619 師匠復活
「だから、逃げてって言ったのに……」
「レーン?」
「もう、遅いわ……。だって、まさか、本当にこんな機会が巡ってくるなんて思ってもいなかったもの……」
『レーン! どういうことだ!』
突如目の前に現れたレーンの言葉は続く。
「ありがとう……。フラン。あなたのおかげで、湖の大魔獣が不完全な復活を遂げる……」
「レーンが……やったの?」
「そうよ」
信じられない様子のフランに対し、罪悪感の表情を浮かべながらも、はっきりと肯定するレーン。
「なんで……?」
「あなたには本当に逃げてもらいたかったのだけど……。もし、生き延びることができたらウィーナレーンに伝えて。覚悟を決めろと……。それで伝わるから。それじゃあ、さようなら」
レーンは一方的に告げると、やはりいつものように唐突に消え去ってしまうのであった。
ゼライセは未だに触手を振り解けていない。
「くそぉぉぉぉぉぉ!」
透過能力を使わないのかと思ったら、どうやら発動が上手くいっていないようだ。
なんというか、体の一部だけが透過状態? そんな感じだ。現に触手の一部がゼライセの体を通り抜けてしまっている。
ただ、体全部が透過状態になっているわけではないので、無数に伸ばされた触手のどれかがゼライセに巻き付いてしまっていた。
その部分の透過に成功しても他の部分の透過に失敗し、結局触手に捕まってしまうということを繰り返している。
『フラン! ウルシ! とりあえず逃げるぞ!』
ここは脱出あるのみだ。
「ん!」
「オン!」
「あああああああああああああ!」
ゼライセの絶叫を背に、俺たちは全速力でその場を離脱する。
空間転移で一気に離れようとして――失敗した。
『え?』
「?」
転移が発動しなかったわけではない。予定通りに転移できなかったのだ。
本当だったら上空数十メートルまで一気に逃れるつもりだったのが、数メートル横に移動しただけだった。
透過状態のゼライセが触手に捕まっていることも合わせると、時空魔術を乱すような何かがこの辺りに存在するのだろう。
時の精霊であるレーンの仕業か?
『走って逃げるしかない!』
「ん!」
「オン!」
神殿の床から湧き出してくる無数の透明な触手から逃れるため、フランとウルシは空中跳躍で一気に跳び上がった。
そのまま宙を蹴って、襲いかかってくる触手を躱し、時には魔術で迎撃する。だが、触手を破壊することはできるものの、増殖する速度の方が速かった。
しかも、消耗のせいで閃華迅雷は使えない。
段々と逃げ場が削られていくのが分かった。武闘大会で対戦した糸使い、フェルムスの攻撃を思い出す。
『やばい! このままだと触手の壁に閉じ込められる!』
「む!」
大量の触手は下からではなく、四方から伸びてくる。このまま苦戦していると、触手のドームに閉じ込められるかもしれなかった。
フランはボロボロの体に鞭を打って、さらに速度を上げる。その顔は苦痛に歪んでいた。
くそ! 俺の調子が万全だったら!
そう考えた直後であった。
『いや、まてよ……もしかして!』
慌ててステータスを確認する。
『やっぱり! もう少しだ!』
上手くやれば、一気に全回復できるかもしれない。
『魔石は――持ってない!』
そう。俺が確認したのは、自己進化の項目だ。あと魔石値を50ほど得ることができれば、俺はランクアップできるはずだった。
しかし、次元収納にも魔石など入っていない。ゴブリンの死体が少しあるが、それではとても50もの魔石値を得ることなどできなかった。
『フランの収納にも魔石なんか入ってないよな?』
「ん……」
いや、まてよ。
『魔石なら持ってそうなやつがいるだろうが! フラン、少しだけ耐えろ!』
「ん!」
俺はフランの手を離れ、一気に下降した。
「ゼライセェ!」
「だ、誰?」
どこまで誤魔化せるか分からんが、分体創造で作り出した分身でゼライセに駆け寄る。
「魔石を持ってるなら寄越せ! 上手くいけば、お前も助かるかもしれんぞ! それに、今だけはお前のことを見逃してやる!」
「え? え?」
「早くしろ!」
「あーもう! 訳分からないけど、もうやけくそだ!」
ゼライセは一瞬混乱していたが、自分だけでは脱出が難しいとも分かっているんだろう。疑いつつも、俺の言葉に従ってみることにしたらしい。
懐から中くらいのサイズの魔石を取り出す。ローブの中にアイテム袋でも入れているようだ。
ゼライセはそのまま手首のスナップだけで、分体に向かって魔石を放り投げた。多分、脅威度CかBレベルの魔獣の魔石だ。
「もってけ、ドロボー!」
「はっはぁ! 頂きだ!」
魔石を受け取ると、体がブラインドになるようにゼライセに背を向け、本体で吸収する。まあ、何をやってるのか少し考えればバレそうだが、一応ね。
『きたきたぁ!』
ボロボロだった本体が一気に修復され、莫大な魔力が溢れ出すのが感じられた。
それに、神属性によるダメージも残っていない。
『完全回復だ!』




