626 人の数だけの願い
「ウィーナレーン。今の貴女であれば、不完全な復活を遂げた大魔獣を滅ぼせる」
「いやよ!」
「幾ら封印していると言っても、いつ今回のように復活を目論む輩が出てくるとも限らない。滅ぼすべきよ」
「いや!」
ウィーナレーンが子供のように、両手で顔を覆い、イヤイヤと首を振る。それを見て、レーンは攻め方を変えることにしたらしい。
「私も、いい加減滅びたいの……。もう、暗い湖の底で、封印され続けるのは疲れたのよ」
「いや! いやなの!」
「ウィーナレーン……」
「なんでそんなこと言うのよ! 私は、ウィーナとレーンに戻るために、ずっと頑張ってきたのに!」
幼児退行しているようにも見えるウィーナレーンは、大粒の涙を流しながら絶叫した。いや、双子の姉妹であるレーンに出会ったことで、本当に子供の頃の気持ちに戻ったのかもしれない。
「他の人間なんか! どうでもいい! 私はただ、あなたを取り戻したいの!」
「それは、無理よ」
「無理じゃないわ! いつかレーンと魔獣を分離できた時のために、準備もしてる! レーンの夢だった、魔術学院を開いた! 精霊化したままだった時のために、精霊が学院内で動きやすいようにシステムも整えた! レーンがやってたみたいに孤児院に寄付をして、レーンを認めさせるために国を守ってやってもいる!」
狂気さえ垣間見えた叫びに、フランが軽く後退った。その尻尾が左右にユラユラと揺れ、耳はペタンと伏せられている。かなり気圧されているのが分かった。
「ウィーナレーン……」
レーンの顔が悲し気に歪む。それも仕方ないだろう。
聞いている限り、ウィーナレーンはレーンのために人生を捧げている。全ての行動がレーンのため。そう言っても過言ではないかもしれない。他人へ向ける優しささえも、レーンのためであった。
レーンが言っていた解放してあげたい相手とは、ウィーナレーンなのだろう。
「私はただ……またレーンと……」
「私が分離してしまえば、大魔獣は全盛期の力を取り戻してしまう。それこそ、世界が滅びかねないわ」
「そんなの知らないわ。あなたがいない世界なんて、どうでもいい……」
やばいな。売り言葉に買い言葉なのか、段々とウィーナレーンの表情が暗くなっていくのが分かる。いや、レーンと話している内に、押し殺していた激情が制御できなくなってしまったのかもしれない。
「分離……。今なら、もしかしてやれる……? 邪神の聖餐を使えば、邪神の力を引き剥せるんじゃ……? そうすればレーンを取り戻せる……? 世界なんてどうでもいい……」
ウィーナレーンの思考が完全に闇落ちしかけている。
それを見て、レーンが悲し気に肩を落とした。
「本当は、邪神の聖餐なんか使わずに、ウィーナレーンがこのまま大魔獣を滅ぼしてくれればよかったのだけれど……」
「……!」
レーンの呟きに敏感に反応したウィーナレーンは、血が出るほどに唇を噛みしめながら、何度も首を横に振る。
「とりあえず、一番の問題点から解決しましょうか」
「一番の問題?」
フランが難しい顔で呟く。そもそも問題があり過ぎて、どれがレーンの言う一番なのかもよく分からん。
「邪神の聖餐を使えれば、色々と助かるのはわかる? 倒すにしろ、封印をするにしろね」
「でも……」
「ロミオかゼロスリード、どちらかを犠牲にしなければならない?」
「ん」
「なら、彼らの力を借りればいいわ。出てきて――」
レーンが軽く手を横に振ると、その場所に黒い光が渦巻く。見た感じ、ディメンジョン・ゲートに似ていた。
直後、その中から人影が出てきたではないか。現れた人物を見て、フランが小さな歓声をあげた。
「シエラ! 無事だった」
「ああ、なんとかな」
ゼライセへの足止めとして残ったシエラたちであったが、強力な魔石兵器を使用され、死にかけたらしい。
だが、そこをレーンに救われていた。
水の触手に絡めとられ、水の中に引きずり込まれた直後、転移の力で湖のどこかにある小島へと逃されたのだ。
「そこで体を休めていたんだが……」
レーンに呼び出され、今に至るというわけか。
「シエラたちが無事な理由は分かった。でも、どうしてここに呼んだ?」
「彼らの望みだったから。それに、私の目的にも沿っている」
彼らの目的? そもそも、シエラとゼロスリードの目的はゼライセへの復讐じゃないのか?
「ウィーナレーン。その儀式には、俺たちも加わる」
「はぁ? あなたたちは、誰?」
ウィーナレーンはシエラのことを知らない? いや、住んでいる町も違うわけだし、あえて会おうとしなければ、おかしくはないか?
「ランクE冒険者のシエラ。本当の名前は、ロミオという。そして、この剣は俺の相棒。インテリジェンス・ウェポンのゼロスリードだ」
「……え?」
ウィーナレーンであっても、即座にその言葉の意味を理解することはできなかったらしい。意外だが、前のロミオやゼライセと、ウィーナレーンは全く接点がないようだった。
そこに、レーンが軽く説明をする。疑いの眼差しをするウィーナレーンであったが、半身とも言えるレーンの言葉で信じることにしたのだろう。
「そう……なの。確かに、面影がある」
時間を超えた存在を目の当たりにした衝撃により、逆に思考が落ち着いたらしい。闇落ち状態から僅かに抜け出したようだ。
ウィーナレーンの瞳に、理性的な光が戻ってきた。
ロミオとシエラの顔を見比べている。
「そこは理解したわ。では、大人になったロミオ。あなたの目的とは?」
「邪神の聖餐で、ロミオもゼロスリードも殺させない。それが俺たちの望み」
そう宣言したシエラが、呆然と自分を見上げる、今のゼロスリードを見た。
「ロミオ……だと……?」
「うん。そうだよおじちゃん」
「は、はは……夢なのか……?」
「邪神の聖餐の負荷を一身に背負えば。その者は死ぬ。だったら、負荷を俺やこの剣に分散させれば?」
「なるほど。そういうこと! 2人のロミオと、2人――と呼べるかは分からないけど、このゼロスリードと、剣のゼロスリード!」
「ああ。そうだ。邪神の聖餐の効果は上昇し、負荷は俺、今のゼロスリード、魔剣ゼロスリードの3人で分担する」
つまり、邪神の聖餐を使っても、誰も死なないということだった。




