59 帰還の夜
「じゃあ、カンパーイ!」
「乾杯」
「乾杯!」
ダンジョン調査を終えた日の夜。
フランは酒場にいた。同じ席にはアマンダとネルの姿もある。フランがアレッサを出るという話を聞き、お別れ会兼ダンジョンお疲れさま会を開いてくれたのだ。
「あーあ。フランちゃんとお別れなんて、お姉さん寂しいわ!」
「私もよ。どうしても行っちゃうの?」
「ん。ダンジョンに行く」
「ダンジョンと私どっちが大事なの!」
「そりゃあ、ダンジョンでしょ! アマンダなんて、出会ったばかりじゃない。その点、あたしは1ヶ月近い付き合いだもんね?」
「むう。長さじゃないの! 私なんて、フランちゃんと寝食を共にした仲なのよ!」
話はクラッドたち竜の咆哮が試験に落ちた話や、ドナドが女性に振られた話など、コロコロと変わる。そして、その度に杯が進む。
2人がだんだん酔ってきたな。スキンシップが激しくなってきた。撫でられすぎたウルシは、すでにフランの影に逃げ込んでいる。
「私もフランちゃんについてっちゃおうかな~」
「孤児院は?」
「あら~、フランちゃん知ってたのね。でも大丈夫よ。子供の面倒は院長たちに任せてれば問題ないし? むしろ、出稼ぎに出て沢山お金稼いだ方が、孤児院のためになるってもんでしょう? だから、フランちゃんと一緒にダンジョンに潜る~」
「ん。構わない」
「え? 本当? 嬉しい!」
「だめよー」
「えー。なんでよネル~」
「あんた、契約忘れてるの?」
「あー、あれねー。もう、面倒な契約結んじゃったわ!」
「ギルマスの甘い言葉に乗ったあなたが悪いんでしょ!」
「ううぅ」
「契約?」
「そうなのよ! 私、ギルドの依頼以外じゃ、アレッサから長期間離れられないの!」
「なんで?」
「えーとねー」
「こら、アマンダ。こんな人がいっぱいのところで!」
「あーそうでした。――サイレンス!」
アマンダが、音を遮断する結界を張った。内緒話をするにはちょうど良い魔術なんだが、酔っているせいか制御が甘い。自分たちのいるテーブルどころか、周辺のテーブルまで巻きこんでいた。急に音が消えて、慌てふためく客の姿が見える。
「私たちが行ってたダンジョンあるじゃない? あそこって、結構重要なのよ。なにせ、魔鉱石を大量生産できる場所だし。鉱山なんかよりも安定して供給できるし?」
言われてみればそうかも。軍事的に見たら、結構重要だろう。誓約魔術まで使って存在を隠すのも当然かもしれない。
「でもー、ダンジョンはギルドの管轄でしょ? 国でも、おいそれと手が出せない訳。でも、国はどうしてもアレッサのダンジョンが欲しい」
「ん」
「それで、アレッサは北にあるレイドス王国の国境に結構近いじゃない?」
「そうなの?」
「そうなの。レイドスとは仲が悪いし、あそこの国は結構イケイケだから。最悪、アレッサがレイドスに狙われる可能性もあるわ」
「魔鉱石に関する話だって、隠し通すことは無理だろうし。秘密なんて、いつかばれちゃうものなのよね~」
「だから、国はそれを理由にして、ダンジョンを国の管轄にしようとしていた時期があるの」
「ただ、アレッサのギルドも国に取り上げられたくないわけよ。だって、アレッサってあのダンジョン以外に目ぼしい物がないし。あのダンジョンを取り上げられちゃったら、アレッサのギルドは収入激減よ?」
「あたしたちのお給料も、カットよカット!」
「だからギルドとしては、隣国に攻め入られたとしてもアレッサを守り通せるだけの戦力がありますっていう、保証が必要なの。ランクA冒険者を常駐させるとかね」
それで、アマンダはアレッサから離れられない訳か。
「国に睨まれてるから、騎士団も弱いし。ウルス団長はアレッサ出身だから、無理にとどまってくれてるけど。昔はもっと酷い騎士団だったのよ!」
オーギュストみたいなのが副長になれたのも、賄賂のお陰だけじゃなく、嫌がらせの意味もあったのかもしれないな。
「って言う訳で、私はこの町から離れられないのよ~」
「なるほど」
「フランちゃんのお世話を色々したかったわー!」
「だから、無理なのよ!」
「じゃあ、せめてここは私が奢っちゃう!」
「やったー。さすがアマンダ!」
「あら、ネルはダメよ? フランちゃんだけ~」
「けちー!」
「ケチで良いでーす! フランちゃーん。他の町に行っても私を忘れないでね?」
「ん。忘れない」
まあ、何度も叩きのめされたし。忘れないよな。
「何! フラン嬢ちゃん、アレッサを出るのか!」
「な、なんだと!」
なんか、隣にいた冒険者が話を聞いてたみたいだな。サイレンスの効果はいつの間にか切れている。
ドワーフだった。顔と同じくらいある巨大なエールジョッキが、まさにドワーフっていう感じだな。
誰だ? どっかで見たことあるんだが……。ああ、最初にゴブリンの大軍と戦った時、援軍としてやって来たランクD冒険者だ。確か名前はエレベント。
「おいおい、まじかよ」
「くっそ、パーティに入ってもらおうと思ってたのに!」
「なにぃ! 俺たちが狙ってたんだぞ!」
「フランちゃーん」
「水くせーぜ!」
おいおい、どんだけ冒険者がいたんだよ。なんか、周りのテーブル全員冒険者だったぞ。しかも、他の冒険者もわらわら集まってきた。
「フランさん、せっかく知り合いになれたのに残念です」
「くそっ! まだ借りを返してねーんだぞ!」
フリーオンとクラッドがいた。どうやら彼らもここで飲んでいたらしい。
「どこに行くんだ?」
「ウルムット」
「おお! ダンジョンか!」
「いいな~。いつか俺らも行ってみたいもんだ!」
「わっはっは。その前にお前はランク上げろよ!」
「よーし、嬢ちゃんの前途を祝してカンパイだ!」
「うおー!」
「かんぱーい!」
「乾杯!」
「カンパイー」
「もっと酒持ってこい!」
「樽で持ってこーい!」
「がはははは!」
「飲め飲め!」
「いっき! いっき!」
まさにドンチャン騒ぎだな。フランをだしにして飲みたいだけだろ。
「フランちゃん飲んでるー?」
「ん」
「これジュースじゃない! もっと良い物がぁ」
「こらアマンダ! 何飲ませようとしてんのよ!」
「何って……単なる麦ジュースよ!」
「いただく」
「ダメよ!」
「えー、けちぃ。ちょっとだけよー」
「けち」
「ダメったらダメ。これは私がいただきます」
「おおぉ! ネルさん良い飲みっぷり!」
「色っぺー!」
「楽しいわね! フランちゃん!」
「ん」
まあ、フランが楽しそうだからいいか。
結局、飲み会は皆がつぶれるまで続き、フランが部屋に帰ってきたのは日付も変わろうという時刻であった。ウルシはフランの影の中で眠ってしまったようだ。
『大丈夫か?』
「ん」
直接飲んではいなかったが、匂いは充満してたし。場の雰囲気もあって、少し酔ってしまったか? 毒耐性は、アルコールを防いでくれないんだな。
「だいじょうぶ」
『そうか』
「ん」
『今、腹は空いてるか?』
満腹なら起きた後にするけど。
「空いてる。カレー?」
『とりあえずカレーじゃないな。ちょっと待てよ……。よし、日付変わったな』
この宿の部屋には時計がある。実際、魔道具としては一般的で、高価な物ではないようだった。大抵の場所には、大まかな時刻を示す壁掛け時計があるし。ただ、腕時計は見たことないから、小型化は出来ていないようだけどね。
それと、暦もちゃんとあるし、カレンダーもある。それによると、1ヶ月は30日なんだが、3ヶ月に1日だけ、特別な日があるらしい。宴の日とか書いてある。どうも、宴の日を境に、春夏秋冬の季節を区切ってあるようだ。なので、30日、30日、31日の91日で1季節とし、四季が巡る364日で1年となる。因みに今は、3月18日だった。
『じゃあ、これをどうぞ』
「? 何? 甘い匂い」
『パンケーキだ。本当はデコレーションケーキを用意したかったけど、時間と材料とスキルの関係で無理だった。だから、せめてこいつをな』
「何で? 何かのお祝い?」
『おう。今日は俺たちが出会ってちょうど1ヶ月だ。それで、何かできないかと思ってな。作ってみた』
実際大変だったのだ。分体創造スキルを駆使して、色々とこっそり動いたし。分体創造はまだレベルが1なので、1日5分の使用しかできない。分身のステータスを限りなく下げ、魔法使いスキルで過剰に魔力を注いでも、最大で15分が活動限界だった。
フランが寝静まった頃を見計らい、こっそり分身だけを送り出す。最初は宿の主人に頼み込み、厨房を貸してもらう約束を取り付けた。泊まってなきゃだめだと言われたから、1部屋無駄に借りたさ。
材料は、先日の買い出しに紛れ込ませた。あとは、毎晩15分間だけ分体創造を使って、下ごしらえをちょっとずつ進めたのだ。牛乳を分離して生クリームを作ったり、果物に飾り切りを施してみたりね。
そして、ダンジョン出発前の数日はひたすら試作を続けてきた。1日15分しかない中で、焼き方や焼き時間を研究してきたのだ。凄まじい激戦だったぜ。
しかも、分体創造使用中は料理のレベルが1に下がっているので、まともな料理を作るのも難しかった。一応味見もできるんだが、肉体の機能が鈍く、味覚も鈍いのだ。意味ねー! あと、喰った物を消化するために逆に魔力を使うらしく、味見をすればするほど活動限界が短くなるという悪循環だ。
人に見られた時のことを考えると、分体創造を使わない訳にもいかないし。まあ、上手くいかなかったから、最後は本体でコッソリと料理をしてしまったが。かつてない程、気配察知を使いまくったね。
「これ、私のためのケーキ?」
『おう』
この驚き様。フランも気づいてなかったみたいだな。サプライズ成功だぜ!
『食べてくれ』
「ん。いただきます」
2段重ねのパンケーキの上には、生クリームとシロップがたっぷり掛けられ、フルーツで彩られている。フランがフォークを使い、パンケーキを切り分け、生クリームと共にゆっくりと口に運んだ。
モギュモギュ
『どうだ?』
「おいしい。すごくおいしい」
モギュモギュモギュモギュ
良かった。気に入ってくれたようだ。フランは無言で、ただひたすらにパンケーキを食べている。
『ほら、口の周りがベタベタだぞ』
「ん」
『よし、よし綺麗になった』
「ありがと」
モギュモギュ
『ああ、また汚して!』
「このケーキが美味しいのがいけない」
『はいはい』
フランは再び無言。そのまま一言もしゃべらず、パンケーキを食べ尽くしたのだった。
「ごちそうさま」
『お粗末様でした』
「ねえ、師匠?」
『なんだ?』
「ありがと」
『おう』
その笑顔で、十分報われたよ。




