614 湖の中心
ゼライセの悔し気な叫び声を背に受けながら、フランとウルシは湖を駆けた。
『こっから先はディメンジョン・シフトを使って進む』
「ん」
『魔力もそこまで余裕があるわけじゃないし、手早く動くぞ。あと、ウルシは影転移で移動しながら付いてこい』
「オン!」
ヴィヴィアン・ガーディアンがこちらを警戒している気配を感じながら、俺はディメンジョン・シフトを発動させる。
ウルシは湖底の岩などの影を移動しながら、付いてくる――ことはできなかった。どうやら、影の中のウルシに気付かれてしまったらしい。
ウルシが隠れている場所が、ガーディアンたちに囲まれている。
『ウルシ! 戻れ!』
(オフ……)
無理して付いてくると、ガーディアンが暴走するかもしれないのだ。ここは大人しくゼライセの足止めに専念してもらおう。
俺とフランは問題なく、水上を進んでいった。そして、しばらく進むと正面に不思議な物を捉える。
『なんだありゃ?』
「はしら?」
フランの言う通り、それは柱に見えた。
直径5メートルほどの白い円柱が、水中から天に向かってそびえ立っている。しかも、1本ではない。
『上から見てみよう』
「ん」
上空から見下ろすと、白柱は12本あった。円を描くように、等間隔で配置されている。どう考えても、ここが湖の中心部だろう。
『変な魔力も感じるしな』
「気持ち悪い」
円の中央から、おかしな魔力を感じる。邪気ではないんだが、普通の魔力ではなかった。フランが言う通り、気持ち悪い、不快な魔力である。
「師匠、このまま突っ込む」
『仕方ないな』
本当は慎重に行動したいが、魔力に余裕はない。放置することもできないし、ここはまずは魔力の大元を確認しよう。
フランが降下の勢いのまま、水中に突入した。
この辺りだけ、水深がかなり浅いようだ。水深は10メートルもない。その湖底には、神秘的な建造物が沈んでいた。
パッと見た印象は神殿だ。石柱と同じ白い石材が敷き詰められ、中央には祭壇のようなものが存在している。
古い物だと思うんだが、それにしては非常に綺麗なままだ。コケやゴミ、汚れもなく、純白と言える状態を保っている。
そして、その神殿の中央に異様な魔力の源があった。
美しい白の神殿に在って明らかに異質な、毒々しさを放っている。紫色の水晶で構成された、オブジェのような物体だ。完全な異物である。
(あれ、なに?)
『魔石兵器だ!』
しかも、周囲の魔力を吸収し、神殿の中へと注ぎ込んでいるようだ。俺たちが感じた不気味さは、魔力を吸われることに対する嫌悪感だろう。
「ここまで来てしまったのね」
「! レーン」
突然現れたのは、精霊のレーンだ。
「この場所は特別。もう、時空魔術を解除しても大丈夫よ。守護者たちは、この場所には入ってこられないから」
レーンの言葉に従い、ディメンジョン・シフトを解除してみる。神殿の外側のヴィヴィアン・ガーディアンたちが騒ぐ気配もない。本当にここまでは入ってこないようだった。
風の結界を纏うと、レーンとの話を続ける。
「あなたたちも、あの巨大な魔石を見た?」
「ん」
レーンが愁いを帯びた目で、魔石兵器を見つめる
『あの気色悪いのが、大魔獣を復活させるための装置か?』
「そうよ。周囲の魔力を使って、魔獣の封印を少しずつ食い荒らしている」
「じゃあ、あれを壊せば魔獣は復活しない?」
フランの問いかけに、レーンが悲し気に首を振った。
「もう、魔獣の封印はかなり緩んでいる。再封印の儀式を行わなければ、数週間で封印が自壊するでしょう」
「では、その儀式をすればいい?」
「再封印の儀式をするには準備が必要よ。急げば間に合うかもしれないけど……」
「その儀式は、どうすればいい?」
「ウィーナレーンなら知っているわ。尤も、彼女がその儀式を執り行うかどうかはわからないけど?」
「どういうこと?」
「自分でお聞きなさい」
レーンは、相変わらず肝心なことを話そうとしないな。
「なら、とりあえずあれを破壊する」
「そもそも、それが無理よ。ゼライセが幾重にも防壁を重ねて、強化している。私も試したけど、傷一つつかなかった。それこそ、ハイエルフ級の力でもない限りは無理」
レーン自体は高位の精霊だと思われる。その精霊が傷一つ付けられんとは……。確かに凄まじいな。
だが、それは他の奴らの場合だろう。
「レーン。一つだけ答えて。あれは、壊していいの?」
「できるものなら。でも、あなたには無理よ、だから、ここから――この国からお逃げなさい。巻き込まれるわよ」
「壊していいなら、それでかまわない。師匠」
『おう!』
「……どうなっても、知らないから」
哀し気なレーンの言葉を背に、フランが魔石兵器に斬りかかった。
「閃華迅雷――天断!」
黒雷を棚引かせながら、神速の斬撃が奔る。
ガキィ!
だが、その手応えは、少々想像と違っていた。鈍ら刀で硬い岩でも叩いたかのような、鈍い感触だ。
「あれ?」
目の前の魔石兵器に変化がない。フランが首を傾げているが、俺には原因が分かった。
『傷が付かなかったんだろうな』
俺の魔石吸収は、斬った魔石を食らうという能力だ。つまり、掠り傷ひとつ負わなかった場合、能力は発動しないのである。
「むぅ……」
『仕方ない……。剣神化を使おう』
ここは、無理をする場面だろう。だが、フランが泣きそうな顔で首を振った。
「だめ!」
どうも俺が剣と化すという話を聞いて以来、フランが少し心配性なんだよな。まあ、分からなくもないけどさ。
『だが、そうでもしなきゃ、あれに傷を付けるのは難しいぞ?』
天断でさえ、無傷なのだ。
確かに、今の俺が剣神化を使うのは相当危険だが、ほんの一瞬であれば耐えられるはずだ。しかし、フランは首を縦には振らない。
「絶対だめ」
『じゃあ、どうする?』
「わたしに任せて」
フランは決意の表情を浮かべると、再び俺を構えた。
「私が、絶対にあれを斬ってみせるから。だから、師匠は無理しないでいい」
 




