583 人と剣
俺が、精神まで剣になりかけている。傍観者になろうとしてる。
レーンはそう言っていた。
だったら、人間らしく、そしてフランの保護者らしく在ろう。
言われてみれば、最近の俺は口数が少なかったように思う。それに、フランに行動の決定を投げてしまっていた。いや、今までだって、フランがやりたいと言うことは全部やらせてきたつもりだ。
だが、最近の俺はフランを信頼して任せるというよりも、判断を投げている感じだったかもしれない。
意識してしまうと逆に難しい気もするが、まずは会話から取り戻していこうと思う。
『なあ、フラン』
「なに?」
『さっき、ゼロスリードがロミオの名前を呼んだのを聞いたとき、驚いてただろ? あれ、どうしたんだ?』
こんな会話でも、フランは嬉しそうに応じてくれる。
「あいつの声、同じだったから」
『同じって、誰と?』
「師匠」
『は? 俺と同じ?』
「ん。師匠が、私に『大丈夫か?』って聞く時と、同じ声だった……。優しい声」
予想外の答えだった。
俺と奴の声が似ている? 優しい声? 勿論、声質ではなく、その雰囲気がということだろうが……。俺自身には分からないが、フランには確信があるらしい。
『ゼロスリードが、ロミオを本当に心配してるっていうのか?』
「ん」
マグノリア家の血が、何か影響を及ぼしているという話はあったが……。
『マグノリアの血っていうのは、そこまで強力なのか? 精神の根底から変えてしまうほどに?』
「分からない。でも、あの言葉は本当だった。絶対に」
『……フランがそう思うのであれば、俺はそれを信じる』
「ん」
フランが狼狽していた理由も分かった。仇であるゼロスリードがロミオに向ける優しさを目の当たりにして、驚いたのだろう。
あとは、ゼロスリードの良い変化と、俺の悪い変化を比べて、悲しい気持ちになったらしい。
俺は……ダメな保護者だな。フランを悲しませていたことに、気づきもしなかった。
「ねえ、師匠」
『うん? なんだ?』
「今日は、一緒に寝て、いい?」
『……勿論だ』
「オンオン!」
「ウルシも一緒」
「オン!」
こんな楽し気な笑みを浮かべるフラン、久しぶりに見たかもしれない。その事実に愕然としてしまう。
『じゃあ、みんなで一緒に寝るか!』
「オン!」
「ん!」
フランが俺を抱きかかえたまま、ベッドにダイブする。
俺の刀身は剥き出しである。フランは甘えたいときは、こうやって鞘無しで抱きついてくるからな。ああ、すでに形態変形で刃は消してある。
「ねえ、師匠」
『なんだ?』
「……明日、朝ご飯作って?」
『明日?』
「ん。ダメ?」
『いいぞ。何がいい?』
「パンケーキ」
『お、そうか。久しぶりに作るか』
「ん。ねえ、師匠」
『なんだ~?』
「あのね――」
ウルシの毛皮に包まれながら、俺とフランは語り合った。特に実のある話ではなく、単なる雑談だ。
だが、今の俺たちには、一番重要なものだろう。フランが嬉しそうにしてくれている。
それだけで俺も嬉しくなる。
1時間近く話をしていただろうか。フランが眠気に耐えられずに寝落ちしたことで、俺たちの会話は終了した。
『……寝たか』
「すーすー」
「グーグー」
もう、俺のことでフランを悲しませない。絶対にただの剣なんかになってたまるか。
ウルシと抱き合って寝ているフランを見て、そう思えた。
『アナウンスさん』
〈はい〉
『俺の精神は……。俺の心は、剣になりかけているのか?』
〈是。個体名・師匠の精神は、剣という器に適応し始めています〉
『そうか。なあ、どうすれば防ぐことができる? どうすれば、フランを悲しませずに済む?』
〈その要求は、相反しています。明確な回答を用意できません〉
『は? どういうことだ?』
〈精神を人として保つ方法は簡単です。剣への適応システムを消去すれば、解決します〉
適応システム。そんなものが俺に備わっていたのか。それによって俺の精神が剣になりつつあるらしい。
『相反するって、俺が剣への適応をやめたら、フランが悲しむってことか? なんでだ?』
〈適応システムは、神が用意した救済です。適応を止める事で、個体名・師匠が精神的安定を欠き、狂ってしまう確率88%〉
『な……!』
俺の精神が剣になろうとしているのは、神様が与えてくれた救いだっていうのか? いや、確かに剣に人の精神を入れたら狂うっていう話だった……。
〈個体名・師匠が狂うことで、個体名・フランが悲しむ確率100%〉
つまり、俺が剣になることを止めれば、いつか狂ってフランを悲しませる。だが、このまま剣になってしまえば、それもフランを悲しませるってことか?
『だったら……どうすればいい? 俺は、どうすれば……』
〈提案。個体名・師匠が人の精神を保持しながら、剣として狂わないだけの精神の柔軟さ、強靭さを身に付けることに成功すれば、問題ありません〉
『それって、可能なのか?』
〈成功する確率5%〉
『……ゼロじゃないんだな?』
〈是〉
ついさっき、もうフランを悲しませないって決めたばかりなんだ。だったら、可能性は低くても諦めるつもりはなかった。
『やってやろうじゃないか。アナウンスさんも、手伝ってくれよ?』
〈是〉
何故だろう。いつも通りの無機質な声なのに、アナウンスさんが喜んでいるような気がした。気のせいか?
次回、次々回は2/12、2/15の更新です。その後、2日に1回に戻す予定です。




