612 魔剣・ゼライセ
「やあ、ゼライセでーす!」
逃げたばかりのゼライセだった。だが、その姿を見たフランが首を傾げる。
(あいつ、ゼライセ?)
『どっからどう見てもそうだろ?』
(……なんか変。ゼライセの弟?)
フランは、目の前のゼライセに違和感を覚えたらしい。だが、それを問い質す間もなく、ゼライセがさらに口を開く。
「この剣が気になるみたいだね?」
そうして掲げたのは、紛れもなく疑似狂信剣だ。刀身が半ばから欠けている。
俺と追いかけっこを演じた、あの疑似狂信剣で間違いない。
「その剣、なに?」
「この剣は、僕たちが生み出したインテリジェンス・ウェポン。銘はそうだね――超絶無敵最強剣――はちょっと長いから、魔剣・ゼライセとでもしておこうかな?」
ゼライセがそう言った瞬間、疑似狂信剣の姿が変化した。まるで飴細工のように、硬いはずの剣が膨張し、伸び、変形していく。
数秒後、ゼライセの手には、疑似狂信剣とは似ても似つかない剣が握られていた。
毒々しい紫色の柄と鍔に巨大なナックルガード。蛍光ピンクのド派手な剣身を持った、ショートソードである。いや、それよりもさらに短いかな? その分、刃は分厚く、頑丈そうだ。剣身の根元が先端よりも太い。いわゆるマインゴーシュってやつだろう。
へし折れていた刃も、変化の過程で完全に修復されていた。
悪趣味。その一言に尽きる。だが、凄まじい存在感を放っていた。ただ姿形が変わっただけではない。
それに、変化したのは外見だけではなかった。鑑定で見えていた情報にも変化がある。
名称が「なし」になっていた部分が、魔剣・ゼライセと変わったのだ。そして、スキルなどの情報が完全に見えなくなってしまった。
多分、名付けが行われ、剣としての格が上がったのだろう。俺がウルシに名前を付けて、進化させたのに似た現象である。
「インテリジェンス・ウェポン? その剣が?」
「そうさ! 前の僕が封じられた、意思のある剣だよ!」
もしかして、自力でインテリジェンス・ウェポンを作ったのか? 元々、前のゼロスリードを素体に、色々と実験していたのだろうが……。
自分で言うのもなんだが、伝説的な存在なんだぞ? それこそ、神剣よりも珍しいと言われたことだってあるほどなのだ。
しかも、前の僕って言ったか?
「意味が分からない」
「ふふん? 知りたいかい?」
「ん」
「だったら教えてあげるよ!」
ゼライセが得意気に叫ぶ。ある意味チョロイ奴だな。
「僕はね! インテリジェンス・ウェポンを作れないか、研究していたことがあるんだ。まあ、魂を特定の器に封じ込める方法が分からず、キメラに興味がシフトしちゃったけどね」
俺は神々の手によって作られたからあまり意識はしたことないけど、普通は神の管轄である魂の封印が難しいんだったな。
「ただ、研究資料を集めたり、簡単な実験は続けてきたんだよ」
「ふむ」
「で、ここ数年で色々と新発見があってね。まあ、前の僕が提供してくれた、前のゼロスリードさんのデータなんだけどさ」
そう言って、ゼライセがシエラの構える漆黒の剣を見つめる。前の僕。ということは、こいつが今のゼライセか!
「さらにこの疑似狂信剣。これは本当に興味深いよ。何せ、仮とはいえインテリジェンス・ウェポンのように自己思考していたっていうんだからさ!」
ファナティクスを手に入れたアシュトナー侯爵家は、裏でレイドス王国と繋がっていた。そして、ゼライセはレイドス王国に身を寄せていた。やはりその伝手によって、ゼライセに情報が流れていたようだ。
レイドス王国も、諸勢力がいがみ合っているような状態らしいので、ゼライセがファナティクスの計画にどこまで協力していたのかは分からない。
ただ、ファナティクスの研究資料や、疑似狂信剣の実物を手に入れられる程度には関係があったのだろう。
「前の僕が覚えていたデータと、ゼロスリードさんがインテリジェンス・ウェポン化したという事実を基に、色々と研究を進めてきたんだ」
疑似狂信剣を体に埋め込んだ状態で長時間過ごすと、肉体だけではなく魂がその状態を普通だと思うようになるそうだ。疑似狂信剣も肉体の一部だと勘違いするってことだろう。
その状態で肉体が滅ぶと、なんとか生きようとあがく魂が、疑似狂信剣に入り込むらしい。
「勿論、同種の魔石を双方に埋め込んで移動経路を作ってやったり、他にも色々と前提が必要だけどね! まあ、そうやって頑張った結果、僕自身がこうやってインテリジェンス・ウェポンになることに成功したわけだ。いやー、前の僕も喜んでいるよ。なにせ、インテリジェンス・ウェポンになった人間なんて、歴史上でも中々いないからね! あとは剣に精神を転写するだけだったんだけどさ、君たちに殺されたことで一か八か試したみたいだ。上手くいってよかったよ」
「さっきまで俺たちが戦っていた前のゼライセが、その剣なのか?」
「うん!」
どうも、前のゼライセは自分から剣になることを志願したようだ。自分自身を人体実験の道具にしたってことか……。狂ってるな。
だが、フランがこのゼライセに抱いた違和感の正体が分かった。前のゼライセとこっちのゼライセでは、年齢が違うのだ。ロミオとシエラに8歳の差があるように。
ただ、ゼライセの場合は半魔族であるため、それがほとんど外見に現れないのだろう。むしろ、そこに僅かでも異常を感じ取ったフランが凄いのだ。
(……ん?)
フランがしきりに首をひねっている。前だの今だの言われて、頭がこんがらがったのだろう。
『さっきフランが倒したゼライセが前のゼライセで、今は疑似狂信剣になっている。そして、目の前にいるのが、今のゼライセ。そういうことだ』
「なるほど」
「おや? 信じたのかい? もっといろいろと証拠を論う予定だったんだけど……。フランさん、君は素直すぎやしないかい? そんなだと、悪い人間に騙されちゃうよ?」
「お前が言うな」
「あはははは! そりゃそうだ! でも、みてくれよ! かっこいいだろ?」
 
ゼライセがそう言って疑似狂信剣――いや、魔剣・ゼライセを頭上に掲げた。その顔はおもちゃを得た子供と同じだ。
「前の僕も、改めてよろしくって言ってるよ?」
「きこえない」
「ああ、そうだった。ごめんごめん。君らには聞こえてないんだった」
うーむ、動いていない状態では、剣に本当に意識があるのかどうかが分からん。だが、水中や空中での動きを見るに、間違いないだろう。
こいつ、本当にインテリジェンス・ウェポンを作り出しやがった。
野菜の王子様じゃないが、インテリジェンス・ウェポンのバーゲンセールかよ!
しかも、俺の懸念が現実になりそうだった。
「インテリジェンス・ウェポンは、量産できる?」
「理論はあるけど、先はまだ長いかな? やっぱり偶然に頼っているところあるしね。ん? ごめんごめん。そうだよね。君も活躍したいよね」
何も知らなければ、見えない相手と急に会話を始めるヤバイ奴だな。今後、フランももっと気を付けさせよう。
「前の僕が飽きちゃったみたいだからさ、とりあえずおしゃべりはこのくらいにして、少し付き合ってもらえないかな?」
「……何に?」
「あはははは! そりゃあ、前の僕の試し切りにさ!」
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