した血には胃の内容物が混じっている。体内の損傷度合を知るのが恐ろしい。
だが、当然だ。
ウルシの本気の攻撃を受けたのである。足などに障壁を纏い、魔術や再生を使ってダメージを軽減していたとはいえ、衝撃は相当なものだったはずだ。
しかも、平原ではその反動を利用するだけだったのに、今回はフラン自身がさらに全力で加速した。
その負荷は想像を絶しているだろう。加速に耐え切れず、内臓や筋肉、骨がボロボロだった。特に足は酷い状態で、内出血と骨折、筋断裂によって腫れ上がっている。
中でも特に酷いのが、折れた肘から骨が見えてしまっている右腕。それと、毛細血管が切れて真っ赤に染まり、血が止めどなく溢れている両目だろう。
こんな状態で天断を放てたのも驚きだし、天断によるさらなる負荷を受け止めて、まだ意識があることにも驚きだ。
「まだ、せんとうちゅう……だから」
戦闘中だから、意識を失うわけにはいかない。それは分かるが、それを実行できるかどうかは別だ。
恐るべき精神力だった。心の底から尊敬する。
俺がフランの立場だったら、痛みと苦しみで泣き叫んでいるだろう。いや、その前にウルシの攻撃の反動で加速しようなどとは考えないと思うが……。
『凄かったぞ! ただ、無茶するなって言ったのに!』
「あれくらいじゃなきゃ、通用しない」
『そりゃそうなんだが……』
「でも……」
『でも?』
「倒せなかった」
マジで倒すつもりだったか!
だが、フランが悔し気に呟く通り、大魔獣を倒しきれてはいなかった。
頂上部の口から、体の半分ほどまでが真っ二つに切り裂かれ、向こう側が見えている。だが、根元付近ではすでに断面から生えた触手同士が絡み合い、修復が始まっていた。
内臓などもないようで、口の下に喉のような空洞が僅かにあり、その先は肉塊が詰まっている。魔石も見当たらない。
『あれでも、生命力が大して減っていないな』
「黒雷神爪……失敗した……」
『さっきの状況じゃ仕方ない』
むしろ、今の一撃が完成型じゃなかったことが驚きだ。フランが言う通り、あの一撃に黒雷神爪の神属性が乗っていれば、本当に倒せたかもしれない。
しかし、まだ瞬間的に発動できないうえに、激痛を堪えているのだ。失敗するのは仕方なかった。
『魔力は、かなり減ったんだ。むしろよくやった』
「ん……」
『それに、まだ終わりじゃないぞ!』
口の中に攻撃した時、明らかにダメージが大きかった。やはり、内部に直接攻撃する方が効くのだろう。
『これでどうだぁ!』
正直、雷鳴魔術の効きはいまいちだ。ならばということで、俺は違う魔術で追い討ちをかけることにした。
火炎魔術のフレア・エクスプロード、光魔術のライト・エクスプロージョンを十数発ずつ、未だに閉じきっていない大魔獣の切断面にばら撒いてやった。
赤と白の閃光が走り、爆音が鳴り響く。
「じいだぁががががぁぁぇ!」
『あれも大したダメージにはならんか』
雷鳴魔術に特別強かったわけではなく、魔術その物が効きづらいようだ。魔術耐性スキルを持っているのかもしれない。
邪神の欠片が混ざり込んでいるせいで、鑑定が効かず、奴の能力は未知のままだ。今まででわかっているのは、再生力が異常に高く、魔術に対して耐性を持ち、他者を支配する能力がある。
弱点としては、肉体の強度そのものはそこまで高くないという点だろうか。それも、再生能力のせいで弱点とも呼べないが。
「オンオン!」
「ウルシ」
ウルシが戻ってきた。しかし、その姿は痛々しい。フランとウルシの奥の手は、両者に凄まじい反動があるのだ。当然、傷を負うのはフランだけではなかった。
すでに再生で治したのだろうが、飛び散った血が顔や肩に付着している。これは、腕を折っただけではないな。
フランを打ち出すカタパルトの役目を果たした右前脚は、内部を奔って暴れ狂う衝撃に耐えきれなかったのだろう。衝撃によって内から裂けたのだと思われた。
「へいき?」
「オン!」
フランがウルシの鼻面を撫でてやっている。
すると、こちらに近寄ってくる気配を察知した。だが、敵ではない。
「こ、これは、凄まじいことになっているな。あれをやったのか……? なんという……」
「おいおい、派手だな」
「……時間切れ」
『だな』
2つの人影が近寄ってくる。敵ではないんだが、正直これ以上は近寄ってほしくない。
「ここからは俺たちも加勢する」
「……なんでも、命令してくれ」
やってきたのは、ミューレリアさえ遥かに超えるような邪気を身に纏った、シエラとゼロスリードであった。




