594 メッサー商会
ロブレンの案内でたどり着いたメッサー商会の船は、小型ながらも中々に豪勢だった。手すりには彫り物が施され、甲板には観葉植物が置かれている。ここが普通の商会でいうロビーのような扱いなのかもしれない。
この船全てがメッサー商会の持ち物であるという。
最初は何を当たり前の話をと思ったが、小さな商会たちは船一隻の所有が難しく、大型船の一角を借りて事務所にしているらしい。いわゆるテナント方式だ。
そう考えると、商業船団に所属する船を一隻丸々所有できているメッサー商会の羽振りの良さがよく分かった。
こんな商会をいきなり訪れて話を聞いてもらえるかと思ったのだが……。意外にもすんなりと幹部と面会することができていた。
「この湖のトップ冒険者の貴方が急に訪ねてこられたと聞きましてね」
待たされなかったのは、ロブレンのお陰だったらしい。考えてみたら、この規模の商会が有力な冒険者であるロブレンを知らない訳がなかった。
「そちらのお嬢さんを紹介していただけますかな?」
「彼女はフラン。これでも冒険者ですよ? 色々と手伝ってもらっています」
「ん。私はフラン」
「そうですか。私はメッサー商会のグレゴリーと申します。以後、お見知りおきを」
まだフランが黒雷姫だと気付いていないかな? 丁重ではあるが、高位冒険者の同行者として遇している感じだ。
「それで、本日はどのような用件でしょう? 何か御入用の物があるのでしたら、我が商会の全力をもって、揃えさせていただきますよ?」
「いえ、お気持ちは大変ありがたいのですが、本日は取引に来たのではないのですよ」
「ほう?」
まずはにこやかに話が始まる。だが、すぐに相手の顔が曇ることになるだろう。
「実は、冒険者ギルドの依頼で動いておりまして。調査にご協力いただければと思い、うかがったのです」
「調査とは?」
「湖の異変についての調査です」
ロブレンがそう口にした瞬間、グレゴリーが一瞬身じろぎをした。だが、それは本当に一瞬のことだ。表情が変わったわけでもなく、声に出たわけでもない。
だが、最初から強い疑いを持っている俺たちにとっては、その程度でも十分にヒントになる。ロブレンもフランも、グレゴリーが何か知っている可能性が高いという確証を強めたらしい。
「ほほう? それで、当商会に来られた理由はなんなのです? 湖の調査で、ご協力できることはないと思いますが?」
「では、メッサー商会の帳簿と、倉庫を見せていただけませんか?」
「なんですと?」
帳簿なんていくらでも贋物を用意できてしまうはずだ。だが、相手の反応を見るのが目的である。それでも構わないのだろう。
それに、本当に偽の帳簿を出してくれば、それを足掛かりに犯罪を立証することもできるかもしれない。どれだけ上手く二重帳簿を付けていても、完璧な物など存在しないのだ。
「ですから、メッサー商会における緋水薬の売買記録の記載された帳簿全てと、緋水薬を仕舞っている保管倉庫を確認させてはいただけませんか?」
メッサー商会が黒であると確信したことで、ロブレンはかなりの強気である。
「ははは。何をおっしゃるのかと思えば……。無理に決まっているでしょう? 商会の機密ですよ」
「そこを曲げて頼んでいるのですよ」
「もしや、我が商会に何らかの疑いをかけているのですか? 我らが今回の異変に関わりがあると?」
「さて、どうでしょう?」
「荒唐無稽なお話ですな。我が商会は一切の関係がありません」
グレゴリーが厳しい表情で立ち上がった。これ以上話すことはないという意思表示なのだろう。
「お引き取り下さい。残念ですよロブレン殿。あなたは冒険者にしては、礼儀を弁えたお方だと思っていたのですが。二度とお取引をすることはないでしょう」
グレゴリーがそのまま背を向けて、部屋の出口に向かって歩き出す。
しかし、ここで逃がすわけにはいかない。何せ、こいつはいくつも嘘をついていた。湖の調査で協力できることはないという部分だけではなく、湖の異変に無関係だという主張も嘘であった。
真っ黒である。
『フラン、こいつは絶対に色々と知ってるぞ』
「ん。まった。まだ話がある」
「こちらにはありませんな」
「そっちにはなくても、こっちにはある」
フランの言葉に、グレゴリーがさらなる怒りの表情を浮かべた。しかし、彼が怒鳴り声を上げる前に、ロブレンが口を開く。
「そうそう。彼女は私とは違う場所から依頼を受けて動いていまして。共同で調査に当たっているのですよ」
「違う場所?」
「ええ。フランさんは、ウィーナレーン様から全権を預けられて、この度の異変の調査をされております」
「ウィーナレーンだと? こんな子供が?」
「ふふ。確かに子供ですが、その実力は折り紙付きです。異名持ちのランクB冒険者にして、魔術学院の特別教官の肩書を持っている方ですので」
「なに……? 異名? もしや、黒雷姫……?」
「ん。ランクB冒険者のフラン。よろしく」
「彼女の身元は私が保証しましょう」
ロブレンがそう告げると、グレゴリーの動きが止まった。
何やら葛藤しているらしい。
ただ、それも当然だ。グレゴリーとしては、このまま怒った体を装ってロブレンとフランを追い出したかったのだろう。
しかし、ウィーナレーンの名前を出されると話は違う。ぶっちゃけ、この国においては王族などよりもよほど影響力がある存在だ。そのウィーナレーンの名代と名乗る相手の命令を断る商会など、存在するはずもなかった。
それでなお反発し、帳簿や倉庫の確認を拒否すれば、やましいことがあると言っているようなものなのだ。
すでにロブレンが何らかの情報を掴み、メッサー商会を疑っている。ここでウィーナレーンから調査を依頼されているというフランの願いを退ければ、その疑いは確信に変わるだろう。
まあ、フランもロブレンももう確信しているのだが、グレゴリーはまだ何とかなると思っているだろうしな。
ロブレンが保証している以上、フランがウィーナレーンの名代だというのは間違いない。それを信じられないと言い張ることも可能だろうが……。
10秒ほど固まっていたグレゴリーだったが、結局は苦い顔でうなずいていた。
「では、帳簿を用意するのには時間がかかりますので、まずは倉庫にご案内いたしましょう」
グレゴリーが人を呼び、どこかに案内するように伝えている。本人は、帳簿を用意すると言って出ていく。
俺はそのグレゴリーに、形態変形で飾り紐から生み出した1本の糸を張りつけた。グレゴリー程度の実力なら気付かれることもないだろう。まあ、意味もなく振り向かれたりしたら、目に入るかもしれんが。その場合は仕方ない。
ただ、なんとか発見されることはなかった。グレゴリーが部下に怒鳴るように命令している様が、糸を通してばっちり覗き見れている。どれだけ細くても、俺の体の一部だからな。
「おい! 計画を前倒しにする! 国元への撤収準備を急がせろ!」
「何かあったのですか?」
「冒険者共に感づかれた!」
「そ、それは……。冒険者如きが我らの計画に気付くなんて……」
「馬鹿が! 奴らが何もできない無能者であるなどというプロパガンダ、本気で信じているのか? 紅騎士どもと同程度の存在と思えと言っただろう!」
「も、申し訳ありません」
「まあいい。ともかく、撤収準備はまかせる。商会長にも伝えろ」
「わ、わかりました。して、冒険者どもはいかがなさるので?」
「奴らは3番倉庫に連れて行くように指示した。あとはあの薄気味悪い屍人に任せておけばいい。喜んで殺してくれるだろうよ」
「だ、大丈夫でしょうか?」
「本人曰く、黒屍人どもは紅騎士をしのぐそうだからな。大丈夫だろう」
やっぱり、まともに倉庫を案内するわけがないと思っていたが、これから向かう先には何かが待っているらしい。屍人? つまりアンデッドか? それに、国元に撤収って、やはりこいつらは他国――レイドス王国の人間であるらしい。
(師匠、どう?)
『倉庫に敵が待ち受けてるぞ。準備を怠るなよ』
(ん。わかった)
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