625 レーンの願い
「もう1度聞く。ロミオとゼロスリードが死ななくて済む方法は、ない?」
「ないわ」
フランの質問に対し、威圧感を発したまま間髪容れず答えるウィーナレーン。取り付く島もないとはこのことだろう。
しかし、俺には分かる。その言葉の裏に隠された真実が。
『フラン……嘘だ』
(今の、ウィーナレーンの?)
『ああ、そうだ』
つまり、ロミオたちを犠牲にせずとも、済む方法があるのだ。
「……嘘」
「嘘ではないわ」
『やっぱり嘘だな』
嘘ではないという言葉が嘘だった。
「ロミオたちが死ななくていい方法を教えて!」
「……ないわ」
「嘘」
「……ちっ」
確信した表情のフランを見て、自分の嘘が完璧に見抜かれていると理解したのだろう。ウィーナレーンの目が鋭く細められた。
その身から放たれる威圧感が増す。すでに殺気と呼んでもよいだろう。
「私がないと言っているの。それでは納得できない?」
「ん」
「……はぁ」
明らかに苛立っている。だが、それでもいきなりフランを排除しようとしないだけの、分別は残っているようだ。
いや、儀式の最中であるせいで、攻撃ができないだけか?
ウィーナレーンの放つ殺気は、手を出さないことが不思議なほどに、禍々しい。
これはウィーナレーンか? いや、これが本当のウィーナレーンなのか?
ウィーナレーンが忌々しそうな口調で、再度口を開く。
「では、それで違う人間が死ぬとしたら?」
「どういうこと?」
「ロミオとゼロスリードを殺さずに事態を治める。そんな方法があったとしましょう。それが、結局違う人間を生贄にする方法だったとしたら、あなたはどうするの?」
「それは、誰なの?」
「例えばの話よ」
「それは――」
「その犠牲とやらを、気にすることはないわ」
フランが口を開こうとしたその時だ。その言葉を遮るように、少女の声が聞こえた。
「……え?」
ウィーナレーンがフランの背後を見て、目を見開いている。驚愕の表情だ。怒りから無表情。そして苛立ちから驚愕と、なかなか忙しいね。
「……レーン……なの……?」
ウィーナレーンが、擦れた声で呟く。そう、乱入してきた声の正体は、美しいオッドアイを持つ精霊の少女、レーンであった。
「ちょっと、姿が違う?」
「精霊になった私にとって、姿形なんてかりそめのものにすぎないけど……。一応、これが本当の姿と言っていいかしらね?」
フランが言う通り、地面スレスレに浮かぶレーンの姿はかなり違っている。声と目の色が同じでなければ、即座には分からなかったかもしれない。
今のレーンの姿は、ウィーナレーンと双子と言われても納得できるような、非常に華奢で細い、エルフの特徴を色濃く反映した外見をしている。耳も長い。
「生き延びてくれて、よかった。フラン」
どの口が言うのかと思ったが、その言葉に皮肉や悪意は感じられない。心の底から、フランの無事を喜んでいるようだった。
「久しぶりね、ウィーナ」
「ええ! 何百年ぶりかしら……」
「もう、放っておいても大魔獣は復活してしまう。私と、貴女の中のレーンが惹かれ合ってしまったとしても、もう関係ないから」
そういえば、ウィーナレーンが湖に近づきすぎると、大魔獣が活性化して封印が緩んでしまうんだったな。
だから、レーンはウィーナレーンに会えなかったのだろう。しかし、復活がすでに止められない以上、もう会わずにいる意味はないってことか。
だが、2人の表情は対照的だった。ウィーナレーンは、泣きそうな顔をしている。しかし、その中にあるのは間違いなく喜びだった。
だが、レーンは無表情。しかも、そこに喜びの色はなかった。むしろ、失望しているようにさえ見える。
だが、何に対してだ? それに、さっきの言葉の意味も分からない。
「ねえ。犠牲を気にすることはないって、どういうこと?」
「ふふ。だって、犠牲になるのは私だもの」
「え?」
首を傾げるフランの横を通り過ぎ、レーンがウィーナレーンの前にスーッと進み出た。
「ウィーナレーン……。あなたは、大魔獣を再封印するつもりなのね?」
「そうよ。今なら、邪神の聖餐を使って再封印までもっていける。そうでしょ?」
「……そうね。再封印、できるかもしれない」
「でしょう?」
「でも、あなたは分かっているでしょ? 私が、それを望んでいないと」
レーンがそう告げた直後、ウィーナレーンが今にも泣きそうな表情を浮かべる。
「……レーンの目的は、なに? 大魔獣を復活させて、何がしたい?」
「私はね、滅びたいの。だから、再封印では困るのよ」
「どうして滅びたい?」
てっきり、封印されることが不満で、復活を目論んでいるのかと思っていた。何せ、レーンと大魔獣は繋がっており、自分でその封印を解いたのだから。
しかし、どうやら彼女の動機は、俺たちが考えていたものとは違っているようだ。
「いい加減、解放してあげたいのよ」
解放されたいじゃなく、あげたい? つまり、自分がどうこうというわけじゃないのか?
「ウィーナレーン……。あなたなら、私を滅ぼせるはずよ」
「……」
レーンの言葉に、ウィーナレーンが返したのは無言であった。だが、その内に渦巻く激情は、強く握り込まれた拳の間から流れ落ちる、赤い血が証明している。
「ウィーナレーン――」
「いやよ! なぜあなたを滅ぼさなくちゃならないの!」
「お願いよ」
「いや! いやよ! あなたがいなくなるなんて、絶対に許さない!」
そう絶叫するウィーナレーンは、まるで駄々っ子のように見えた。




