624 生贄
セフテントに戻った俺たちは、そのまま野営地に飛び込んだ。しかし、そこにウィーナレーンやロミオの気配はない。
『どこいっちまったのか……。ウルシ、匂いをたどれるか?』
「オン……」
ウルシは頷きはするものの、なんとなく自信なさげだ。
この周辺に匂いは残っているらしい。しかし、それがどこに向かったのかはあいまいなのだろう。
それでも手掛かりを求め、フランはウルシの先導で歩き出す。
「こっち?」
「オン!」
脱出準備に忙しい町民たちの間を縫い、ウルシがたどりついたのは港であった。
その視線は、湖を――大魔獣を向いている。つまり、ウィーナレーンは魔獣を封印しに向かったということだろうか?
『ウィーナレーンとロミオ、ゼロスリードの匂いが、同じ方向に向かっているんだな?』
「オン」
ウィーナレーンが2人を連れていったことは間違いなさそうだ。やはり、ロミオの力を使おうというのだろうか?
フランがウルシの背に飛び乗って、大魔獣を指し示した。
「追う!」
「オン!」
フランに促されたウルシが、キリッとした表情で再び駆け出す。
そうして、湖の上を再び駆けること数十分。
『見えたぞ! あそこだ! 間違いなく、ウィーナレーンがいる!』
「でも、あれ……」
『ああ! 最悪の想像が当たっちまってるかもしれん!』
大魔獣にほど近い湖上。そこに、直径15メートルほどの円形の舞台のような物が出現していた。
純白の石が敷き詰められ、四方に同じ材質の柱が建てられている。
大魔獣が封印されていた神殿に、雰囲気が非常に似通っているように思えた。だが、重要なのはその上にいる人物たちだ。
その舞台の上に、ウィーナレーンがいた。ロミオも、ゼロスリードも一緒だ。
いや、あれを一緒と言ってしまっていいものか……。
舞台の中央に設置された祭壇のような場所に、ロミオとゼロスリードが寝かされていたのだ。明らかに生贄のポジションだろう。
本気で、ロミオたちを生贄にして、何かをするつもりなのか?
「ウルシ! あそこおりて!」
「オン!」
フランの指示通り、ウルシが舞台に降下していく。だが、もしかしてもう手遅れだったか?
周辺には濃い魔力が渦巻き、明らかになんらかの儀式が進行中であるのだ。
「ウィーナレーン!」
「……フラン。来たのね」
「何をやってるの?」
「封印のための儀式の最中よ。邪魔しないでちょうだい」
近くで見ると、ロミオとゼロスリードの手足は水の枷によって囚われ、無理やり拘束されているように見えた。
フランの目が鋭く細められる。
「ロミオとゼロスリードに何をするつもり?」
「この2人には、封印のための礎となってもらう」
「……生贄ってこと?」
「そうよ」
「!」
あっさりと認めたな!
だが、ウィーナレーンに後ろめたさは感じられなかった。当然のことのように、頷く。
「フラン、これは必要なことなのよ」
「でも――」
「待ってくれ。俺たちのことは、気にしなくていい」
フランの言葉を遮ったのは、他でもない、囚われているゼロスリードであった。ロミオは寝ているが、ゼロスリードは意識があったらしい。
「……どういうこと?」
「死ぬのは俺だけだ。ロミオは助かる。そうだろ?」
「ええ。ロミオの中に封じられているスキル、邪神の聖餐。その負荷をあなたが全て肩代わりすれば、ロミオの命は助かる」
「そういうことだ。だから、大丈夫だ」
つまり、ロミオの代わりにゼロスリードが死ぬ? そういうことか?
「ゼロスリードが死んだら。ロミオも死んじゃうんじゃないの?」
「その契約は、もう解除したわ。でも、一度生まれた繋がりは、簡単には消えない。その繋がりを利用すれば、本来はロミオに流れる負荷を、ゼロスリードに流すことも可能となる」
正直、それならかまわないかと思ってしまった。しかし、それに異議を唱える者がいる。
「……ロミオも、ゼロスリードも死なない方法はないの?」
「あら? ゼロスリードも助けたいというの?」
「……約束した。契約が解除された後、ゼロスリードの命を対価に、ロミオを孤児院に連れていく。つまり、そいつの命は私のもの」
「だからどうだというの?」
「勝手に死んだりするなんて、許さない。それに――」
「それに?」
「目覚めた時にゼロスリードがいなくなってたら、ロミオがかわいそう……。私も、目が覚めた時に師匠がいなくなってたら、悲しいから」
フランは、ロミオと自分を重ねているようだった。
「ふぅん? つまり、私に逆らうということかしら?」
そう呟いたウィーナレーンから、恐ろしいほどの魔力が放たれる。威圧しているつもりなんだろうが、この殺気だけでも一般人なら殺せるだろう。
ウィーナレーンの殺気に当てられ、フランの額から冷や汗が噴き出す。だが、ウィーナレーンを睨みつける目は、決して逸らされることはなかった。
「もう1度聞く。ロミオとゼロスリードが死ななくて済む方法は、ない?」
レビューをいただきました。ありがとうございます。
自分が気を付けている部分を褒めてもらうと、こんなに嬉しいんですね。
これからも頑張ります。
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