611 漆黒の剣の正体
フランがシエラの剣を見つめる。やはり邪気のせいで鑑定は効かない。だが、その剣からは何とも言えない凄みを感じ取ることができた。
「その剣は、なに?」
「信じてもらえるかは分からないが……」
シエラがそう言って、口ごもる。時を越えたと語る人間が、今さら何を躊躇するんだ?
数秒ほど、剣をじっと見つめて黙るシエラ。まるで剣と会話しているかのようだ。
そして、意を決したように顔を上げたシエラが、重い口を開く。
「この剣には……ゼロスリードおじさんの意識と力が宿っている」
剣にゼロスリードの意識が宿っている? それってつまり――。
「インテリジェンス・ウェポンってこと?」
「そうだ」
「ほー」
信じ難い話だが、シエラは嘘をついていない。マジでゼロスリードが宿ったインテリジェンス・ウェポンだった。
今の間も、会話しているようではなく、本当に会話していたんだろう。
「お、驚かないのか?」
「驚いてる。わお」
俺じゃないとわからないだろうな。フランは本当に驚いている。ただ、驚愕と言うほどではなかった。
元々、謎の多い不思議な剣だと思っていたのだ。俺でインテリジェンス・ウェポンに慣れているフランからしたら、おかしな剣が超おかしな剣になった程度の認識であった。
「その中にはゼロスリードが入ってる?」
「これも、信じるのか?」
「ん?」
向こうからしたら、フランがなんでもかんでもあっさりと信じることに、納得がいかないらしい。
俺の持つ虚言の理と、フランの野生の勘の合わせ技なんだが、はたから見ればどんなことも信じる、不思議な少女に思えるんだろう。
そんなシエラを尻目に、フランが疑問を口にした。
「ゼロスリードと話はできるの?」
「あ、いや……。俺以外との会話は無理だ。同調という、装備者と意思疎通を可能にするスキルで会話しているからな」
「そう」
フランがそう呟くと、不意にシエラの手に握られた漆黒の剣が、キーィンと甲高い音を発した。自らが意思を持っているということを、示したのだろう。
「おじさんが、謝っている」
「謝る?」
「……ゼロスリードおじさんのことを、恨んでいるんだろう? それは知っている」
こっちの世界のゼロスリードと同じように、前のゼロスリードもすでに改心済みってことらしかった。
フランは軽く眉根を寄せて顔をしかめるが、もう激昂したりはしない。相手の姿形が全く変わってしまっているせいで、実感が湧いていないのだ。
それに、すでにその怒りを乗り越えたフランは、前のゼロスリードとやらに今さら謝られても、困惑するしかないようだった。
その表情をどうとらえたのか、シエラもその場で深々と頭を下げる。
「だが、復讐をするのは、もう少しだけ待ってもらえないか?」
「止めろとは、言わない?」
「気持ちは、分かってしまうからな……。だが、俺たちにはどうしてもやらなきゃいけないことがある。それを成し遂げるまでは、生き永らえなくてはならない」
「ゼライセへの復讐?」
「そうだ。前の世界では、色々とあった。俺にとっては前のお前も、許せない相手だった」
それが、フランに対して向けられていた殺気の正体なんだろう。前と今という違いはあっても、同じフラン。ゼロスリードを瀕死に追いやった――いや、なんらかの理由で剣になったことを考えれば、殺していたのかもしれない。
そんなフランに対する恨みが、シエラの中には残っている。
しかし、ゼライセに対する憎悪に比べれば、小さいものであるらしい。ゼロスリードが自業自得であるとも分かっているだろうからな。
「ゼロスリードおじさんがこんな体になったのは、奴の人体実験が原因だ。それに、奴が大魔獣を復活させなければ、そもそも俺たちが巻き込まれることもなかった」
そう語るシエラの瞳には、暗い炎が灯っている。その目は、ゼロスリードに襲いかかったフランに似ていた。
この二人は似た者同士なのかもしれない。幼いながらも困難な運命に巻き込まれ、それでも目標に向かって強く生きている。インテリジェンス・ウェポンを手に入れ、相棒としているところも一緒だ。
「ゼライセとの決着を付けたら、相手をする。だから、それまでは見逃してほしい。頼む」
シエラが自分たちの秘密を語った理由がわかった。ここでフランに不信感を持たれて敵に回られるよりは、秘密を打ち明けて信用を得ようというのだろう。
頭を下げ続けているシエラをじっと見下ろしていたフランは、コクリと頷く。
「……ん。分かった」
「助かる」
シエラに対して直接的な恨みはないしな。
俺はここで、気になっていたことをシエラに質問することにした。
「ゼロスリードが剣になったのは分かった。それはどうして? ゼライセが何かやった?」
「ああ。俺たちも詳しくは分からないが、疑似狂信剣を利用して、人間の意識を剣に封じ込めると、奴はそう言っていた」
「そんなことできる?」
「できた、のだろうな……。なにせ、ここに成功例があるんだ。体内に埋め込んだ魔石と、疑似狂信剣に仕込んだ魔石を媒介にするとは聞いていたが、それがどう作用したのかは分からない。そもそも、時を越える直前まで、おじさんは剣じゃなかった」
「そうなの?」
「俺が力を暴走させ、光に飲み込まれ――こっちの時間に飛ばされた時には、何故か剣になっていた。しかも、疑似狂信剣とは全く違う姿で。それだけしか分からない」
つまり、ゼロスリードがインテリジェンス・ウェポンになったのは、偶然ということか? だとすると、量産は難しいかね?
俺が想定した最悪は、インテリジェンス・ウェポンがゼライセの手によって量産され、それがレイドス王国の手に渡ることだ。
だが、その心配はしなくても良さそうだった。
俺がホッとしていると、フランが再び口を開く。フランも気になっていたことがあるらしい。
「もうひとつ聞いていい?」
「俺に答えられることならば」
「さっき、時を越えた人間は3人って言ってた? シエラとゼロスリードと、あと一人はだれ?」
ああ、そのこともあったな。俺も気になっていたのだ。頭の中で予想はできているんだが、理性がその答えを口にすることを拒否している。あれが複数いた? そんなの、悪夢でしかないのだ。
しかし、シエラの口から出たのは、最悪の言葉であった。
「ゼライセだ」
やっぱりね! そうじゃないかと思った。
「俺たちもさっきまで知らなかったが、あれは前のゼライセだったのだろう。もしくは、前のゼライセから情報を得た、今のゼライセだったのか――」
「僕のこと話してるみたいだねぇ。どもどもー」
突然、シエラの言葉を聞き覚えのある声が遮った。
「やあ、ロミオ君にフランさん。せっかく追ってくるのを待ってたのに全然こないから、こっちから来ちゃった」
声がした方を向くと、先の欠けた疑似狂信剣を手にしたゼライセが立っていた。
「やあ、ゼライセでーす」
次回は30日更新です
 




