58 Side クリムト
コンコン
「入りなさい」
「叔父上、ご報告にあがりました」
「ああ、フリーオン、良く来ました」
私の執務室に入って来たのは、甥のフリーオンでした。最近は返事も待たずにズカズカと部屋に入ってくる輩が多いので、自分がギルドのマスターであると忘れてしまいそうです。その点、フリーオンは礼儀正しいですね。彼の爪の垢を煎じて、色々な人の口にねじ込んでやりたいくらいです。
「お掛けなさい」
「ありがとうございます」
「ご苦労様でしたね。色々イレギュラーが重なったようですが……」
「何度か死にかけましたよ」
トリックスター・スパイダーの出現に、謎の人骨たちですか。頭が痛い問題です。ただ、人骨については当たりが付いてはいますが。
「叔父上、あの人骨は……」
「ええ。オーギュスト・アルサンドの置き土産でしょうね」
実は、オーギュストの部下だった男の1人が、ある計画を白状したのです。それは、転移石を利用した魔鉱石の密輸でした。
転移石とは、2つの石がペアになっている魔道具です。Aを使用すると、Bの側に転移できるのですが、非常に高価な上に使い捨てなので、それほど大量には出回っていません。
オーギュストはこれを洞窟内に仕掛けて、結界に感知されずに行き来をして、魔鉱石を持ち出そうと計画していたようです。
確かに、3ヶ月ほど前、彼が視察をしたいなどと言って無理やりダンジョンに入り込んだことがありました。まあ、冒険者は貸し出さず、自分たちでどうぞご勝手にと、入る許可だけを与えましたがね。彼らの戦力では踏破など不可能ですし。
予想通り、彼らは3階で身動きが取れなくなり、引き返したそうです。ただ、その際に転移石をこっそりと置いていったようですね。後で何か変なことをしていないか調べさせたんですが、隠蔽機能付きの高価な転移石を用意していたようでした。ここまでは計画は順調です。正直、私も警備体制を見直さなくてはなりません。
ただこの後、彼らにイレギュラーが起きます。トラップ・スパイダーが、共食いの果てにトリック・スパイダーに進化していたのです。情けなくも3階で引き返したオーギュストも、全く知らない情報だったでしょう。
まあ、我々も知りませんでしたし。その結果、侵入者は全滅しました。
ただ、新たな転移石は持ち込んでいたようです。転移石さえ内部にあれば、何度でも侵入は可能ですからね。
そうやって何度か侵入者が送り出されたようです。しかし、誰も帰っては来ませんでした。当然です。転移先は、蜘蛛の巣窟なのですから。
結果、送り込まれた者たちの所持していた転移石などの魔道具を喰らったトリック・スパイダーが、さらなる進化を遂げた。それが、ダンジョンにトリックスター・スパイダーが居た理由だと推測されます。
このような事態が起きていると分かっていれば、下位の冒険者を送り出す様な真似はしなかったのですがね。彼らにはボーナスを弾まなくてはいけないでしょう。
「あなたにも、危険手当を出しますよ」
「お願いします」
「それで早速ですが報告をお願いします」
「はい」
フリーオンを呼んだのは、彼に課していた指令に関して、報告をしてもらうためです。
「では、あなた達から見て彼女はどうでした?」
ダンジョン調査の依頼に加わり、ランクD冒険者フランを監視し、その存在を見極めよ、という。
彼は冒険者であり、ギルドの職員でもあります。スパイと言うよりは、覆面調査員の様な扱いですね。
「少々お待ちを。――タルゥア」
『ふむ。久しぶりだな、クリムト』
「相変わらず見事なものです」
フリーオンの差し出した腕に掴まるように、梟が出現しました。フリーオンが呼び出したのは、彼の守護精霊タルゥアです。
我らエルフ族は、精霊に愛された種族です。そんなエルフの中でも、生まれながらに精霊が憑いている者がいます。10人に一人くらいでしょうか?
生まれつきエルフに憑いている精霊は守護精霊と呼ばれ、守護精霊憑きは精霊使いとなるべく教育を受けます。守護精霊は他の契約精霊とは違い、呼び出す際の魔力が格段に少なく、まさに相棒の様な存在と言えるでしょう。
多くの守護精霊は、エルフと相性の良い樹木、土、水の精霊が多いのですが、フリーオンの精霊は少々特殊な精霊でした。
精神属性。精霊の中でも、希少な属性です。私も1体の精神精霊と契約していますが、フリーオンのタルゥア程の能力は発揮させてあげられません。
フランさんには精霊が邪悪な人間を見抜くと言ったことがありますが、あれは半分嘘です。正しくは、精神精霊にはそういった能力がある、ですね。タルゥアはその点、私の使役する精神精霊よりも遥かに強力です。こういった任務には最適なのですよ。
『我が見たところ、あのフランと言う娘に、邪悪な心は感じられんな。むしろ、あれほど他者に対する悪意の少ない者は久しぶりに見た』
「例えば、同行していたクラッドと言う冒険者に対してはどうです?」
『ふむ。あったのは多少の好奇心だな』
「好奇心?」
『うむ。クラッドという小物が喚くたびに、他の者たちは怒りや苛立ちを覚えていたが、あの少女にそう言った感情は見えなかった。それどころか、クラッドの起こす騒ぎを、興味深げに見ている様だった』
クラッドたち竜の咆哮は、期待の若手パーティです。あの若さで、ランクDに手が届きかけているというのは、ここ数年でも断トツで成長が早い。まあ、フランさんを抜かせばですが。
ただ、彼らの問題はその性格でした。とにかくトラブルが多い。そして、敵も多い。その部分さえどうにかなれば、文句なくランクDに昇格させられるのですがね。
そこで考えたのが、今回の依頼でした。
フランさんの近くに性格の悪い人物を置くことで、どのように反応するか見る。それと共に、格が上の人間と接することで、クラッドたちが自分たちの思い上がりに気づいてくれれば良いと思ったのですが……。
効果は少々劇的であったようです。何せ、自分たちはまだまだ強さが足りないから、昇格は辞退したいと言ってきたのですから。どちらにせよ不合格だったと告げると、やや悔しそうな顔で、深く頷いていました。道中の話をフリーオンに訊くと、納得できる反応でしたがね。
今では冒険者たちに、フランさんの素晴らしさを説いて回っているそうです。
「タルゥア、ありがとうございました」
『うむ』
「送還・タルゥア」
「では、フリーオン。あなたから見たフランさんはどういった印象でしたか?」
「そうですね……。凄い子供、ですかね」
「そのままではないですか」
「ええ。ですが、強さだけではありません。何というか、どんな行動の前にも思考をしているように感じましたね。もう一人の自分と対話してから結論を出しているとでも言いましょうか? 陰謀を巡らせているというよりは、より深く物事を考えているのだと思いますが。あの年齢であの冷静さ、見習いたいぐらいですね」
「ほほう。参考になります」
「そう言っていただけると、頑張ったかいがありましたね。でも、どうしてあの少女にそこまでこだわるのですか?」
「こだわっている様に見えますか?」
「はい。ロリコンと言う噂が立つ程度には」
「黙りなさい」
礼儀正しいなんて思って損しました。言っておきますが、私はロリコンではありませんよ?
フランさんにこだわる理由ですか……。1つは情報が乏しいから、ですね。ギルドマスターとしては、常に騒動の中心にいるようなトラブルメーカーに対して、気を配っていなくてはなりません。なのに、彼女に関する情報は驚く程に少ない。自分でギルドへの加入を承認した以上、これは私の義務の様なものです。
決してロリコンではないのです。なのに、皆私をロリコンロリコンと――。おっと、少々思考が脇にそれましたね。いけないいけない。
「分かっていることと言えば、魔剣を持ち、鑑定を持っているということ」
「魔剣はわかりますが、鑑定ですか?」
「ええ。確実でしょう」
今回の依頼で前金がわりに渡した魔石ですが、選んだものを見て確信しました。20個の中に2つだけ紛れ込ませていたCランクの魔石を選び、それ以外は海に生息する魔獣の魔石だけを選んでいましたし。偶然にしては偏り過ぎている。
鑑定を持ち、鑑定遮断を有する。これは、戦闘において驚くほどに有利です。それだけでも、警戒に値するほどに。
「あとは、武器スキルが1つ上級に達していますね。彼女の戦闘スタイルから見て、剣聖術だと思われます。それに、魔術は火炎と暴風と暗黒、あとは雷鳴に治癒を習得しています。しかも、魔力は100以上ある」
先程、フランさんが職を変更して帰りました。選んだ職業は、魔剣士のさらに上級職である魔導戦士。魔剣士以上にステータスの伸びが良く、固有スキル「魔力収束」を持っています。この職を選択できる条件は、剣系か斧系、もしくは槍系戦闘術1つ以上が上級に達し、2系統以上の上級魔術が使え、魔力が100以上ある事です。
また、選択可能な職業の欄に、暗黒術師、暴風術師、雷鳴術師、治癒術師があったそうです。
この短期間で、どれだけスキルを伸ばしたというのでしょう。10代前半でこの領域。天才と言う言葉では生温い。神の加護を複数持っている可能性さえあるでしょう。正直、恐ろしさを感じずにはいられません。
そして、それが彼女にこだわる2つ目の理由でもあります。
正体不明でありながら、恐ろしい速度で成長する相手。警戒しない訳がないでしょう。
「まあ、魔石を選んでいった時にも思いましたが、この脇の甘さは想定外でしたねぇ」
まさか、本当に職業の変更をしていくとは思いませんでした。神殿に行けば、多少割高でも情報を誰にも漏らすことなく、職業の変更ができますから。成長した能力やスキルに関する情報が、我々に洩れても構わないと思っているのか。それとも、そこまで考えが及ばなかったのか。
「それに、アマンダさんのあの気に入りよう」
それとなくフランさんの話を振れば、今回の依頼についていくと言い出すだろうと思っていましたが……。思った以上に食いついてきたので驚きましたよ。もしかしたら、私の思惑にも気づいていたのかもしれませんが。それだけ、フランさんを気にかけているのでしょう。
「アマンダ殿は、それほど人を見る目がおありになるのですか?」
「と言うよりは、子供を見抜くのですよ。例えば、子供に見えるけど、単に成長が遅いだけの長命種の大人などが相手であれば、彼女は普通に接します。例の称号故なのでしょうかね?」
つまり、フランさんは本当に12歳という事なのでしょう。今日までは、獣人と偽った長命種という疑いも少しはあったんですがね。
「叔父上、私にはわかりません。彼女は何者なのでしょうかね?」
「私にもわかりませんよ。いえ、何者でもないのでしょうか?」
「どういうことです?」
「我々は彼女が何かを隠していると思い込んでいました。しかし、そんな物、本当にあるんでしょうかね?」
無論、あの年齢で冒険者をしている以上、何らかの事情を持っていることは確かでしょう。多くの冒険者たちと同様にね。しかし、私たちが心配していたような陰謀や策略の類は存在しなかった。それが、情報を集めた末の結論です。
多彩なスキルと魔剣を持った、少々好戦的でトラブルに巻き込まれやすい、ユニーク個体のダークネスウルフを従えた、生い立ちが特殊だと思われる、わずか12歳の少女。
それ以上でも、それ以下でもない。それが、私たちから見たフランさんの姿であり、それが全てではないでしょうか? いえ、改めて羅列すると、また疑心暗鬼に陥りそうですね。いけないいけない。
「鑑定と精霊に頼りすぎて、人を見る目を失っていたのかもしれません」
彼女とあっと言う間に仲良くなったネル君の方が、余程見る目があったのかもしれませんねぇ。




