584 湖の異変の原因は?
翌朝。
俺のお手製パンケーキを腹いっぱい食べてご機嫌のフランは、ウィーナレーンの天幕に向かっていた。
話があると呼び出されたのだ。
「おはよ」
「おはよう。フラン。少し相談があるの」
ウィーナレーンが挨拶もそこそこに、話を切り出してくる。その顔には微妙に焦りのようなものが浮かんでいるように思えた。
「どうしたの?」
「この湖に、異変が起きていることは知っているわね?」
「ん。モドキが出る」
「そう。それよ。正直……私でもなんでそうなっているのか分からなかった。去年まではそんなことなかったのだけど……」
異変は本当にごく最近に起きているんだろう。
「貴女には、その異変の原因を探ってほしいの」
「わたし?」
「ええ。私がお願いできる中でも、最も強いのがあなただから。護衛の仕事は一時的に解きます」
「師匠?」
『フランも、湖の異変は気になってるんだろ? モドキとは何度も遭遇してるし』
「ん」
『なら、受けてもいいと思うぞ』
「わかった」
それに、今のフランはウィーナレーンに雇用されているわけだし、新しい仕事を割り振られたのなら、それをこなすまでだろう。
教官の仕事かと言われたら微妙だが。
ただ、気にかかってた湖の異変の調査に大手を振って赴けるのだから、俺たちに文句はないのだ。
しかし、俺には疑問が1つあった。
『ウィーナレーンが自分で動いた方が早いんじゃないのか?』
水を操る大海魔術師で、偵察に有効そうな精霊使い。しかも地元に顔も利き、権力も金もある。湖の調査なら、絶対にウィーナレーンの方が向いているだろう。
だが、それは無理であるらしい。俺の言葉に、ウィーナレーンが首を横に振る。
「色々事情があって、私は湖にできるだけ近づきたくないの」
「? 今も近い」
「ここがギリギリ。水には入れないわ」
「なんで?」
「これは……他言無用よ? 他国に漏れたら、ろくなことにならないから」
「わかった。絶対に言わない」
「とは言え、全てを語るには時間がない。軽く説明するわね」
「ん」
「まず、ヴィヴィアン湖の底には、ある魔獣が封印されている」
「魔獣?」
「ええ。それこそ、脅威度A以上は確実な、大魔獣が」
以前にもキアーラゼンで話を聞いたことがあるが、大昔のヴィヴィアン湖はもっと小さい湖だったという。しかし、天変地異で海と繋がり、その後再び海と切り離されることで今の大きい湖になった。
実はこの天変地異というのは、その魔獣が引き起こした物だったのだ。
海にいながらヴィヴィアン湖に住む大精霊の存在を感じ取り、その力を食らおうとしたのである。
そして、精霊の下に到達するため、海と湖を繋げてしまったらしい。
「結局、湖の精霊は魔獣に食べられ、魔獣は凄まじい力を得たわ。大陸全土が大きな災禍に見舞われるかと思われた」
元々、大陸の一部を海に沈めてしまう程の大魔獣が大精霊を取り込んだのだ。それこそ、脅威度Sに認定されてもおかしくはなかったらしい。
暴れ出せば、確実にジルバード大陸が滅びるレベルだ。
だが、ウィーナレーンの知人がその魔獣の封印に成功した。魔獣の力の源でもある海から切り離し、新しく生み出された湖の底に魔獣を封じたのだ。
魔獣は海棲の存在であり、真水の中に長期間いるだけでも弱っていくという。
そして、その知人が死んだ後はウィーナレーンが封印を引き継ぎ、守ってきたのだ。
知人とやらについて詳しく語られなかったが、ハイエルフなのかもしれない。その口調には親愛が感じられたし、死後にわざわざ封印を引き継ぐくらいだからな。
「封印の引継ぎと同時に、私はその魔獣との契約状態になった。正確には、魔獣の中に取り込まれた湖の守護精霊と契約することで、魔獣とも契約することになった、かしら?」
「守護精霊、生きてるの?」
「精霊だから生きてるとは言えないけれど、まだ消滅したわけではないわね。魔獣と一体化し、存在し続けている」
その精霊との契約を利用することで、ウィーナレーンは封印下にある大魔獣を大人しくさせているそうだ。
「私の中には、その魔獣と精霊の力の一部が取り込まれている。だから、私が湖に入ってしまうと、その力が魔獣と引き合い、両者が活性化してしまう」
だからウィーナレーンは湖には近付けないらしい。それでも異変の原因を探ろうと、湖に住む精霊たちに話を聞いたが、要領を得なかったそうだ。
『そもそも、モドキの大元になっているヴィヴィアン・ガーディアンって、何なんだ? 単なる魔獣じゃないらしいが。その封印された大魔獣に関係あるのか?』
「ヴィヴィアン・ガーディアンは、封印を守るための守護者。まあ、私ではなく、魔獣の中にいる精霊が生み出したものだけれど」
だからか。ヴィヴィアン・ガーディアンは自ら人を襲わず、ある一定の場所に近づく者を排除しようとするらしい。
「攻撃されたら、暴れるのは?」
「私にも全てが分かっているわけではないけど、警告のためだと思うわ。封印に近づく者が、頻繁に現れないようにしているのよ」
「なるほど」
そして、俺はふと気になったことを尋ねてみた。
『その精霊の名前はレーンか?』
「あら? どうして知っているの?」
『そう名乗られたからな』
「昨日会った」
フランが俺の言葉を引き継ぐ。その直後だった。ウィーナレーンの態度が劇的に変化する。
「なん……ですって……?」
次回は2/15更新です。その後は、通常通りに戻せそうです。




