627 見えた希望
「そうね。それができれば、確かに誰も死なないかもしれない」
ウィーナレーンがそう呟く。
「だとしても、危険なことに変わりはない。死なないだけで、力の大半を失うようなことになるかもしれない」
「それは覚悟している。だが、俺たちは、ロミオとおじちゃん――ゼロスリードを、見捨てることは絶対にしない。救ってみせる」
シエラもそれは最初から理解しているらしい。彼らの最大の目的は、今のロミオとゼロスリードを守ることであるようだな。
「救いたいというのなら、儀式を止めさせたらどうなの?」
「……完全復活した大魔獣を野放しにすれば、どうせこの大陸にいる者たちは全滅だ。それほどの存在だ。だったら、少しでも生き残る可能性にかけた方がいい」
シエラたちは大魔獣を見るのは2度目だ。その恐ろしさが理解できているらしい。大陸が滅ぶなんて言い切るくらいだからな。
実際、そう語るシエラの顔色は悪い。大魔獣のことを思い出し、恐怖を覚えているようだった。
だからこそ、邪神の聖餐を使って大魔獣を封印することには賛成なのだろう。そのために自分たちを危険に晒そうとも。
ただ、これってレーン的にはいいことなのか?
フランがウィーナレーンを止めようとしていたのは、ロミオとゼロスリードが死ぬと聞かされていたからだ。
だが、シエラたちが加わることで死ぬ危険がなくなった。つまり、フランにとっては儀式を止める理由がなくなってしまったのだ。
正直、半身であるレーンを滅ぼしたくないというウィーナレーンと、滅ぶことで自分もウィーナレーンも解放したいというレーンも、どちらも理解できてしまう。
ただ、レーンを滅ぼそうとした場合、ウィーナレーンと完全に敵対してしまう。
その危険を冒してまで、レーンに与したいかと言われると……。俺なら、このままウィーナレーン側に付いてしまうだろう。
レーンもそれは理解しているようだ。自分でシエラたちを連れてきておきながら、どこか困った顔をしている。
「彼らの出番がないのが、一番良かったのだけど……」
なるほど、保険のような扱いだったのか。ウィーナレーンが大魔獣を滅ぼす決意をしてくれれば、問題なし。
だが、説得できなかった場合は、大魔獣を封印しなくてはならない。その場合、邪神の聖餐が必要になる以上、シエラたちは必要。そういうことなのだろう。
「ウィーナレーン……」
「……何度聞かれても、私は……」
穏やかになりかけていたウィーナレーンとレーンの間に、再び緊張感が漂い出す。
俺から見ても、この2人の意見は平行線のまま交わることはないだろう。主導権を握っているウィーナレーンが折れない限りは。
そして、先程の狂乱を見れば、折れる未来が想像できない。
だが、そこに割って入ったのは他でもないフランだった。
格上が放つ威圧感に挟まれながらも、果敢に質問をぶつける。
「ねぇ。本当にどっちの願いも叶える方法はないの?」
「それは無理なのよ。フラン。私は滅びたい。でもウィーナレーンは――」
「レーンを滅ぼすなんて絶対にごめんよ。いつか、レーンを復活させて、私はウィーナに戻る」
「そこ」
フランが指をピッとレーンに付きつけると、首を傾げた。
「レーンが滅びたい理由は、ウィーナレーンのためなんでしょ?」
「そうよ。精霊を通じて、ウィーナレーンのことを見守ってきたわ。でも、私のために、無理をする姿はもう見ていられない。それに、最近のウィーナレーンはどこか変よ」
「私が、変?」
「ええ。でもね。その理由が、師匠たちのおかげで分かった。いくら双子同士だとしても、2人の人間の精神が混じり合って、正気なままでいられた方が奇跡だったのよ」
ああ! ウィーナレーンの精神状態がおかしいのは、レーンに出会ったことが原因だと思っていたんだが……。ウィーナとレーンの意識が混じり合ったことで、無理が生じ始めているのか!
それって、やばくないか? ウィーナレーンが狂って暴れ出したりしたら、国なんか簡単に滅ぶだろう。脅威度で言えば、A以上は確実だった。
「主体である私が滅べば、ウィーナレーンはウィーナに戻れるはず。ウィーナのためだけじゃない。それで、大勢の人々が救われる」
狂い始めた兆候の見えるウィーナレーンを、正気に戻す。それが、レーンが滅ぶことにこだわる理由か。
「つまり、レーンが元の姿に戻って、ウィーナが解放されればいい。滅ぶ必要はない」
「さっきも言ったけど、私が大魔獣の中から分離してしまえば、大魔獣が力を取り戻してしまう」
「邪神の聖餐で、どうにかできないの?」
フランの言葉に、俺は感心してしまった。そうだ。レーンの代わりに、邪神の聖餐で力を抑えたらどうなんだ?
今の、不完全に復活した弱体化中の大魔獣であれば、ウィーナレーンの力があれば滅ぼせるんだよな? レーンが身を挺して施した弱体化の代わりを、邪神の聖餐で行えば?
だが、ウィーナレーンもレーンも、揃って首を横に振っている。
「弱体化させることはできる。でも、滅ぼす方法がないわ」
「ウィーナレーンなら倒せるんじゃないの?」
「邪神の聖餐を使って魔獣を弱体化させるための儀式は、私しかできない。でも、その儀式を行なえば相当消耗するでしょう。滅ぼすほどの力など残らないわ」
「レーンに代わりにやってもらえない?」
「ごめんなさい。私のこの体は仮初のもの。本来の権能である、時と水の力はある程度使えるけど、それ以上のことはできないの」
「そう……」
都合よくはいかないか。
「せめて、あの魔獣がもう少し弱体化してくれていれば……」
「どういうこと?」
「大魔獣の力がもっと弱ければ、儀式を行なった後に残った力でも、倒せる可能性があるわ」
「それって、ダメージを与えて弱らせればいいってこと?」
「無理よ。大魔獣には近付けない」
ウィーナレーンが、悲し気に呟く。
近付けない? 障壁が硬いとか、反撃が強烈だっていうなら分かるが、近付けないっていうのはどういうことだ?
すると、レーンたちが簡潔に教えてくれた。
「あなたは知らないかもしれないけど、邪神というのは生きとし生けるもの全てを支配し、狂わせる力を持っている。私のように精霊化していない限り、抗うことは難しい」
「弱い人間は、近づいただけでも狂ってしまうのよ。そして、あの大魔獣の内に眠る邪神の欠片は、邪神の喉。その放つ声は、より強い呪いの力を持っている」
ウィーナレーンがそう言って、大魔獣を指差した。
「この距離で。大魔獣の声が聞こえないことに、違和感はないかしら? まだ封印から抜け出す途中だと言っても、声くらいは聞こえてもいいはずよね?」
そうだ。実際、俺たちはその咆哮を聞いている。
「この舞台には、大魔獣の声を遮断するための結界が備わっているのよ」
なるほど、距離があるせいかと思っていたら、この舞台を囲む結界のお陰だったのか。
「私ですら、あの魔獣には必要以上に近付けない。支配されてしまうから。その前に、奥の手を一発ぶち込んで滅ぼすことはできても、何度も攻撃を加えて、弱らせることは無理」
つまり、零か十かしかないってことか。滅ぼせなければ、その後に大魔獣に支配されてしまう。だから、一発デカイの当てて倒さなければならない。
しかし、今の話を聞いて、俺とフランにはある希望が生まれていた。
『邪神の支配ね……』
(師匠なら、だいじょぶ?)
『ああ、そのはずだ』
以前、フェンリルが言っていた。地球人である俺の魂なら、邪神の支配は及ばないと。
『問題は、装備者であるフランがどうかってことなんだが……。アナウンスさんは、分からないか?』
《剣とは装備者と不可分の存在です。装備者であるフランも、邪神の支配を無効化することが可能です》
『ウルシはどうだ?』
《師匠との魂の繋がりを確認。ウルシも、邪神の支配を無効化することが可能です》
『よし! 俺たちなら戦えるってことだな!』
《是。問題ありません》
サンキュー、アナウンスさん。やっぱり頼りになるね!
『フラン、ウルシ。聞いてたな?』
(ん! 私たちなら、ロミオもウィーナレーンもレーンも。ついでにゼロスリードも助けられる!)
(オン!)
今週は少々忙しく、次回の更新は13日となります




