609 悲劇への道筋
俺たちの横をすり抜けて行った疑似狂信剣を追って、再び駆け出すフランとウルシ。
フランも相当むきになっているようで、範囲魔術などを放っている。まるで嵐みたいに、湖面が逆巻いていた。これ、周囲に船がいたら転覆させているだろう。
すでに相当な距離を走った。小国ほどの大きさがある湖に、かなり深く入り込んでいるはずだ。
疑似狂信剣はいったいどこに向かっているのだろうか?
疑問に思っていた直後のことだった。
『フラン! 止まれ!』
「!」
俺の声に即座に反応したフランが、急制動をかける。だが、その場でピタリと止まることはできず、フランのかかとが湖面を擦った。
激しい水飛沫が上がり、まるで噴水のようだ。
そうして濡れ鼠になりながらも、フランはなんとか止まることに成功していた。
『フラン、できればもう少し離れよう』
「ん」
「オン!」
『ウルシも戻ってきたか』
すでにフランもウルシも気づいているのだろう。素直に俺の言葉に従い、その場所から30メートルほど下がる。
『やっぱ、ここがそうだ』
様々な感知系スキルが、この先に行くなと教えてくれている。水面には何も見えない。しかし、水中には無数とも思える魔獣たちの気配があった。
「ヴィヴィアン・ガーディアン」
『間違いない』
この先が、侵入しようとするとヴィヴィアン・ガーディアンに襲われるという、守護者の領域なのだろう。
攻撃的な気配は感じない。確か、誤って侵入した程度であれば、行く手を塞がれる程度で済むんだったな。俺たちもまだその段階なのだろう。
「でも、あの剣は? どうして平気?」
『うーむ……。無機物だからなのか、気配がないからなのか……。試してみよう』
「だいじょぶ?」
『まあ、ヤバそうだったらすぐに逃げてくるから』
「ん。気をつけて」
「オフ」
『おう』
俺はフランたちに見送られながら、ヴィヴィアン・ガーディアンの気配がするエリアに向かって、ゆっくりと進んでいった。
普通に考えれば、無機物である剣一本程度は見逃してくれそうなもんだけど……。
だが、すぐにこの作戦が失敗するであろうことを悟る。
なにせ、周囲にいるヴィヴィアン・ガーディアンたちの視線が一心に俺に注がれているからだ。
確実に気付かれている。
それでも一縷の望みにかけて、守護者の領域へと侵入した。
その直後、イカに似たフォルムの真っ白な魔獣が、俺の前に立ち塞がる。それも1体だけではない。5体もの守護者たちが、その身を壁として、俺の行く手を阻んでいた。
『うーむ、俺でもダメか』
とりあえず、魔力などをできるだけ遮断してみる。これで俺は、魔力もほとんど感じさせない、金属の塊でしかない。
だが、それでもダメだった。大きく迂回する進路をとった俺の前に、ヴィヴィアン・ガーディアンが回り込んできたのだ。
『こいつらの察知能力はそれほど高くはないんだがな……』
ならばこれだ。
俺はディメンジョン・シフトを発動して、再度試してみた。目では見えるものの、無機物で気配がない。今の俺は、透過能力中の疑似狂信剣に近い状態のはずなんだが――。
『いける!』
やはりヴィヴィアン・ガーディアンは動かなかった。異空間にいる相手にまでは反応できないらしい。
このまま突っ切っていけば――。
「そこまでよ」
『え?』
「もうここまで来ちゃったのね」
『レーンか?』
「ええ」
俺の前に突如現れたのはヴィヴィアン・ガーディアンではなかった。見覚えのある、オッドアイの少女だ。
相変わらず俺には気配を感じることができないが、目では見える。
「今はまだ、この先に行ってはダメ」
『お前は、あの剣の正体が分かるのか? それに、この先には何があるんだ?』
「……ゼライセを止めて。このままだと、悲劇は阻止できない」
『悲劇! なあ、フランにも言っていた、悲劇ってのは回避できてないってことか?』
俺の質問に、レーンは悲しい顔で首を振った。
「悲劇の1つは回避された。でも、新たな干渉者の存在が、邪魔をしているわ」
『その干渉者ってのが、ゼライセか?』
「そう。彼らのせいで、私の知る未来は大きく変容し始めている。貴方たちから始まる悲劇は回避されても、ゼライセが結局悲劇を引き起こす」
『悲劇って言われても……。具体的なことを教えてくれ!』
「ここまで道筋が変化したら仕方がないか……。この湖には、大魔獣が封印されている。知っているわね? でも、ゼライセのせいで、封印が大きく揺らいでいる」
『やっぱそれか!』
「大魔獣が復活すれば、この国はただでは済まない。近くにいるフランも、命を落とすでしょう」
それが悲劇! しかし、それを聞いたことで新たな疑問が生まれる。
『なんで俺が完全な剣になることが、悲劇に繋がってたんだ? 魔獣の封印と俺に関係なんかないだろう?』
「関係があるのは、ロミオ。あの子供の持つマグノリアの力。それがあれば、ゼライセが何をしようとも、復活は阻止できる。でも、前はそうならなかった」
『前って……』
前という謎の言葉も、何度か耳にしたな。だが、レーンはそこには答えない。
「あなたが完全な剣となってしまったことで、フランは大きく変わってしまう。自暴自棄になり、より攻撃的になってしまうわ。その暴走を止めるべきあなたは、何も言わなくなってしまった」
言われてみると、それはあり得る未来かも知れない。フランが俺を慕ってくれているのは紛れもない事実だ。その俺が、感情のない剣になってしまったら? そりゃあ、荒れるだろう。
「その結果、フランはゼロスリードと戦い、倒すこととなる。命乞いも聞かず、周囲を巻き込んだ激しい戦いの末に。そして、唯一の保護者であるゼロスリードを失ったロミオは失意の果てに暴走し、魔獣の封印は失敗する」
なるほど、そうなれば魔獣が復活し、フランも巻き込まれるだろう。
俺たちにとっても、周囲にとっても、悲劇ということか。
「この先にゼライセがいるわ。守護者たちの異常の隙をついて、すでに封印の地に至っている」
廃液を垂れ流して、ヴィヴィアン・ガーディアンを異常化させたのはゼライセだったが、すでに目的を達していたらしい。
『だったら、なおさらこのまま――』
「ダメ。確実に勝利できるのであれば止めない。でも、追い詰められれば、あの男は躊躇なく魔獣を復活させるでしょう。すでにその方法に辿りついているようだもの」
ゼライセを確実に倒す? そう言われては、確かに難しい。
「あの男は、未だに遊んでいる。まだ、魔獣を復活させるつもりもない。時間は残っているわ」
『その間に、奴を倒す準備をしろってことか?』
「それは任せるわ。でも私たちは人間に大きな被害が出ることを望んでいない。なんとか、それだけは防いでほしい」
『フランのために、最善は尽くすさ』
「それでいいわ。あなたはあなたの大事な物を大切にしてね」
レーンは最後にニコリと微笑むと、そのまま水に溶けるように消えていった。やはり精霊なんだな。
『あー! また『前』の意味を聞きそびれた!』
この件に深く関わっていそうなシエラならば、その意味を知っているだろうか?
次回は22日更新です




