616 魔石使いの天敵
魔石兵器が消えたことで、神殿を覆っていた不気味な魔力が消え去った。
だが、安心する余裕はない。
(師匠、だいじょぶ?)
『……大丈夫、と言いたいところなんだが……』
結構まずい。
大量の魔力を吸収した混乱からはなんとか抜け出したんだが、無理をしたせいで普通に剣としての能力が大幅に低下している。
耐久値が大幅に減ったうえ、全く回復が始まらないのだ。小さい刃こぼれが残ったままという時点で、自己修復が機能していないことは明白だった。
神属性を使い過ぎた反動だろう。
『正直、今の俺で奴と斬り合うのは、かなり危険だ』
(わかった)
ゼライセは未だに呆然としたままだが、いつこちらに襲いかかってくるかわからない。
そう思っていたんだが、次にゼライセが発した言葉は、俺たちの想像とは全く違っていた。
「はは……あははははは! 凄い! 凄いよフランさん! さすがだね!」
心底楽し気に笑い出したのだ。嘘ではない。本気でそう言っている。
やはり、こいつの脳内は俺たちには想像できんな。
「いやー、前の僕が、君のことを随分と警戒しててさぁ。意味がようやく分かったよ。きっと、フランさんに酷い目にあわされたんだろうねぇ」
どういうことだ? 今のゼライセと前のゼライセは、手を組んでいるわけだよな? だが、今の言葉から考えるに、前のゼライセがフランを警戒する理由を詳しく知らないような感じだった。
「前のゼライセ?」
「フランさんはさ、僕と前の僕がどんな関係だと思う?」
「仲間。ゼライセ1匹でも嫌なのに、2匹になってもっと最悪」
「ひ、匹?」
「害虫は、1匹2匹で数える」
「あ、あはは! こりゃあ手厳しいね!」
フランの口が悪い。こりゃあ、かなり機嫌が悪いな。大魔獣の封印を無責任に解こうとしているゼライセに、強い怒りを感じているんだろう。
「ま、まあ、フランさんが僕をどう思ってるかはおいといて――」
「クソ虫」
「おいといて! 僕と前の僕はさ、せいぜいが研究の同志って感じかな? 意外とドライな関係なんだよ? たぶん、フランさんが思ってるような、なんでも言い合えるような仲じゃないのさ」
「なんで? 前の話を聞いておけば、失敗をなくせる」
「だって、つまらないじゃないか」
またそれだ。だが、ゼライセの行動理念において、そこは絶対外せない部分なんだろう。
「先のことを知って、その通りに動く? なんてつまらない! それにさ、未来なんて簡単に変わっちゃうんだ。前の僕だけじゃなくて、前のロミオくんや、前のゼロスリードさんがいるんならなおさらさ」
それは確かにそうだ。実際こっちでは、シエラが動いたことによって、ロミオとゼロスリードはゼライセに捕まっていない。
「そんなあやふやな情報を頼りに動くなんて、危険すぎるだろ? だから、僕は前の僕から、以前の時間軸で何があったのか、ほとんど聞かないようにしてるのさ。せいぜいが、研究成果のデータをもらうくらいかな」
つまり、今のゼライセは、前のゼライセから前の情報をほとんど聞いていないってことか。
「前の僕も、その辺はしっかり理解してくれてるからさ。無理して情報を教えるようなこともしてこないんだ。いやー、自分同士っていうのは、こういう時に便利だよね。一言で、全部理解してくれるんだもん」
確かに、普通だったら前の時間軸で何があったのか、しっかり教えようとするだろう。それこそ、どんな失敗をして、どんな敵と出会うか、詳細な情報を知りたいし、教えたい。
少なくとも俺だったら、もう一人の自分に絶対に詳細な情報を教えるだろう。
「でもね、前の僕が、1つだけ慎重になるっていうか、口出しをする相手がいるんだよ。僕が嫌がるから詳しくは言わないけど、前の時間でかなり苦汁をなめさせられたみたいだね」
「それが私?」
「そうなんだよね。例えば君と初めて出会った、バルボラ。あそこでは、大量の魔石兵を暴れさせる予定だったんだ」
「大量?」
「100体は用意してたんだよ? でも、前の僕が無駄になるだけだから絶対にやめておけってうるさくてね。その魔石を、他の計画に回した方がいいって珍しく言い張ったもんで、計画を変更したんだよ」
なるほどな。多分、前のゼライセは、バルボラで大量の魔石兵を投入して、フランに全滅させられたんだろう。口ぶりからして、ほとんどなんの効果も上げられなかったに違いない。
結果に大差がなく、ゼライセにとって貴重な魔石を温存できるなら、確かにバルボラで魔石兵投入を諦める方が得だ。
俺にとっては非常に残念だけどな。だって、100体の魔石兵となれば、どれだけの魔石値が貰えることか。
当時の俺たちにとっては凄まじいボーナスだったに違いない。
「まあ、今のを見てたら、前の僕が君を警戒する理由が分かった。いや、君じゃなくて、君の剣なのかな? まあ、フランさんのスキルって線もあるか。ともかく、君は魔石を消滅させる力を持っている。それこそ、魔石の能力や力、種類も関係なく、少しでも傷付ければオッケーらしい」
「……」
「ふふん。警戒してるねぇ。当たらずといえども遠からずってことかな?」
ちっ、俺の能力がかなりばれてしまったか! 魔石兵に魔石剣ときて、巨大魔石兵器だ。これだけ目の前で何度も見せれば、気付かれるのは当たり前だろう。
「魔石使いを自認する僕にとっては、最悪の相性だ。天敵と言ってもいい」
「……だったら降参すれば?」
「いやいや、未だ僕は負けてないよ? 少し、君の能力が厄介なのは確かだけどね」
ゼライセの視線が俺に向いた。
興味深い研究対象に向ける目だ。正直、物として見られることには慣れているんだが、こいつの視線だけはどうしても気色悪いな。底を見透かされるような不気味さがあるからだろう。
「その剣を解析して、研究してみたいねぇ」
「お前なんかには渡さない」
「ふふん。やっぱりその剣に秘密がありそうだ。ますます興味が出てきたね!」
 




